悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
6-13 報告! 嘘つきと見栄っ張りの伝令文!
6-13 報告! 嘘つきと見栄っ張りの伝令文!
王国宰相たるジェイクは苦しい立場にあった。
アーソ辺境伯領が謀反を起こし、その鎮圧のために軍を招集して討伐に当たっていた。だが、さっさと鎮圧してハイ終わり、と行かない複雑な事情があった。
まず、アーソ辺境伯一家のことだ。なにしろ、ジェイクの妻クレミアはアーソ辺境伯カインの娘であり、自分からすれば義理の父親に当たる。つまり、討伐対象が義実家なのだ。
妻が娘を出産して半年も経っておらず、ようやく生まれた子供に喜んだと思ったら、義実家が謀反という最悪な出来事が発生した。
しかも、謀反の理由が“隠蔽していた術士”の存在がバレてしまい、異端宗派『
『
(法を通せば義理が立たず、義理を通せば法を
この考えがジェイクの心中でせめぎ合っていた。
義実家への義理立ての想いが強いが、宰相としての立場を忘れることなどできない。法を仕切る立場の者が情に流されて法を犯せば、後々にまで悪影響が出るのは必至であった。
まして、次期国王に内定している身の上が、『嫁可愛さに謀反人を赦免する気か!』と言われては立場を失うことになる。それだけは回避しなくてはならなかった。
そのため、現状は無機質に目の前の問題を処理しつつ、裏で手を回すことを企図していた。
すなわち、裏も表も状況を把握し、“信用”における存在、シガラ公爵ヒーサに頑張ってもらっていた。
軍議の席でも、ヒーサはジェイクの意図を汲み取るがごとき発言を連発し、しかも自身が考えている教団への干渉と改革の着手にも賛意を示してくれており、これほど頼りにできる存在はいなかった。
と言うより、ヒーサに頼るより手がなかったと言ってもよい。
なにより、ヒーサ・ヒサコの兄妹には、自身の兄妹であるアイクとアスプリクも懇意にしていた。
特にアスプリクとの関係修復と、妹の教団からの解放を考えているために、ヒーサとの連携はすでに必要不可欠な要素となっていた。
だが、そんな彼の胸中を嘲笑うかのような知らせが飛び込んできた。
「シガラ公爵軍がアーソ辺境伯軍に奇襲を受け、大損害を被ったとのことです!」
絶対起こってはならず、聞きたくもない報告であった。よりによって頼みの綱としていたヒーサが攻撃を受け、戦力を喪失したとのことだ。
計算が完全に狂った、少なくともジェイクはそう感じた。
(これはどういうことだ!? アーソ側とシガラ側はヒサコを間に挟んで、繋がっていたのではなかったのか!?)
ジェイクはそう考えていたため、適当に戦うフリをして他人の目を欺きつつ、すんなり城の前まで通すつもりかと思っていた。だが、現実は本気で殺し合い、しかもかなりの損害を被ったと言う。
あてが外れたことで、ジェイクは大いに動揺し、どうしたものかと地図に目を落とした。
(どうする? ヒーサを援護するために出撃するか? いや、それでは露骨に肩入れしてしまうことになり、後々突っ込まれたら面倒だ。いっそ、中央の陣を突破するか? だが、強固な防衛線が築かれているとのことだし、こちらの被害も大きくなる。ええい、どうする、どうするのだ!? どうすれば、全てを丸く収めることができるのだ!?)
複雑な人間関係、あるいは貴族や教団とのせめぎ合い、そのすべてを解決するのには多大な労力や時間を要するのだが、一挙に解決せねばとかなり無茶な思考をしていた。
今のジェイクは冷静さに欠けていた。ここで舵取りをしくじっては、身の破滅が確定し、王国内に混乱をもたらしてしまう。今は鳴りを潜めている後継問題も、立場の低下した自分と、弟のサーディクを担ぐ勢力とで激突することにもなりかねない。
焦りが焦りを呼び、無意識に地図の上の駒に指をコツコツ叩いていた。
その駒はセティ公爵軍を表しており、危惧すべき政争の相手でもあった。
そのセティ公爵軍から伝令が到着し、指揮官たるブルザーからの報告が届いた。
「当方、アーソ辺境伯軍と遭遇せり。されど、これを撃滅し、友軍の損害は軽微なり」
そう報告がなされ、伝令が下がると同時に、ジェイクは怒り任せに机を叩きつけた。
頼りにしていたヒーサが破れ、対立必至のブルザーが切り抜けたというのだ。これで荒れるなと言う方が無理であった。
だが、これはどちらも“嘘”を付いていた。
実際のところ、ヒーサの方が罠を看破して損害を抑え込み、ブルザーの方は奇襲を食らって砲兵隊の兵員三百名を失うという手痛い損害を受けていた。
ヒーサはジェイクを焦らせるために、『ごめん、負けたわ』と嘘の報告を行い、ブルザーは弱みを見せたくないために“軽微”というあいまいな表現に留めた。
なお、セティ公爵軍は帯同しているサーディクの部隊も含めて総勢で五千を超えており、その内の三百名の損害である。
一割にも満たないので“軽微”と強弁できなくもないが、“砲兵”という専門性の高い部署の三百名だ。槍を構えた歩兵などとは比べ物にならない損失であり、部隊運用に支障をきたすのは明白であった。
だが、そんな裏の事情を知る由もなく、ジェイクは焦りに焦っていた。
そして、とうとう痺れを切らし、決断した。
「進むぞ、前へ」
ジェイクはそう決断を下し、主だった部下達を自身の天幕へ招き入れ、前進を指示した。
当然、反発する者もいた。
「お待ちください、閣下! 当初の作戦では、我らはこの場で待機し、他の部隊の督戦を行うことになっております。まして、今から前進するとなると、進む道は防衛線が敷かれた中央の大道を使うことになります。無視できぬ損害が出ますぞ!」
そう反対の意思を示したのは、ブラハムであった。教団側の武官ではあるが、指揮すべき兵員を失っており、行軍参謀としてジェイクに一時身柄を預けられていた。
その役目柄、急な出撃や作戦変更は混乱を来たし、他の部隊への示しが付かなくなると進言したのだ。
実際、ジェイクの直轄の部下達もその意見には賛成であった。攻城兵器の数は少なく、それで強固な防衛戦の突破を図るなど、損害が増すばかりではないかとの危惧があったためだ。
だが、焦るジェイクにはそんな考えを受け入れる余裕はなかった。
「いや、敢えて前進する。別に防衛線そのものに攻撃するつもりはない。あくまで牽制だ。考えても見よ。防衛線に多少とは言え攻撃したとなると、敵戦力のその防備のために兵力を割かねばならん。そうなれば、両翼を前進中の部隊への圧が下がる。それが狙いだ」
あくまで牽制であり、本気で戦うつもりはない、それがジェイクの“言い訳”であった。
前進さえしてしまえば、あやふやなうちに攻撃命令を下し、強行突破を謀れるとの思惑が見え隠れしていたが、部下達には秘することにしておいた。
損害のことを考えると、まず反対されると考えたからだ。
そして、その思惑通り、牽制目的ならばと部下達も納得してくれた。
「よし、では、両翼の部隊に伝令を出し、こちらは中央の大道を進むと伝えよ。準備が整い次第、前進を開始する!」
「「ハッ!」」
そうと決まると、部下たちは一斉に慌ただしく動き出し、一斉に天幕の外へと駆け出していった。
難しい舵取りを余儀なくされる中、ジェイクは思い悩みつつも家族の顔を思い浮かべた。一目惚れからの恋愛の果てに結婚した妻と娘の顔が思い浮かんできた。
よもや身内同士の殺し合いを演じることになるとは、つい一月前には考えもしなかった。だが、現実は残酷であり、神に対して文句の一つでも言ってやりたい気分になる。
しかし、不貞腐れている時間はジェイクにはない。宰相と言う公的な立場がそれを許さず、情よりも法を優先し、場合によっては義父を殺さねばならないのだ。
「父と呼んだ者を殺さねばならんのか。何たる下衆外道なのだ、私は」
苛立ちを側にあった椅子に八つ当たりをして、勢いよく蹴っ飛ばしてしまった。椅子が吹っ飛び、地面に叩き付けて二転三転しているうちに、気分が萎えてため息が漏れだした。
そんなジェイクが知る由もない事であったが、頼りにしている若き公爵は心に波風一つ起こさずに、父と兄を殺してしまった非情の人であることを知らなかった。
そのことに気付けなかったことが、ジェイクにとっても、その他大勢にとっても、大いに不幸を撒き散らす要因となってしまうのであった。
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