6-23 感無量!? 危ない橋は渡り切った!

「マジでやっちゃったか……」



 ヤノシュを殺害し、沈黙が広まる天幕の中、最初に口を開いたのはテアであった。


 テアはヒーサからヤノシュを殺して、アーソ辺境伯領を掠め取ると聞いていたが、ここまで鮮やかに殺害してしまうとは、ブレることのない相棒の徹底ぶりに恐れ、同時に飽きれた。



「こんなの、“英雄”の戦い方じゃない」



「ああ、私は“梟雄”と呼ばれていたからな」



 一切の反省も後悔もなく、ヒーサはテアの言葉に応えた。戦国日本を駆け抜けた者としては、この程度のことなど、ごくごくありきたいな出来事でしかないのだ。


 離合集散、弱肉強食、それこそ戦国の日常であった。



「まあ、確かにヒーサ、君は酷い男だと思うよ。死んだら地獄の最下層行きかな」



 アスプリクはそう言うなり、ヒーサの袖を掴んできた。策の実行には賛成してくれていたが、やはり身内の死は実際に目の当たりにすると、想像とは違った気持ち悪さがあったのだ。


 ヤノシュはアスプリクから見て、兄嫁の兄と言う事になる。


 しかも特にアスプリクに害を成したわけでもなく、恨みや復讐の対象ではない。


 そんな人物の暗殺に加担したと言うのは、どうにも後味が悪いのだ。


 裏切りによる無念の死を遂げたヤノシュの死体を眺めるその赤い瞳には、後悔と罪悪感が見え隠れしていた。


 この世の醜悪さを見てきたとはいえ、齢にして十三歳なのだ。動揺するのも無理なかった。


 そんな怯える少女に対して、ヒーサは優しく頭を撫でた。 



「死なば地獄か。アスプリクよ、ならば、この世もまた地獄かな?」



「僕にとっては地獄だよ」



 生まれてすぐに母を焼き殺すという業を背負い、父や兄弟からは表面的には大事にされつつも腫物のように扱われ、送り出された神殿では慰み物とされ、いつ果てることのない怪物達との戦いを押し付けて来られた。


 これが地獄でなくてなんだというのか。それこそ、アスプリクの抱える闇であり、拭い難い苦しみの根幹をなしていた。


 それを理解し、恐れもなく接してくれたたった一人の男が、目の前の大悪党だ。


 ヒーサは少し身を屈め、背丈をアスプリクの視線に合わせた。


 

「そうだな。お前にとってはそうだろう。ならば、答えはとうにきまっているではないか。地獄の支配者相手に、国盗り物語をやろう。住めば都、地獄もまた住みやすいように作り変えてしまえばよい。たったそれだけのことだ」



 ヒーサの笑顔や励ましは、アスプリクにとってあまりにも眩しかった。


 目の前の男も相当な闇を抱えているはずなのに、なぜか恐ろしいほどに前向きなのだ。年季の差か、生来の性格か、それは少女には分からなかったが、自分の闇を振り払うには目の前の男にすがるしかない。


 そう思えるほどに、少女の心の中にはヒーサの息吹が根を張っていた。


 自然と体を預け、身を屈めているヒーサの首に手を回し、しっかりと抱き付いた。嬉しさと恐ろしさが混在する体の震えを、生まれて初めての友人に少女は預けたのだ。


 そんな少女に対して、ヒーサはかがめていた身を起こし、アスプリクを持ち上げた。少女の脇に手をやり、幼子をあやす様に持ち上げたのだ。



「ヒーサ、くすぐたいよぉ!」



「なぁに、再確認というやつよ。初めて会った王宮での祝賀会でも、別室でこうしただろう?」



「ああ、そうだったね! あそこから、僕に人生は変わったんだ」



 初めて出会ったときのことを、アスプリクは今でも鮮明に覚えていた。


 当時のアスプリクはシガラ公爵の新当主就任の祝いの席に呼ばれ、嫌々ながら王宮に足を運んできたのだ。王宮には嫌な思いでしかないが、それでも神殿にいるよりかはマシだし、鬱陶しいとは思いつつも顔を出した。


 そして、ヒーサと出会った。


 随分と馴れ馴れしく話しかけるし、幸せそうな奴など気に食わないので、素っ気ない態度で応じた。


 だが、すぐにその考えを改めた。柔らかな物腰の裏に陰惨な何かを感じ取って、あっさりと打ち解けることができたのだ。


 こんな気分は初めてであったし、恐れもなく接してくれる生まれて初めての人物だった。



「あれから、僕らは世界をひっくり返そうって約束したんだよね」



「ああ、そうだ。あれからだ。お前は幸せになる権利がある。今まで不幸だったのなら、取り返してやればいい。そう、この世界からな! 存分に取り立てろ! 私も手伝おう!」



「うん♪ ありがとうヒーサ、僕の初めての友達!」



 屈託のない少女の笑顔だ。足元に謀殺した死体が転がってなければ、微笑ましい光景なのだろうが、いくらんでも無神経過ぎた。


 いよいよ耐えられなくなったテアが歩み寄り、ヒーサの肩に手を置いた。



「あのさぁ、イチャイチャするのは、この状況をどうにかしてからの方がよくない?」



「おお、そうだったな。ご助言感謝するよ、“共犯者あいぼう”」



「ぬぅぅぅ」



 テアは唸った。これまでの状況を頭で整理し、これからやろうとしていることもおおよそ予想できるからだ。ただ見ているだけなのに、完全に共犯扱いであった。



「フンッ。アスプリクとのことは、ティースに後で伝えておくから」



「おいおい、勘弁してくれ。折角稼いだあいつへの好感度が駄々下がりになる」



「だったら、もう少し節操ある行動を心掛けなさいよ!」



 なにしろ、正妻たるティースは完全にヒーサに騙されているのだ。ヒサコが稼いだヘイトを、そっくりそのままヒーサへの好感に変換しているからだ。


 どちらも同一人物だと知ったら、間違いなく発狂してしまうことだろう。



「ちょっと、ヒーサ! それじゃ、僕の好感度はどうでもいいみたいじゃないか!」



「まあ、お前に抱くのは愛情ではなく、友情であり、秘密を共有した共犯者としてだからな」



「ぐぬぬぬ、今に見てなよ~。絶対に美人になってやるから!」



「そうか、楽しみにしておくぞ」



 そう述べつつ、ヒーサはアスプリクをそっと地面に下ろし、また頭を撫でた。ヒーサのとっては目の前の少女は共犯者であり、あるいはせいぜい孫娘くらいにしか考えていなかった。


 それがなんとなく分かっているからこそ、ヒーサの好みに当てはまる隣の女神が羨ましいのだ。


 アスプリクの視線は、たわわに実る緑髪の侍女に釘付けとなっていた。

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