6-7 伏撃! 大爆発に矢弾を添えて!

 揉めに揉めた会議の翌日、予定通りアーソ辺境伯領に侵入した。


 そして、軍は当初の計画に従い、三つに分割された。


 まず、総大将たる宰相ジェイク率いる中央軍で、この部隊は領内には入らず、境界付近で待機し、全体に睨みを利かせる体勢を取った。


 次にブルザー率いるセティ公爵軍は右翼に位置し、湖畔を通る道を進んだ。距離的には遠回りとなるが、起伏が少なく、大筒などの攻城兵器も通りやすいので、ここを選んだのだ。


 また、第三王子のサーディクもこの部隊に含まれており、その総数は全軍の半数近い五千に届いていた。


 一方の左翼側に展開するヒーサ率いるシガラ公爵軍は山寄りの道を進んでいた。起伏がある上に、山林も随所にあり、兵を伏せるのにはもってこいの場所であった。


 数としては三千ほどで、セティ公爵軍には数でこそ及ばないが、銃歩兵や竜騎兵ドラグーンが多く、火力や射撃戦に優れた力を発揮する編成となっていた。


 また、王国随一の術の使い手である王女にして火の大神官たるアスプリクが編入されており、決して侮れない戦力であった。



(さて、あちらには本気で殺しに来るよう言い含めておいたから、それなりの攻撃が加えられるだろうが、はてさてどう来るかな)



 ヒサコの姿をしていた際、辺境伯カインやその息子ヤノシュに内通を気取られぬよう、本気で襲撃するように提案していた。あまりに露骨に城の前まで進軍してしまっては、後々問い詰められそうであったので、互いに殺し合ってその疑いを逸らそうというのが狙いであった。


 いくら擬態のためとはいえ、同盟者同士が殺し合うのは気が引けていたようだが、ヒーサに言わせれば雑兵の多少の損害で周囲を欺けるならば、価値としては高いと考えていた。


 非情だと思われたようだが、その程度の策ならば、戦国の価値基準であれば十分許容範囲であった。


 なにより、監視の目もごまかさねばならなかった。


 ヒーサはヒサコを、ブルザーはリーベを、それぞれ人質兼監視役として、互いの兄とは別の部隊に編入されていた。


 おかしなことをしないようにする人質であり、同時に妙なことをすれば報告するという監視役も兼ねた立場を与えられていた。


 ゆえに、ヒーサのすぐ側には、馬に跨って随伴しているリーベの姿があった。


 もし、何の妨害もなく城まで到着してしまうと、さすがに疑いを以て見られることであろう。ヒーサの危惧はそれであり、そこはちゃんと誤魔化さねばならなかった。


 伏兵に警戒しながら行軍を続けていると、斥候として放っていた騎馬がヒーサに駆け寄って来た。



「申し上げます! この先、道が瓦礫に塞がれております!」



「おや、早速妨害が入ったか。各員、警戒を厳にせよ!」



 ヒーサは警戒を呼び掛けつつ、斥候の報告してきた地点まで兵を進めた。


 そして、報告通り、木材や瓦礫が山積みとなり、見事に道を塞いでいた。



(だが、本命は……、あれか)



 ヒーサは即座に地形を読み解いた。


 まず、気にかかったのは、左手の崖であった。頂上からは付近を見渡せるほどの高さがあり、裏手に兵を伏せて、高所から射撃を加えるのには絶好の場所であった。


 また、右手の森も兵を伏せておくには最適であり、まず間違いなく伏兵が潜んでいると判断した。



(おそらくは、瓦礫の撤去に取り掛かった瞬間に、左右から矢弾を撃ち込む、といったところか)



 中々に殺意高めの伏兵を用意したと感心しつつ、同時に“分かりやすい”罠を仕掛けてきたことに感謝した。


 “襲われている”感を出すのに、これほど最適な状況も無かった。



「アスプリク様、よろしいでしょうか?」



「ほぉ~い。早速、僕の出番かい?」



 ヒーサの御指名にアスプリクはウキウキしながら馬を寄せてきた。



「あの瓦礫に、火を放ってください。そして、燃やしてください」



「吹っ飛ばすじゃなくて、燃やす程度でいいんだ」



 大火力で吹っ飛ばすのかと思っていたアスプリクとしては、少しばかり物足りなさを感じつつ、ヒーサのことだし何かあるのだろうと前に進み出た。


 そして、軍列の一番前まで進み出ると、馬に跨りながら両手を天に掲げた。



「火の神オーティアの名において命じる! 憤る心は形となり、輝き燃える赤き炎となれ!」



 アスプリクが使用したのは【火炎球ファイヤーボール】の術式であった。詠唱とともに炎が生み出され、人間の頭部くらいの火の塊となり、それを勢いよく瓦礫に向かって投げつけたのだ。


 狙い違わず火の塊は瓦礫に命中し、赤い炎に包まれた。


 そして、それは大爆発を起こした。【火炎球ファイアーボール】によるものではなく、瓦礫そのものが爆発したのだ。


 岩や木片を撒き散らし、炎を爆発で吹き飛ばしてしまうほどの威力であった。


 隊列に動揺が走ったが、ヒーサが声を張り上げて檄を飛ばし、素早く落ち着かせた。



「まだだ! 敵伏兵が来るぞ!」



 ヒーサはすぐに盾持ちの重歩兵を前面に出し、アスプリクも急いで後退させた。


 次の瞬間、左手の崖からは矢が飛んできて、右手の森からは銃を構えた兵士が現れ、銃撃を加えてきた。矢の風を切る音、周囲に響く火薬の爆ぜる音、矢弾が隊列に襲い掛かった。


 だが、被害は軽微であった。


 ヒーサが素早く盾持ちを前面に出したことと、伏兵の位置からシガラ公爵軍の隊列が微妙に空いていたことが原因だ。


 瓦礫の手前辺りに集中砲火を浴びせる位置取りをしていたため、有効殺傷圏から僅かに外れていたのだ。そのため、飛んできた矢弾の大半は盾で防がれ、それを飛び越えた物も人を殺せるほどの威力もなく、着ていた鎧によってそのほとんどが防がれる始末だ。


 そして、第二射はなし。有効打を与えられないと判断してか、すぐに兵の気配が消えた。



「追撃は無用だ! 隊列を維持せよ! 負傷者の治療を急げ!」 



 ヒーサは周囲に指示を飛ばし、状況確認に努めた。幸いなことに、負傷者は幾人かいるが、死者はなく、まず満足すべき結果と言えた。



「公爵、追撃はしないのですか!?」



 少しビビり気味のリーベが、ヒーサの馬を寄せながら尋ねてきた。リーベの視点で言えば、辺境伯領の人間は異端者の群れであり、一人でも狩り立てたい存在であった。


 逃げたならば、それを追い討たねばならない。その考えが逸る気持ちを生み出していた。


 だが、ヒーサはそれに対して不敵な笑みを浮かべた。



「さすがはぬるま湯の中でお育ちあそばした、名門出身の司祭様ですな。土地勘のない我々が、土地勘のある相手に山林の追撃戦を行うなど、不可能もいいところです。餌を放り投げて、お召し上がりくださいと言うようなものです」



 ヒーサは嫌味たっぷりに言い放つと、リーベは顔を真っ赤にして憤ったが、当然その喚き散らす声をヒーサは無視した。“戦童貞”の戯言など、聞くに堪えなかったからだ。


 そんな中にアスプリクが戻って来た。



「戻ったよ~。ってか、軽く燃やしたつもりなのに、いきなり大爆発したのには驚いたよ。ヒーサ、あれはなんだったんだい?」



「ああ、あれは“地雷”だ」



「地雷?」



「火薬を入れ物に押し込んで、木管などで導火線を地に埋めておき、敵が仕掛けに近付いたところで爆発するように調整された爆弾とでも考えておいてくれ。まあ、火薬が湿気ってしまうから長くは持たないのが欠点だし、導火線の長さ調整が難しくて頃合いに爆発しなかったりと、使い勝手は悪いがな」



 ヒーサはまだ燻っている爆発点を眺めながらアスプリクに説明した。伏兵を察して、もう一仕掛けあると踏み、念のために火を放ってみれば案の定という結果となった。



「まあ、おそらくは瓦礫撤去で兵が近付いたところで爆発させ、混乱したところを左右から矢弾をたっぷりお見舞いする、というあたりかな?」



「えぐいな~。吹っ飛んだ瓦礫で死傷者も出るし、混乱しているところに撃ち込まれたら防ぎようがないね。おお、怖い怖い!」



「まともに食らっていたら、二、三百では収まらぬ損害を受けたであろうな」



 殺しに来いとは言ったが、まさかここまで殺意の高い仕掛けを用意するとは思ってもいなかったので、ヒーサもさすがに肝が冷えた。



(だが、逆に好都合だ。あれだけド派手な罠を炸裂させたんだ。爆発に目がくらんで、互いに連携してるとは、部外者には分かるまい。リーベを騙すのには格好の状況だ)



 爆発で戦闘を演出し、それでいて双方の被害軽微。まず満足する結果であった。


 ヒーサは改めて残っている瓦礫の撤去を命じ、行進に支障がないほどに片付けてから、再び進軍を再開した。



(さて、この調子なら、妨害を受けつつも被害を抑えながら進めそうだ)



 内通を隠蔽しながら城に迫るという策は、事前の下準備が功を奏し、どうやら無事に成就しそうだと確信した。


 後の問題は、セティ公爵軍をどれだけ妨害し、どれだけ足止めしてくれるかだけだ。


 だが、今の仕掛けの具合から察するに、やはりアーソ辺境伯軍も手練れ揃いであることは確認できたし、問題なく遂行してくれると強い自信を得た。



(あとはこのまま城の前に着けば、例の策を発動できる。急がねばな)



 慎重に軍を進めつつも、気持ちは逸るものであった。


 すでに勝ちは揺るがない。後の問題は、勝利するのか、大勝利するのか、ただそれだけであった。

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