6-15 展開! 天険の要害を封鎖せよ!(後編)

 馬に跨り、鍋を下敷きにして器用に手紙を書くヒーサを、テアは覗き込んだ。



「それで、城方にはなんて伝えるの?」



「こちらの状況説明と、現状待機の指示だ」



「あら、ごく普通ね。会談の席でも設けるのかと思ってたのに」



「それは“次”の矢文だ。ブルザーがある程度近付いてもらわないと、次の策が使えないからな」



 ちなみに、その策の内容はテアも聞いていたが、成功するかどうかは半信半疑であった。成功すればとんでもない効果を発揮するのは理解できていたが、本当に成功するのかどうか、非常に疑わしかった。


 そうこう言葉を交わしていると、開けた場所に出て、目の前に城が見えてきた。ヒサコの姿で何度か眺めた外観であったが、まさに天険の要害に城を添えたと称すべき、難攻不落の要塞と言えた。


 城の背には川が流れ、城の背後で二つに分岐していた。そのため、裏や左右からは川や崖が邪魔して登れず、正面の展開幅も狭い。おまけに峻嶮な山をそのまま城を築いた造りをしているため、坂道が攻城兵器の接近を邪魔していた。


 普通に攻めたらまず落ちない。それが城造りの名手“松永久秀”の率直な感想であった。



「よし、このまま前進! 城の前で横陣を敷くぞ!」



 城はすでに城門が閉じ、吊り橋も揚げられていたため、隙のない城砦を見せ付けていた。


 城壁上に守備の兵士がちらちら見えるが、見える分には数は大したことがない。事前の打ち合わせ通り、伏兵の方に力を注いでいるようであった。



(よしよし。これで準備はほぼ整った! さて、“初顔合わせ”といこうか)



 ヒーサは自陣の隊列が整ったと見るや、一騎だけで城門の前へと馬を走らせた。矢弾が飛んで来ることを考えれば大胆であり、同時に堂々たる雄姿に畏怖を覚えることだろう。


 それもこれも、これが大仰な芝居とだと気付いていなければ。



「城に籠る各位に物申す! 私はシガラ公爵の当主ヒーサである! すでに城はこうして封鎖され、別の道を使って、次々と王国軍が迫ってきている! 大人しく開城すれば、悪いようにはせぬ!」



 ヒーサは大声で城に向かって叫んだ。若々しさと凛々しさを上手く混ぜ合わせた、非常に気品ある恫喝であった。


 甲冑を着込み、マントをなびかせ、金色の髪も風に舞い、目の前には強固な城塞。これから攻めかからんとする気迫も相まって、中々に映える姿だ。


 だが、城側も負けてはいなかった。城壁上に現れたのは、黒髪の貴公子であった。領主の息子であるヤノシュだ。



「ようこそおいでくださいました、ヒーサ殿! アーソ辺境伯カインの息子で、ヤノシュと申します! 矢弾の馳走はいかがでありましたでしょうや!?」



 皮肉交じりの返礼に、ヒーサは思わず吹き出しそうになった。だが、笑うわけにもいかない。演技は見る者を楽しませてこその演技なのだ。


 騙し切らねば意味がない。そう考えると、顔は自然と真顔になるものだ。



「大変美味しくいただきました。特に、歓迎の花火は痛み入りましたぞ!」



 ヒーサが花火と皮肉ったのは、最初に食らった地雷を用いた罠のことだ。アスプリクの火の術式によって焼き払われ、盛大に爆発してしまったが、威力自体は抜群であり、ヒーサも素直に感心していた。


 食らっていたら、まず無事では済まない罠であったが、それをあえて花火と矮小化することによって、おそまつな罠だと笑い飛ばした。



「それはようございました! では、まだまだございますので、追加の饗宴と参りましょうか」



 ヤノシュの合図と同時に城壁上に銃兵が幾人も現われ、その内の一挺が爆音と共に火を噴いた。火薬の爆ぜる音が響き、火と共に硝煙が生じ、それから僅かに遅れてヒーサの乗る馬の足元に銃弾が突き刺さった。


 馬はそれに驚きのけぞりそうになったが、ヒーサは暴れる馬を上手くいなし、落ち着かせた。



「ヤノシュ殿、それがそちらの返答と言うことでありましょうか?」



「いかにもその通り! 二年前の恥辱を晴らすべく、我らは立ち上がってのです! 何人もこの聖戦を止める者はおりません!」



「我欲に溺れし者が聖戦とは、片腹痛し! 神の名を借り、不届き千万な所業を繰り返すとは、いずれ天よりの咎を受けましょうぞ!」



 皮肉合戦の続きであった。これはヤノシュに向けたものではなく、教団に対しての皮肉であったが、後ろで督戦しているリーベには通じていないようで、ヤノシュに向けられて放たれた言葉であると認識しているようであった。



(だから、バカだと言うのだ。教団の有様を何から何まで肯定し、歪んだ現状すら認め、追随する様こそ滑稽なのだぞ)



 天の咎を受けるのは貴様らだ、と言ってもそれを理解できる頭まで持ち合わせないのは、さすがに苦笑いするよりなかった。



「もう一度、頭を冷やして考えられよ! 城が落ちてからでは、泣き言も敗者の弁として嘲られるでしょう! 穏便に済ませる事こそ、私と、宰相殿の望みだ!」



 そう言うと、ヒーサは用意していた矢文を手にし、同時に弓を構えて、それを城内に向けて放った。山なりに飛んだ矢は城壁を飛び越え、城内へと吸い込まれていった。


 ちゃんと城内に矢が入ったことを確認してから、ヒーサは馬首を返した。



「穏便に済ませるための条件を書き連ねておいた! 今一度、父君と相談されるとよい!」



 無論、降伏の二文字はない。なにしろ、あちらは二年前の屈辱を、今ここで晴らす気で満々であったからだ。しかも、シガラ公爵軍はすでに手を結んでおり、あとはセティ公爵軍さえ殲滅すれば、残るはジェイクの部隊だけとなる。


 城に籠る者達には、罠に嵌めて蹴散らし、蹂躙し、圧倒的戦果と虜とする“四人の王族”を交渉材料に、王国とは有利な条件で手打ちにするつもりでいた。


 屈辱を晴らせ、地位も安泰。なにより、憎いことこの上ない教団に、強烈な一撃を加えれるのだ。士気は否応にもなく高まっていた。



(だが、その思惑は存分に利用させてもらうぞ)



 自らの陣に戻るヒーサの顔はニヤついていた。何も知らず、罠に嵌めたつもりで、更にその上に覆いかぶさる罠の存在に気付かず、呑気なものだと嘲った。


 だが、その真意を知られてはならない。あくまで粛々と策を積み上げ、気付いた時には引き返せないところに落とし込まれる。これこそ、策謀の妙技であり、なによりも痛快な瞬間でもあった。


 その記念すべき瞬間はもう間もなくやって来る。そう考えると、ヒーサの胸中は興奮のあまりに震え上がり、それを抑え込むので必死であった。


 喜ぶのはまだ早い。すべてが終わってからだと、ヒーサは自分に言い聞かせるのであった。

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