6-12 帰城! 勝利の凱旋と次なる一手!

 アーソ辺境伯領の城館は勝利に沸き返っていた。各所に配置していた兵の大半を引き上げさせ、補給と慰労のために城に戻していたのだ。


 特に士気旺盛なのは、セティ公爵軍に奇襲を仕掛け、見事にこれを成し遂げたアルベールの部隊であった。


 濃霧のため、戦果確認はできていないが、相手の慌て様から相当な被害が出ていると確信していた。



「アルベール、ご苦労だった! よくぞ難しい任務をこなしてくれた!」



 上機嫌で出迎えたのは、辺境伯カインの息子ヤノシュであった。黒目黒髪の偉丈夫で、貴公子然とした雰囲気を醸しながら、武人の気配をも漂わせており、場数を踏んだ軍人として皆から認められていた。


 今回のセティ公爵軍への攻撃は、ヒサコの提案を入れつつ、ヤノシュが立案したものであった。


 ヒサコの提案は、“水”を用いた策であった。



「侵攻軍が城へ向かうとすれば、道は三つ。中央は相当な備えをしているように見せかけ、他二つを緩めにすれば、いずれかを進んでくるでしょう。そして、湖畔の道を選んだらば濃霧を呼び出し、山沿いの道を選んだならば溜池の水を利用して土砂崩れを起こしましょう」



 他ではまず実行できない、“術士”を全力で利用した迎撃策であった。


 だが、これにヤノシュは手を加えた。


 まず、山沿いの道には瓦礫で道を塞ぎ、そこに“地雷”を仕掛けて撤去に近付いてきたらば吹き飛ばし、伏せていた銃兵や弓兵にて矢弾をお見舞いし、再編のために下がったところを土砂崩れをお見舞いする、という強烈な罠を仕掛けた。


 しかし、罠はヒーサにあっさりと見破られ、地雷は事前に爆破され、射撃戦も距離が空き過ぎていたため威力を発揮せず、土砂崩れのポイントともズレていたため、失敗に終わってしまった。


 もっとも、ヒサコからの提案で本気で殺しに行けと言われたため、実際に全力で罠を仕掛けてみれば、見事に切り抜けられてしまった。もし、シガラ公爵軍が“味方”でなかったならば、相当動揺したであろうとヤノシュは感じていた。



「ヒサコと言い、ヒーサ殿と言い、兄妹揃って天才か、シガラ公爵家は!」



 ヒーサには何も伝えていない。あくまで、“演技”のために互いに全力で殺しに行くと取り決めただけで、何をどうするかは伝わっていなかった。


 しかし、ヒーサは初見でありながら、必殺の策を看破し、罠をすり抜けてしまった。本気の戦であれば、士気に影響しかねないほどの見事な回避だ。



「若の仰る通りです。若さに似合わぬ見識の深さと、大胆でありながら計算された上での行動力! 天才とはいるものなのですね」



 アルベールもシガラ公爵軍があれだけの重厚な罠を、大した被害なしで切り抜けたと聞かされており、度肝を抜かれていた。仮に自分がヒーサの立場であった場合は、千近い犠牲者を出していたであろうと考えていた。


 それだけに、ヒーサの才覚が光ると言うものであった。



「それで、セティ公爵軍にヒサコはいたのか?」



「はい。大将旗の近くで見かけました。おそらくは、濃霧と奇襲のどさくさに紛れて、姿をくらませたと思いますが、なにぶん、確認する時間もなかったので」



 そう言うと、アルベールは後ろの荷馬車を見つめた。中には何人かが横たわっており、その中には自身の妹ルルも含まれていた。


 ルルを始め、身分を隠している隠遁者であり、教団に所属していない術士であった。今回の罠に必要な術士を掻き集め、あの濃霧を発生させたのだ。



「あの濃密で広範囲な霧を白昼に生じさせましたので、さすがに全員魔力が空っぽです。しばらくは、休ませておく必要があるかと」



 数日前に魔力枯渇で倒れたというのに、また妹に無理をさせてしまったと、アルベールは心を痛めた。


 もっとも、この件に関してはルルが進んで志願しており、その意を汲んだのであった。



「ヒサコ様は言いました。私は教団に選ばれず、神に直接選ばれたのだと。あんな欲にまみれた腐った教団に掣肘を加えれるのであれば、私の拙い力ではありますが、存分にお使いください!」



 隠遁者としてコソコソと日陰で過ごし、正体を隠して生きてきたルルが、今までになく積極的に申し出たことにアルベールは当初戸惑った。


 なにしろ、ルルは術士の際に目覚めてからというもの、隠れ里でそのほとんどの時間を過ごし、ずっと日陰で生きてきた。そのため、人前に出ることを怖がり、いつも何かに怯えて暮らしてきた。


 このままではよくないからと、領主の屋敷に出仕させ、たまたまヤノシュの側仕えとして雇ってもらえることにはなったものの、引っ込み思案な性格はなかなか治らず、兄として悩んでいた。


 しかし、自分をあまり表に出さないルルであったが、ヒサコに諭されたからというもの、よく自分を前に出すようになっていた。積極的な申し出はアルベールを驚かせ、同時にその熱が本物であると感じ取り、従軍を許可したのだ。


 そして、湖の自ら霧を生成するという重要な役目を与えられ、他の術士達ともに見事成し遂げた。


 兄として、妹が活躍するのは純粋に嬉しいし、それを導いてくれたヒサコには感謝の言葉もなかった。



「まあ、戦果を考えれば、全員無事に戻って来れたのでよしとしよう。ゆっくり休むといい」



 ヤノシュは許可を出し、疲労した術士達を城の医務室へと運び入れるように指示を出した。


 兵士に抱えられながら次々と運び込まれていき、その中に含まれる妹の姿を見送りながら、優しく手を振って送り出した。


 姿が見えなくなるまで手を振った後、アルベールはヤノシュに視線を戻した。



「さて、想定以上に都合の良い展開になったな」



「はい。シガラ側は被害軽微、セティ側は無視できない損害。まず、満足して良い結果かと」



 偽装のために、シガラ公爵軍も全力で攻撃しろと言われた時はどうなる事かと思ったが、何か渡りをつけるまでもなく、互いに本気で戦い、双方損害なく切り抜けた格好となった。


 ヒーサの才覚恐るべし、それがヤノシュが抱いた偽らざる本音であった。



「それで、今後はどうなさいますか?」



「嫌がらせを継続する。ただし、セティ公爵軍への比重を重くしてな。弱っている方を徹底的に叩く、と見せかけれれば最良であるな」



 なにしろ、戦闘に巻き込んでしまったとしても、すでにヒサコは逃げ出しているであろうから、今度こそ遠慮なしにやれるというものであった。


 もちろん、ヒサコの所在は確認出来ていないが、『一度だけ全力でセティ公爵軍を攻撃して』と頼まれていたし、それを実行に移したのだ。上手く撤収してくれているだろうとヤノシュは見ていた。


 あの聡明で抜け目のない貴族令嬢だ。上手く逃げたか、あるいは悪辣な仕込みでもしていたか、計画通りに進んでいるとみて間違いなかった。


 なお、その計画とやらの中身は、誰も知らされていなかったが。



「それと、宰相閣下はどうなのでしょうか? こちらの味方になってくれましょうか?」



「そこはまだ未知数なのだがな。気にかけては下さっているだろうが、あちらにも立場がある。建前としては、こちらを潰しに来るだろう」



「やはり、そうなりますか」



「いくら義理の兄弟と言えども、謀反を起こしておいて、何の咎めの無しに赦免とはならんさ」



 王国宰相ジェイクにはヤノシュの妹クレミアが嫁いでおり、二人は義理の兄弟関係にあった。


 しかし、宰相と言う立場上、公平な態度で臨まなければならず、表面的には反乱鎮圧に全力で取り組んでくることは疑いようもなかった。


 だが、裏でなにかしてくるのではと予想していた。



(ヒサコを通じて、ヒーサ殿やアスプリク様に色々と情報が行っているであろうし、当然、宰相の下へも届いているはず。手は打ってくれていると信じたい。そうでなければ、宰相自身も謀反人の身内として、立場が危うくなるはずだからだ。しかし、“術士の隠匿”に関しては、教会側が座視するとは思えないし、ややこしい事になるだろうな)



 ヤノシュはそう予想したが、実際揉め事が発生していた。


 ジェイクはいよいよ腹を括り、今まで黙認してきた教団側の不祥事を一挙に解決するべく動き出し、その中には“術士の管理運営”という教団の専権事項への改革も含まれていた。


 もし、この専権事項が崩されてしまえば、アーソ辺境伯領が謀反を起こす必要性もなくなるので、早期解決が望めると言うものであった。


 もっとも、教団が長年保有する特権を手放すとは思えず、血を見るやり取りになるとも関係者は危惧していた。


 それでもジェイクは折れずにやり切るつもりでいるし、妹との和解や嫁の実家を助けるためには、その困難な道を進まねばならなかった。


 ヤノシュは情報不足からそこまでのことは知らなかったが、今は忍従し、時の経過とともに事態は好転していくと考え、時間稼ぎをしつつ、攻め込んできているシガラ公爵軍との連携を図り、状況を動かすことに頭を働かせた。



「とにかく、作戦は今まで通り、足止め中心だ。シガラ軍には程々に仕掛け、セティ軍には全力でこれに当たる。あとはヒーサ殿かアスプリク様、あるいはヒサコの連絡を待つとしよう。アルベール、苦労を掛けるが、よろしく頼むぞ」



「ハッ! 兵士も術士もありったけ集めておりますし、どうにか思い描いた絵図は仕上がるかと思います。シガラ軍が城門に到着したそのときこそ、戦の分岐点となるでしょう」



「よし。引き続き遊撃を続けるぞ!」



 ヤノシュは拳を振り上げ、周囲にいた兵士や騎士に檄を飛ばすと、方々から威勢のいい声が帰って来た。奇襲に成功し、士気旺盛であることを誰もが認識していた。


 すべては予定通りに推移しており、未来は切り開けると確信していた。


 だが、辺境伯領の人々は最も重要なことを失念していた。それは、そもそも謀反せざるを得なくなったのが、出処不明の情報からリーベを介して発せられた警告文に端を発しているということを。


 その“出処不明”の正体がなんであるのか、目の前の状況処理に忙しく、その考察を怠っていることに誰も気付いていなかった。

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