悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
6-10 禅問答!? かみ合わぬ会話はいつものことだ!
6-10 禅問答!? かみ合わぬ会話はいつものことだ!
セティ公爵軍が奇襲を受けていた丁度その頃、シガラ公爵ヒーサは何食わぬ顔で行進を続けていた。
「水系の術式で湖から濃霧を生み出し、視界を遮った状態で矢を射かける。大軍ゆえの的の広さを逆手に取ったでたらめな射撃でもある程度の命中率を確保できる。が、ブルザーも即座に指揮統率を回復させ、矢の飛んでくる方向に兵をぶつけて撤退させるという、大胆な反撃ときた。どちらも楽しませてくれるな、おい」
ヒーサは見事な戦いぶりに双方への誉め言葉をなんとなしに口から漏らし、それから少し後ろを進んでいた相棒のテアを手招きで呼んだ。
それに気付いたテアは馬の脚を少し早め、ヒーサの横に並んだ。
ちなみに、テアはいつものメイド服姿であったが、その下には念のために
なお、鍋は神造法具『
「あちらは順調に攻撃が成功したようだ。声だけの判別となるが、砲兵隊にそれなりの被害が出たことだろう。これは大きい」
「それはようございましたね。まあ、味方に被害が出て喜ぶというのはアレですけど」
「味方とは、“どっち”なんだろうな?」
一応、周囲の兵士には聞こえないように小声で話しているとはいえ、かなり大胆な言葉であった。もっとも、聞こえたところで兵士はヒーサに忠誠を誓っているし、現段階ではセティ公爵軍は競争相手でもあるので、誤魔化しの利く答弁でもあった。
「砲兵は専門性の高い兵科だ。槍衾を形成すれば農民の徴募兵でも騎馬兵を殺せるが、大筒の運用となるとそうはいかん。玉や火薬の装填に加え、射角の調整やその他整備、素人が即席で運用できる代物ではない。替えの利かぬ兵員への損害は、決して少数と言えどバカにはできん」
「そういう意味では、大成功だったと?」
「ああ。今頃、ブルザーの奴め、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしているだろうよ」
そう考えると、笑いが込み上げて来るというものだ。
しかも、偽情報でシガラ公爵軍に被害が出たと喜んでいた直後の痛撃である。意趣返しとしては、痛快極まると言えた。
「さて、そろそろ頃合いだな。霧が晴れて、視界が回復する前に消しておくか。【手懐ける者】解除、及び
ここでヒーサと繋がっていたヒサコの意識が消え、跡形もなく消滅したことを感覚として認識した。奇襲のどさくさで
時間が差し迫っている以上、姿の見えぬ人質よりも城への行軍を優先することだろう。
「でも、
「いや。ヒサコに消えてもらうのは必須なのだ。今後に必要な準備と考えてくれ。それに、難癖付けてきたら、『人質を逃してしまう間抜けが公爵を名乗っているらしい』と煽ってやるだけだ」
「いい性格してるわね、相変わらず」
「そんなに褒めんでくれ。ワシは照れ屋なのだから」
「嘘つけ!」
そんな女神との楽しい談笑をしていると、今度はリーベが馬を寄せてきた。
「公爵、よろしいかな?」
「何がご用で?」
「あの村は素通りするので?」
リーベの指さす方角には、確かに村が視認できた。と言っても、建物が二、三十ほどの小さな集落のようで、人口も百人に届かないのではと思えるほどの規模であった。
ちなみに、アーソ辺境伯領に侵入し、道なりにいくつもの村を目撃していたが、そのすべてを無視していた。
「用がないですからな。当然、素通りですよ」
目指しているのは城であって、脇道に逸れる理由は何一つないのだ。もちろん、何かしらのちょっかいをかけてくれば別であるが、その兆候は一切見られないので、こちらも不干渉を通していた。
おそらくカインから何もせずに見守っておくことと、徹底した通知がなされていて、遠巻きに侵入者を見つめているだけにしているのだろうと、ヒーサは考えた。
だが、目の前の司祭はそう捉えてはいなかった。
「公爵、ここは異端者の集う領域ですぞ! あそこに邪なる神を奉じる悪しき存在がいるはずです! これを調べないでなんとされるのですか!」
リーベの言葉を聞き、ヒーサはうんざりした気分になった。軍事的な行動中だというのに、目の前の司祭は魔女狩りをやれと促してきたからだ。
そんなことなどやっている暇も理由もないのに、その表情は真剣そのものであり、ヒーサには狂気にしか見えなかった。
(これが聖職者とは嘆かわしい。……ああ、それとも、無駄に時間を潰させることで、ブルザーへの援護を狙ったのかもしれんか)
むしろ、後者の方であったならば、まだ救いはあったかもしれないが、そんな雰囲気は微塵も感じられなかった。異端者を探し、吊し上げ、神への奉仕とする。そんな馬鹿げたことを真顔で実行できる、正真正銘のクズだと改めて思い知られた。
「そんな馬鹿げたことを神が望まれるとも思えんのだがなぁ。そうは思わんか?」
そう言って、ヒーサは
自分は神ではあるが、まだ見習いであり、世界を統べる権限は与えられていない。力としては人間など問題にならないほど強力な力を持っているが、今は封印して人間に身を
そんな身の上に、神様としてどうよ、などと振られても困るのだ。
「神は世界を包み込む慈しみの心を持ち、その懐の深さは人間の推し量れるものではありません。異端だなんだと言う前に、その異端者とやらに会って話を聞くべきではないでしょうか?」
「ぶ、無礼な! 仮にも神に仕える司祭に向かって、異端者の話を聞けなどと!」
「火炙りにする前に、己の哲学と見識を以て、相手を改心させることにこそ専念すべきでしょう。仮に司祭様が仰られるように悪の道に身を落としているのであれば、それを救済してこそ慈悲深き神に仕える信徒ではありませんか?」
「悪に身を落とし、魂を邪に染めし者に救済など必要ない! 全員まとめて地獄に落ちるが似合いよ!」
「神の愛は無限です! 魂の選別を人間ごときがどうこうするなど、おこがましいにも程があります! 出自や種族の如何に関わりなく、神は全てを受け入れ、捧げられし祈りを受け取るのです!」
意外と熱の入ってきた司祭と女神の問答にヒーサは興味を覚えた。
リーベもよもや本物の神様と対話していると気付いてはいなさそうだが、それでも神として導こうとするテアの姿勢にヒーサは苦笑いを禁じ得なかった。
物分かりの悪い教え子を指導しているようであるが、頑迷でしかも視野狭窄。軌道修正させるのには骨が折れそうだとヒーサは感じた。
もっとも、どうせ軌道修正前にこの世から退場してもらうつもりでいるので、神に仕える従順な愚者は地獄に追い落とされるだろうとほくそ笑んだ。
そして、平行線を辿りそうな二人の間に割って入り、実りなき議論に終了の二文字を撃ち込んだ。
「司祭様、こんな小娘一人説き伏せれぬようでは、余程、心に響かぬ説法ばかりをなさって来たのでしょうな。せめてあくびの出ない説話の一つでも仕入れてからお願いいたします」
「き、貴様ぁ!」
激高するリーベに対して、背後から肩口に錫杖が振り下ろされた。不意討ちの痛打にリーベは顔を歪め、その顔のまま後ろを振り向くと、そこには火の大神官アスプリクがいた。
聖職者への暴力は厳禁であるが、修行不足の信徒への精神注入となれば話は変わってくる。アスプリクは聞き分けのないバカ司祭に、いい加減にしろと一発かましてやっただけなのだ。
「リーベ、君の話はつまらない。合理性に欠けるし、神の愛をもないがしろにしている。素直に負けを認めて、もう一度修道院で学び直したらどうだい?」
有無を言わさぬアスプリクの迫力に押され、リーベは露骨に舌打ちしながらすごすごと引き下がった。
結局、出自と地位に甘え、好き放題やって来ただけのバカだと、自白したようなものだ。
実力、見識、出自、地位、その全てが上回っているアスプリクに何も言い返せないのがその証左であった。
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