6-21 お色直し! 男を脱がせるのは面白くない!

 リーベの法衣を黒色のそれに着替えさせるだけ。


 よもや聡明なヒーサがこんな幼稚な策を用いるとは思ってもみなかったので、ヤノシュは呆気にとられた。



「ヤノシュ殿、こんなのバカバカしすぎる、なんて考えていませんかな?」



「あ、いや、その」



「むしろ、それが正常な判断力だ。ただ黒い法衣を着せただけで、罪まで全部着せれるなどと考えるのは楽観的に過ぎる」



 ヒーサはゆっくりとヤノシュに近付き、その肩に手を置いた。そして、もう片方の空いた手で倒れているリーベを指さした。



「では、その“幼稚”な手段に全員が騙され、リーベが『六星派シクスス』だと誤認させることに成功した場合、どうなると思う?」



 そこに温和で理知的な好青年という存在はいない。ヒサコと同じだ。普段の笑顔の下に、とんでもない化け物を飼っている。少なくとも、ヤノシュには今のヒーサをそう感じた。


 そして、真面目にヒーサの問いかけを考察してみた。



「……恐ろしい結果になるでしょう。まず、教団は完全に面目を失います。なにしろ、現役の司祭があろうことか黒衣の司祭であったと発覚すれば、溜まりに溜まっていた不満が一気に噴き出し、その圧によって改革を求める声に抗いきれなくなります。宰相閣下も動きやすくなるでしょう」



「そして、そうなれば、隠遁者の件はうやむやとなる。それどころか“術士の管理運営”という専権事項が崩れた際には、隠遁者の隠れ里がそのまま術士育成のための道場となり、逆に管理育成する側に回ってしまえる」



「はい、その通りかと」



 たった一手でそこまで逆転してしまえるのだ。ヤノシュは未来が開けたことを喜び震えつつ、それを成さんとして準備に準備を重ねた目の前の男に恐怖した。


 齢にして僅かに十七歳。しかも公爵位を継承して数カ月程度だというのに、あまりに用意周到な逆転劇だ。


 ヒサコも相当な知恵者だと感じたが、兄はその上を行く。天賦の才の持ち主とは本当にいるものだと、恐れおののいた。


 だが、雰囲気に呑まれては武門の恥だと考え、あくまで軽く驚いているという程度に表情は抑え込んだ。



「あとは、そうですな。セティ公爵への牽制にもなるかと。身内に異端者が出たとなれば、体裁が悪くなります。こちらへの追及も抑え込め……」



「ぬるい!」



 ヤノシュの言葉を遮り、ヒーサは絶叫した。肩を掴む手に力を込め、ヤノシュが痛みと圧によって顔を歪めた。



「追及を抑え込む? それではダメだ。こちらが求めるもの、それは『死人に口なし』ですよ」



「…………! では、セティ公爵軍を殲滅すると!? リーベを抑止の理由などではなく、殲滅の口実にすると言うのか!」



「当然ではないか。ヒサコから聞き及び、そのつもりでこちらも動いていたのだ。予定通り三方向からの包囲攻撃を行う。ククッ、弟が“王国と教団”に対して造反したとなれば、いかな戦上手なブルザーとて動揺しよう。そこを我らが袋叩きにする! で、遅れてやって来た宰相閣下には、“セティ公爵家の造反”の経緯を説明し、これを討ちとったことの正当性を認めてもらう。その証として黒衣の司祭の“遺体”を差し出せば、全てが丸くおさまるというものだ」



「お、おお……」



「宰相閣下も教団改革には大いに乗り気であった。リーベが『六星派シクスス』だと誤認していただければ、それを奇貨として一気に教団側への圧力を強めることだろう。そうなればもう、アーソの地は安泰と言ってもよかろう」



「ま、まさに!」



 神算鬼謀とはまさにこのことか。ヤノシュはもう完全にヒーサの智謀に感服した。


 そして、目の前の男が“敵”でなかったことを、心の底から安堵した。



「ああ、ちなみにだ。裏工作の準備も終わっているから、あとは頃合いを見て黒衣に身を包んだリーベを表に出してやれば、こちらの手の者があれこれ手を回す手筈になっている」



「で、では、“幼稚”な策ではなく!?」



「当たり前だ。そんな穴のある策は使わんよ。すでに穴は塞いである」



「もう見事としか……!」



 本当に用意周到な御仁だと、ヤノシュはヒーサに頭の下がる思いであった。



「さて、説明はこれで終わりだ。さっさと準備に取り掛かろう。まずは、脱がせますぞ」



 ヒーサは倒れているリーベに歩み寄り、おもむろにその法衣を掴んだ。



「ああ、ヤノシュ殿、ちょっと手伝ってくれ。そっちを頼む」



「あ、はい」



 さすがに意識のない成人男性を一人で着替えさせるのは厳しく、ヤノシュも慌てて近寄った。



「あぁ~、しかし、あれだな。策のためとはいえ、男の服を脱がすのはなんか嫌だな」



「なら、僕の服を脱がせてみるかい?」



 リーベの着せ替えを見守っているアスプリクが、これみよがしに自身の法衣をヒラヒラさせた。半妖精ハーフエルフ白化個体アルビノという特異な容姿であるが、見様によってはなかなかに幻想的で可憐な姿をしており、好みの合う者ならば喜んで脱がしにかかるであろう。


 だが、ヒーサは違った。



「面白みに欠けるから、そんなことはしない」



「え~、こんな美人が脱がせてもいいって言っているのよ? 据え膳食わぬは、ってやつよ」



「お前の場合は、美人ではなく美少女に分類されるだろうが。膳に載せられるほどの食べ応えがない。こちらの好みを言えば、テアなのだからな」



「ぶ~」



 アスプリクは恨めしそうに、無言で事の成り行きを見守っていたテアを見つめた。


 かつて自分の体のことを『まな板に梅干し』などと評したが、テアの方はと言うとメロンでも詰まっているのかと、まさぐって見たくなるほどにご立派な物をおもちであった。


 アスプリクとしては、恨めしく、羨ましかった。


 なお、テアはこっちに話しを振るなと言わんばかりに、そっぽを向いた。


 乾いた笑いが飛び交う中、それでも作業は抜かりなく進んでいった。



(しかし、これだけの策を実行に移しながら、まるで遊び感覚というか、手慣れているというか、緊張感が薄いな)



 ヤノシュは本当に男の服を脱がせるのを嫌がっていそうなヒーサを見つめながら、不思議に感じた。


 そして、くだらなくもいやらしいやり取りに気を取られ、最大の失策を犯した。


 “戦場”では決して“敵”に背後を取らせてはならないということを。


 黒い法衣を抱え、何気なく歩み寄って来たヒサコ。もう、手を伸ばせば、ヤノシュに届くところまで背後から近付いてきた。


 そして、その手には、法衣の中に仕込んでおいた鋭い短剣が握られていた。

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