6-19 口封じ!? 邪魔者はお休みいただこう!

 たった一人の堂々たる行進。アーソ辺境伯カインの息子ヤノシュは、敵陣に供回りもなしに訪れた。着慣れた鎧に身を包み、愛馬を唯一の供として、ゆったりとした速さで進んでいった。


 特に不安も不満もない。全ては予定調和。事前に根回しがなされ、準備が整えられているからだ。


 一時はどうなることかと思った秘匿していた術士の漏洩と、そこからの討伐軍の派遣。止むに止まれず決起した謀反であったが、今訪れているシガラ公爵ヒーサの手引が功を奏し、収まるべきに収まりつつあった。


 その最後の総ざらいの打ち合わせこそ、この訪問の最たる意味だ。


 表向きは開城交渉であるが、実際はまもなく到着するセティ公爵ブルザーの部隊を殲滅し、そのままの勢いで、王国宰相ジェイクを説得するつもりでいた。



「やあやあ、よくぞ参られた、ヤノシュ殿。交渉に応じてくれて、こちらとしても感謝しかない!」



 満面の笑みで出迎えるのは、無論ヒーサであった。


 開城交渉が上手くいかず、窮地に陥ってたヒーサであったが、こうして領主の息子が直接交渉に乗り込んできたのは大きな成果であり、上手く話がまとまれば、今回の騒動で第一の功となるだろう。



(まあ、あくまでそれは表面的な話ではあるがな)



 元からヒーサとカインはヒサコは挟んで繋がっており、それがバレないように何重にも回りくどい防諜策を巡らし、その上でようやく直接の面談となったのだ。



「さあ、ヤノシュ殿、時間もない事だし、案内しよう」



「ありがとうございます、公爵閣下」



 ヤノシュが馬から飛び降り、ヒーサの案内でシガラ公爵軍本営の天幕に通された。公爵が使うだけあって中々に立派であり、話し合いの会場となるため、大きな長机に加え、椅子がいくつも並べられていた。


 その天幕の中にいたのは、テア、アスプリク、リーベの三人であった。



「今すぐこやつの首を刎ねましょう!」



 ヤノシュが天幕に入るなり、開口一番にリーベがヤノシュを指さしながら叫んだ。


 正式な使者に対して、いきなり首を刎ねろなどと礼儀を知らないにもひどがあったが、リーベの視点で言えば、ヤノシュは異端者を匿った大罪人であり、容赦の必要性がなかったのだ。


 そして、リーベ以外の全員がどうにかしろよこいつ、と考えつつも顔には出さずに平静を装った。



「あ~、衛兵。人払いを頼む。呼ぶまで、誰も近付けないでくれ。ご覧のように、会議の席で熱くなりすぎて妙な叫びや物音がするかもしれんが、無視してくれて構わん」



「ハッ! では、退出させていただきますが、御用の際はいつでもお呼びください!」



 険悪な雰囲気の中、退出するのは衛兵として気掛かりであったが、主君にそう言われたのでは仕方がなく、自身も下がり、さらに天幕の入口も幕を降ろして離れていった。


 こうして、天幕の中に残ったのは、ヒーサ、ヤノシュ、アスプリク、リーベ、テアの五名。



「なあ、リーベ、少し落ち着いてはくれないか? 君の発言は不穏当に過ぎる」



 ヤノシュを見るなり叫んだリーベを窘めたのは、同じく先に天幕の中にあって椅子に腰かけていたアスプリクであった。


 仕える神殿こそ違うが、立場としてはリーベより格上であり、普段ならすぐにでも引き下がるであろうが、今回ばかりは違った。なにしろ、目の前にいるのが異端者であるからだ。



「大神官様、正気でありますか!? 目の前のヤノシュなる男は、法を犯し、異端者を匿いし罪人であります! 拷問にかけ、洗いざらい吐かせ、火炙りにでもしてやるのがお似合いです!」



「それじゃ、首を刎ねれないじゃないか」



 アスプリクはにやけ顔で馬鹿げた揚げ足取りをした。リーベはさらに激高したが、その矛先をアスプリクに向けるわけにはいかなかったので、鋭い眼光はヤノシュに向いたままであった。


 ヤノシュ自身も不機嫌さを隠すことなく、リーベを睨み返した。


 そんな二人の間に素早くヒーサが割って入り、落ち着くように促した。



「まあまあ、司祭殿、それも含めてこれから話し合うわけですし、気を静めてください」



「公爵、あなたもやはり出来の悪い妹同様、異端の者の肩を持たれるつもりか!?」



「まさか! それに……」



 ヒーサはさりげなくリーベに歩み寄り、冷静になってくれと肩を叩いた。


 それに対してリーベは更に怒り、ヒーサの手を振り払った。


 まさにその一瞬であった。穏やかな表情を浮かべていたヒーサが突如豹変し、リーベに殴りかかったのだ。完全な不意討ちであり、その拳は深々と法衣の上から鳩尾みぞおちに直撃した。



「なぁ、はぁ……」



 突如襲い掛かる激痛にリーベは抗えず、呼吸もままならないままに前のめりに倒れた。


 だが、ヒーサの攻撃は止まらない。足蹴にしてうつむけに倒れているリーベをひっくり返し、もう一撃鳩尾みぞおちに向かって拳を打ち下ろした。


 防御もできずにリーベは再び重い一撃を食らい、汚らしい嗚咽を漏らした。


 普段の温和な表情からは似つかぬ残忍な笑みを浮かべ、ヒーサは足でもがくリーベを押さえつけた。



「司祭リーベよ、残念だったな。この天幕の内側に限定されることだが、ここではお前の方が異端者なのだよ」



 無慈悲に告げられる事実。なにしろ、天幕の内側にいる五名のうち、実に三名が異端側の人間であった。あとはそれに気付いていない司祭バカと、観察するだけの傍観者めがみだ。



「間抜けもいいところだね。よもや、自分が猛獣の檻の中に入って、しかもその猛獣に喧嘩を売り続けるなんて。自分が豪傑か何かと勘違いしちゃってるのかい?」



 いつの間にかアスプリクも歩み寄っており、ピクピクと痙攣して泡を吹いているリーベを見下ろし、今までの意趣返しと言わんばかりに、少女もまた倒れる司祭を足蹴にした。



「アスプリク、念のために頼む」



「はいはい~♪」



 アスプリクはヒーサの呼びかけに応じ、目の前で倒れるリーベに意識を集中させ、手をかざした。



「眠りをもたらす夢の世界の小人よ、こいつのまなこに砂を撒け。まぶたは重く、意識は軽く、夢の世界で遊ばせるのだ!」



 少女の白い手からキラキラ輝く粉状の何かが舞い散り、リーベの顔に降りかかった。すると、あれほど苦痛にもがいていたリーベが大人しくなり、挙げ句にはいびきまでかき始めた。



「よし、【催眠】とかけておいたから、ちょっとやそっとじゃ起きないよ」



「上出来。さすがは大神官様だな」



 などと言いつつ、ヒーサはアスプリクの頭を撫でた。褒められて素直に嬉しいのか、アスプリクは少し顔を赤らめながら笑顔をになった。



(なんと言う手際の良さ。それに何事もなかったかのような振る舞い。実に“手慣れて”いる!)



 一連の動きを見たヤノシュは、あまりに自然過ぎるヒーサの動きに絶句した。刃を潜ませ、相手にそれと悟らせず、必殺の位置に着いた途端に牙を剥く。


 そうまるで、これは“暗殺者”のやり口だと感じた。医者であり、貴族であるはずの目の前の貴公子が、こうも手際よく事を成せるのか分からず、その無言の圧に押された。


 それゆえにヤノシュは気付かなかった。ヒーサの口が僅かに動き、「人体投影」と呟いた事に。

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