6-22 暗殺の極意!? 人形には殺気がない!

 シガラ公爵軍の天幕の中、様々な思惑が交差し、そして、それは成された。


 倒れているリーベ、その服を脱がそうとするヒーサとヤノシュ、それを眺めるテアとアスプリク、着替えの黒衣を持つヒサコ。


 すべてはこの日、この場所、この瞬間のため、用意された事象がすべて繋がった。


 偶然もあった。幸運もあった。それを踏まえて策を練り直し、最適解、最大利益を算出した。


 そう、今この時に目の前の男を、ヤノシュを“共犯者以外”は誰も見ていない状態で殺せる一瞬の機会が巡って来たのだ。


 まず、カインやヤノシュの信用を得て、完全に仲間であることを“誤認”させることだ。


 これについては、それほどの苦労はなかった。事前の情報で、アスプリクからアーソには術士の隠れ里が存在し、カインの手によって隠匿されているのを知っていたからだ。


 あとは、こちらもそれに類する存在として相槌を打ち、かつての屈辱的な事件について共感し、ヒサコを通じて信用を得ることができた。


 これが一つ。


 次に、王族全員を巻き添えにすることだ。


 まず、アーソの地で謀反を起こさせる。これもアスプリクからもたらされた情報を時機を逸することなく放出すれば、嫌でも反旗を翻さざるを得なくなる。


 そして、王国宰相ジェイクは妻の実家を救うべく、前線に出掛けることも読めていた。また、サーディクは前線勤務の最中なので出張ってくるのは確定であるし、アスプリクも謀反の“偽情報”を流して怪しまれずに移動する。アイクはアーソから程近いケイカ村に赴任しているため、自然とそこが集合場所になる。


 これで、王族全員を集合させ、無理やり事件の当事者にしてしまった。


 そして、王族全員が“暗黒司祭リーベ”に襲われたとなると、もう教団と王族の関係は修復不可能な状態になる。


 現役の司祭が実は異端に手を染め、罠を張って王族を一網打尽にしようとしたなどということになれば、激怒した王家がその怒りの矛先を教団に向け、その不手際ぶりを攻撃するのは目に見えていた。


 仮にそれを回避できたとしても、代わりにリーベの実家であるセティ公爵家が槍玉に挙げられる。教団側も現役司祭の異端派鞍替えという失態を薄めるため、全力でリーベ個人の罪として処理しようとするだろう。


 そうなるとも、王家からも教団からも責めを受けることとなり、セティ公爵家がガタガタとなるのは目に見えていた。


 切り取り御免、すなわち“食べ放題”の状態だ。


 ヒーサにとっては、どっちに転んでも不和の種をばら撒け、土地や財貨をかすめる好機となり、美味しい状態となるのだ。



(だが、それでも“まだ”足りない! “もっと”欲しいのだ!)



 ヒーサはどこまでも強欲だった。


 真の狙いはアーソ辺境伯領とその称号。“辺境伯号”に付与された三つの特権、すなわち、“免税”と“独立司法権”と“戦争の自由”、これを手中に収めることだ。


 だが、公爵位のまま、辺境伯になることはできない。であるならば、答えは一つ。ヒーサとヒサコで、それぞれを手にすればいいのだ。


 公爵として財を集め、辺境伯の特権を利用して武を極める。この条件さえ揃えば、いくらでも勢力を伸ばしていけるのだ。


 ヒーサは“聡明なる仁君”として人々の信望を集め、漆器や茶栽培などの新事業で財貨を稼ぐ。


 ヒサコは“悪辣な女軍師”として人々の畏怖を集め、数多の戦場を駆け巡る将として土地を切り取る。


 男と女、善と悪、仁と暴、徳と罪、何もかもがあべこべ・・・・だ。


 さりとて、二人の心は常に“いつ”であり、兄妹仲良く二人三脚。


 それこそ、戦国の梟雄が考えている未来図であった。



(だが、それは不可能だ。アーソの地を強奪するに際して、邪魔者がいる。崩さねばならない壁がある限り、奪う事はできない! そう、“こいつ”だ!)



 ヒーサの目に映るのは、一緒になってリーベの服を着せ変えようとしているヤノシュであった。


 現在、アーソ辺境伯領の統治者はカインであり、その後継者はもちろん息子のヤノシュとなる。ヤノシュがいる限り、他の誰にも相続されないのだ。


 では、どうやってお鉢を回してもらうのか。それはヤノシュが死んだ上で、カインが領地を手放す状態に持っていくことだ。


 もし、ヤノシュがいない状態で相続がなされた場合、その行く先は娘のクレミアとなる。つまり、実質的にはクレミアの夫たるジェイクに流れてしまうのだ。


 だが、ジェイクは宰相であり、辺境伯の職責は果たすことが不可能であるし、クレミアをアーソに戻すというのも現実的でない。


 つまり、信用のおける人物を“代官”として任じる必要に迫られるのだ。


 ここで真っ先に名前が挙がるのが、第三王子のサーディクだ。軍人としての名声があり、しかも王族だ。緊要地を任せるのに、これほど打って付けの人物は他にいないと言える。


 だが、ここでサーディクの妻がセティ公爵家の出だということが響いてくる。異端者を輩出し、王家からも教団からも糾弾される苦しい立場に立たされるため、その余波は間違いなくサーディクにも及んでくる。


 異端者と関係があるかもしれない。この疑惑がある限り、緊要地の責任者にはなれないのだ。


 そうなると、残る選択肢として、第一王子のアイクか、末の王女のアスプリクということになる。


 アスプリクがアーソを治めるのであれば、ヒーサにとってはそれはそれでよかった。むしろ、ヒサコという使い勝手のいい手駒を、アーソに固定させずに済むからだ。


 アスプリクとは信頼を超えた“共犯”の関係にあり、裏切る心配はない。彼女に任せられるなら、それで事足りるのだ。


 あとは指示通りに動いてもらえるように、御機嫌を取っておけばいいだけの話だ。


 また、アイクを代官とするのであれば、“妻”となったヒサコが“代官の代理”を務めてアーソを統治するという流れになる。


 どう転んでも、ヒーサの支配力がアーソの地に根を張っていくこととなる。


 ゆえに、ヤノシュには今この場で死んでもらわねばならなかった。



(だから苦労したぞ。こいつは正真正銘の豪傑だからな)



 ヒサコとしてヤノシュと接し、その人となりや実力をつぶさに観察して推し量った。


 出した結論は、正面から戦えばまず負けるし、奇襲に対する嗅覚も鋭い。余程の条件を揃えない限りは、暗殺も難しいと考えた。


 だからこそ、ヒーサは整えた。暗殺するための条件を。



(異端の存在と錯覚させて、秘密の共有と連携を誤認させた。それをこちらに害の及ばない範囲で情報を拡散し、謀反せざるを得ないように追い詰めた。その間、ヒサコ個人に対しても興味を抱かせ、誤誘導ミスリードを受け入れやすく仕向けた。その上で手を差し伸べ、これを助ける素振りを信じさせた。そして、毒蛇が待ち構えていると知らずにのこのこ一人でやって来た。回りくどかったが、ようやく無防備を晒したな!)



 そう考えつつ、ヒーサは何食わぬ顔でヤノシュと共にリーベの法衣を脱がせていった。


 そして、ヤノシュの背後に人形ヒサコが歩み寄った。すでにこの場には“味方”しかいないと誤認しているため、“敵”に背後を取られていることに気が付いていなかった。



(だが、それでもなお不十分。ヤノシュは強いし、勘が鋭い。人間、武器を手に取り、誰かを殺そうとすると、どうしても“殺気”が出てしまう。初撃が防がれてしまうと、そのまま逃げられる可能性がある。そうなっては回りくどいことをやって用意した舞台が台無しだ。なにより、“暗殺”などという卑劣なやり口は、【大徳の威】を持つ“仁君”ヒーサには似つかわしくない。そのための人形ヒサコだ)



 ヒーサは仁の人。これは決して崩してはならない絶対条件だ。悪辣な策も、誤魔化しや言い訳が立つレベルまでのところで止めていた。


 それ以上のことは、全て身代わり人形スケープゴートの役目。“悪役”を演じるために作られし偽りの公爵令嬢ヒサコの仕事なのであった。



(カイン、ヤノシュ、親子揃って早々に消すことも考えたが、それではブルザーを釣れないと考えた。ブルザーを出張らせ、リーベを利用してセティ公爵家を攻める口実を作り、サーディクの信用も落とす。これらを同時に満たすためには、どうしてもこの時まで生かしておく必要があった。特に重要なのは、セティ公爵軍に損害を与えておくこと。これをやっておくことで、後々の展開がやり易くなる)



 武の公爵たるセティ公爵家、その武を傷物にしておくことで、相対的に立場を強化するのは絶対条件の一つであった。これで、王家や教団からの追及の際、その武で抗うことが難しくなるからだ。



黒犬つくもんをけしかけた際に殺していたら、頭を失った辺境伯領の連中がさっさと降伏する可能性が高かったからな。あくまでセティ公爵家に痛撃を入れてもらうまでは、生きておいてもらわねばならなかった)



 隙がない上に、一人になることもない。あるいはヒサコを使って色仕掛けをと考えたが、それでは殺害容疑がヒサコにかかる。


 ヤノシュの周りに誰もいなくなる状況を作り出す必要がそれであり、まさに今この瞬間だけがそれを満たしていた。



(だが、こちらには余計な首を突っ込んでくるリーベがいる。湖畔の襲撃で逃亡したと見せかけたヒサコの姿があれば、当然人目に付くほどに喚き散らすだろう。ゆえに、ヒサコを“作り出す”のはリーベが気絶してからでなくてはならなかった)



 だが、そこにも穴があった。【投影】でヒサコを作り出すのはいいにしても、新たに作り直したのでもう一度【手懐ける者】をかけ直さなくては、機敏な動きができないのだ。


 そして、【手懐ける者】をかけ直す時間も隙もなく、作り出されたばかりのヒサコはぎこちないままであった。



(だが、状況がそれを許容できるように、舞台を整えた。物陰に隠れた風を装い、ぎこちない動きや台詞は無言と軽いお辞儀程度で済ませ、注意をリーベに向けてヒサコから意識を逸らせる。そして、着せ替えの手伝いで完全にヒサコのことが頭から外れる)



 ヒサコを味方だと勘違いしているので、背後に立たれても気にもかけず、むしろ憎たらしいリーベを蹴落とせると意気揚々と着せ替えを行っているので、完全に注意力が散漫になっていた。


 そして、ヤノシュを殺すための最後の関門、すなわち“殺気”だ。



(これが人形ヒサコの利点だ。人形には意思がない。意思がないからこそ、殺気がない。動きのぎこちなさは、必殺の間合いに詰めることで補える)



 実際に殺気を放っているのはヒサコではなく、ヒーサの方であった。


 ヒーサも殺気はできるだけ抑え込んではいるが、それでも完全には消しきれない。ゆえに、その殺気をリーベに対する苛立ちと、ヤノシュには誤認してもらうつもりでいた。

 


「策のためとはいえ、男の服を脱がすのはなんか嫌だな」



 冗談にも取れるこの台詞も、すべて台本に書かれていたものだ。嫌々男の服を脱がせることを、冗談と苛立ちを混ぜて吐いた言葉と、その後のアスプリクとのやり取り。これでヒーサの殺意は乾いた笑い声とともに覆い隠された。



(そう、すべてはこの一瞬、一撃のため)



 ヒサコを操り、黒い法衣の中に仕込んでいた短剣を取り出すと、逆手に構えてそのままヤノシュの首に突き刺した。


 突如として襲い掛かった首の激痛と、刺し込まれた鋭利な異物。ヤノシュは何が起こったのか全く理解できなかった。


 だが、ヒサコはそんなことなどお構いなしに素早く引き抜き、すぐに第二撃を入れた。そして、捻り、素早く抜いた。


 その段階で、ヤノシュは自身が刺されたのだと認識できた。あまりの急展開に頭が混乱し、それがようやく現実に追いついたのだ。



「な、なんで……」



 血が噴き出し、暗くなりつつある意識の中、ようやく絞り出したのがこの言葉であった。


 そして、ヤノシュはリーベに被さる様に倒れ込み、そのまま動かなくなった。


 リーベの肌着や体に赤い血が滴り、命が零れ落ちたことをその場にいた全員に認識させた。


 ヒーサはヤノシュの脈を測り、絶命したことを確認すると、ニヤリと笑いながら立ち上がり、ヒサコが持っていた短剣を受け取った。



「ご苦労だったな、我が愛しき妹よ、下がってヨシ」



 そして、ヒサコは文字通り消えていった。


 誰に目撃されることなく、ヤノシュを殺すことに成功した。あとは、これをリーベに押し付ければすべてが自分にとって都合よく収まるのだ。


 ヒーサは受け取った短剣をリーベの横に置き、感無量と言った感じの雰囲気で笑いを堪えつつ立ち上がった。



「なんで、か。それがお前の遺言か、ヤノシュ。ならば、折角であるし、答えよう」



 ヒーサは倒れているヤノシュの躯を見下ろしながら、事も無げに言い放った。



「私の利益になるからだ」

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