6-14 展開! 天険の要害を封鎖せよ!(前編)

 シガラ公爵ヒーサ率いる部隊は順調な行軍を続け、いよいよ目標のアーソ辺境伯の居城に迫りつつある位置まで前進していた。


 その間、幾度となくアーソ辺境伯軍より攻撃を受けたが、そのすべてを退けていた。


 特に、一晩敵地での夜営を余儀なくされる場面においては、夜襲を予想してこれに備え、見事に迎撃してみせた。


 敵も無理な攻め方はせず、双方に十名ずつ程度の損害で城まで近付くことができた。



(上出来だな。これで内通を疑う者はおるまいて)



 何食わぬ顔で進むヒーサであったが、アーソ軍と呼吸を合わせ、繋がりを疑われぬように上手く擬態していた。なにしろ、互いに本気で殺し合って、その時が来るまで隠し通せ、という提案をヒサコの状態で伝えていたからだ。


 ちらりと見る人質であり、同時に監視役でもある司祭リーベはこの点を疑っていなかった。地雷の罠に加えて、夜襲まで仕掛け、互いに犠牲者まで出したと言うのに、それでも内通しているなどと考えれる者などいなかったのだ。



「さて、サーム、サームはいるか!?」



「ハッ! こちらに!」



 ヒーサの呼びかけに応じ、一人の武官が馬を寄せてきた。


 サームはシガラ公爵軍の副将であり、公爵軍の内部においてはヒーサに次ぐ立場であった。


 『シガラ公爵毒殺事件』に際して、ヒーサが公爵位とともに抱える軍も継承した際には色々と不安に感じる部分もあったが、今ではその類稀なる才覚に惚れ込んでおり、公爵家の家臣団の中でも特に忠義に篤い人物となっていた。


 そして、今回の急な出陣の際も尽力し、手早く部隊編成を済ませれたのも、サームの尽力あればこその芸当であった。



「昨夜、いくつか話していたように、そろそろ部隊を分けるぞ。別動隊の指揮はお前に任せる。いざと言う時は頼むぞ」



「了解しました!」



 そう言うと、サームは一度部隊の行進を止めると同時に、五百名ほどの人員を割いて別部隊の編成に取り掛かった。



「公爵、あの部隊はなんですかな?」



 尋ねてきたのはリーベであった。リーベはあくまでお目付け役であり、作戦指揮に口出しするべき立場になかったが、それでも尋ねてくるのは己の立ち位置を把握できていない愚かしさの表れであった。


 応えてやる義理も義務もないのだが、そんなリーベに対してもヒーサはあえて丁寧に応対した。



「あれは別動隊ですよ」



「別動隊?」



「敵の伏兵への警戒です。もし、私が籠城側の立場の場合、強固な城で敵を惹き付けつつ、頃合いを見て城外に伏せていた部隊で横槍を入れます。その横槍に横槍を入れる部隊が、今サームに任せる部隊と言うわけです」



 この説明も嘘であった。


 実際のところ、“損害多数”との嘘報告をジェイクに送っていたため、見た目の数だけでも合わせておく必要があったからだ。もし、出発したままの兵数と変わらぬ数で他の部隊と合流した際に、その件で詰問されるのを防ぐためだ。



(もっとも、ジェイクより先にブルザーが到着した場合は不要に終わるだろうがな)



 ヒーサは伝令によってもたらされた情報によって、ジェイクが予定にはない前進を開始して事を知っていた。もちろん、こうなることも予測はしていたので焦ることもなかったのだが、次なる一手は『まず自分が城前に到着し、それからブルザーが到着する』ことによって発動できるのだ。


 そのため、ブルザー到着前にジェイクに来られると、色々と言い訳しなくてはならなくなる。それを回避するうえで、兵数をあえて減らさねばならなかった。



(なにしろ、もうブルザーの前にも、ジェイクの前にも、敵兵はいないのだからな)



 今まで散々邪魔してきたアーソ辺境伯軍も、すでに撤収していた。昨夜の夜襲以降、敵兵と一人も遭遇していないことからも、ヒーサはそれに疑いを持っていなかった。


 事前に、『シガラ公爵軍が最初に到着できるように妨害し、それが確定した段階で引き上げる』ように指示を出していた。


 確認は取れていないが、ジェイクを足止めしている中央大道の防衛線も、ブルザーを攻撃している湖畔の部隊も、おそらくは引き揚げているであろうと予想していた。


 そして、辺境伯軍は城内に籠城する部隊と、密かに付近に伏せる部隊とに分かれる手はずとなっていた。


 ヒサコの提案した“嘘”の作戦によって、シガラ公爵軍、城兵と城外の伏兵、この三方向からの攻撃によりブルザー率いるセティ公爵軍を殲滅する、これを実行に移すフリを見せねばならなかった。


 部隊編成を見ながらそんな思考をして進めていると、斥候として放っていた騎馬が戻って来た。



「城の前に敵兵も友軍の姿も確認できません! 我らが一番乗りのようです!」



「実に結構!」



 喜ばしい報告に、ヒーサは喜びの声を上げ、周囲の兵士達も勝った勝ったと鬨の声を上げ始めた。幾度となく攻撃を受け、その度にどうにか切り抜けてきたため、その喜びはひとしおであった。


 そして、今までの意趣返しとしてヒーサはリーベの方を振り向き、ニヤリと笑った。



「いや~、戦は時の運とは申せ、我がシガラ公爵軍は幸運に恵まれたようですな! ブルザー殿に先んじて到着できたのはまさに幸運! いや、めでたい、実にめでたい!」



 露骨すぎるほどに嫌味ったらしくリーベに述べ、周囲に兵士も主君に追随してか嘲る笑い声が漏れ出ていた。司祭と言えど、罵倒するに能う客人であるため、兵士達もリーベへの態度は冷たかった。


 なにしろ、主君の妹を処刑しろわめき立てたと伝え聞いていたため、命令一つあれば逆に始末してやろうかとも不埒な考えを抱く者も多かった。


 そんな居心地の悪さや実家の敗北を目の当たりにしたリーベは、分かりやすいほどに不機嫌になり、舌打ちしながらヒーサから離れていった。


 そして、入れ替わるようにアスプリクが馬を寄せてきた。



「まずはおめでとう、とでも言っておいた方がいいのかな?」



「ああ、ありがとう、アスプリク。これで計画の第三段階はほぼ終了だ」



 第一段階は“偽情報”で王国の主要人物を幾人か釣り上げて、アーソの地に集結させること。


 第二段階はアーソ辺境伯カインと繋ぎを付け、裏で繋がっておくこと。


 第三段階は誰よりも先んじて城に到達し、以後の準備を整えておくこと。


 条件としては、順調に策を巡らせて準備が整ったと言える。



「まあ、宰相閣下が予想よりも早く前に出てこられたのが、少し計算が狂った程度だが……。それについては修正案も用意しておいたし、心配しなくてもいい」



「そうなのか。ならよかった」



 アスプリクの不安はそこであった。てっきり兄ジェイクはずっと後方で待機してくれるものかと考えていたら、いきなり前に出てきたのである。防衛線への牽制攻撃だろうが、前に出た分、予定より早く城前で合流することになりかねない。


 そうなると、嘘やごまかしを混ぜた事後報告を渡すのではなく、ジェイク自身も“茶番劇”の観戦者になってしまうので、より真に迫った演技を強いられることとなる。


 だが、“お友達”は何の問題もないと笑顔を向けてくれた。アスプリクは安心して、役者として踊ればいいと考えた。



「お~い、テア」



「はい、何でしょうか?」



「紙と、筆と、鍋をよろしく」



 テアはヒサコに同行している期間が長かったため危うく忘れるところであったが、本来の職務はヒーサの秘書官である。もちろん、女神と言う存在を隠すための仮の姿であるが、演技は演技としてきっちりやっておかねばならなかった。


 兜代わりに被っていた鍋をヒーサに渡し、更に馬に下げていた道具袋から、紙や筆、そしてインクを取り出し、次々とヒーサに渡していった。


 それらを受け取ったヒーサは鍋をひっくり返して机代わりとし、紙の上に筆を走らせた。



「馬に乗りながら、器用な真似をするわね」



「うむ、聖なる鍋を用いて書くと、なんだかこう字が上手くなった気がする」



「ある意味罰当たりでは?」



「鍋神様は優しいから、問題あるまいて」



 なにしろ、御本尊より直接手渡されたのだ。遠慮の必要など、何もなかった。

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