6-18 誘因! 二度目の矢文は放たれた!

 そして、運命の朝がやって来た。


 裏の事情を知らぬ者はさすがに夜襲を警戒したが、城は静かなものであった。なにしろ、攻める側も守る側もその頭が裏で繋がっており、戦う理由など一切ないからだ。


 ヒーサは宣言通り、朝霧がまだ立ち込める中を馬に跨って城門前に進み出た。



「城兵よ、私はシガラ公爵ヒーサである! 先日は大層な矢弾を馳走になった! 重ねてお礼申し上げる!」



 分かりやすいほどの皮肉であったが、城内の人々は特にこれと言った反応を示さなかった。攻め手の方は裏の事情を知らぬ者が大勢いるが、城内の方はすでに周知してあり、“ヒサコの策”に従って、じきに到着するであろうセティ公爵軍を殲滅すべく、すでに準備万端といった感じであった。


 そして、その最後の打ち合わせが間もなく始まろうとしていた。


 城壁上に現れたのはアーソ辺境伯カインとその息子ヤノシュで、ヒーサを見下ろす格好で対峙した。



「公爵、何用で参った!?」



 響き渡るカインの声に対し、ヒーサは持って来た矢文を弓につがえた。



「一晩たって、少しは頭が冷えたであろう。今一度、降伏勧告に参った! これに委細を書き記した! 受け取れぇい!」



 いささか芝居じみた台詞であったが、矢は城壁を越え、城の中へと飛び込んでいった。


 矢文はすぐさま兵士によって回収させ。二人の所へ運ばれた。


 早速広げられた手紙には、二人の予想通りの言葉が書かれていた。



「今日の昼前後にはブルザーが到着し、それよりわずかに遅れて宰相閣下が城門前に現れる。まさにその僅かな時間こそ勝負の時です。ブルザーの到着と同時にかねてからヒサコが提案して、こちらも準備を整えた包囲殲滅を開始したく思います。宰相閣下への時間稼ぎはこちらにお任せください。出来る限り、その“勝負の時間”を引き延ばして差し上げます。すべてが片付いてからなら、宰相閣下を丸め込むくらい造作もありません」



 用意周到にして深謀遠慮。眼下にいる若き公爵は、すべてを見通し、すべてに備え、あとはただ走り出すだけ。そう言いたげにジッと二人を見上げていた。



「さすが、あのヒサコの兄と言ったところか。温和で理知的な元医者の公爵と聞いていたが、隠された刃は誰よりも鋭いものだな」



 カインの何気ない一言であったが、ヤノシュもそれは全面的に認めるところであった。一体、どこまで計算しきているのか、寒気すら覚え始めた。


 そして、手紙を再び視線を落とし、続きを読んだ。



「作戦はおおよそのところ変更はありませんが、細部にいくつか確認や相談したいことがございますので、ヤノシュ殿にお越しいただきたく思います。また、当方に帯同しておりますリーベ司祭はそろそろ用済みでありますので、始末しようかと思っております。その際はご協力のほど、よろしくお願いします」



 これにはさしものカインもヤノシュもニヤリと笑った。なにしろ、あの鬱陶しいことこの上ない尊大な愚物を、始末するので手伝って欲しいとの要請が入ったのだ。


 要請されるまでもなく、機会があれば始末する気満々であったので、二人はその機会が巡って来たことに大喜びであったのだ。



「ええい、いささか癪であるが、あのバカ司祭の件はお前に任せるとしよう」



「ハハッ! 父上、吉報をお待ちください!」



 できれば自分の手で始末したかったが、二人揃って出かけて、決戦を前にして城を留守にするわけにもいかず、やむなくカインはリーベの抹殺はヤノシュに任せることとした。



「よし、城門を開けよ! ヤノシュが今よりシガラ公爵の陣営に交渉に出掛ける!」



 カインの号令と共に兵士達が慌ただしく動き始めた。


 機械仕掛けを作動させ、上がっていた吊り橋を下まで降ろし、重々しい城門も開けた。そこを通り、堂々たる雄姿を見せながらヤノシュは城を出ていった。


 それを見送るカインも、他の城兵達もその進み行く後ろ姿をいつまでも見送った。

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