6-6 文化推進! 目指せ、御茶湯御政道!

 “仲の良い兄と妹”


 この点では、ジェイクは目の前のヒーサ・ヒサコ兄妹を羨ましく思った。なにしろ、自身とアスプリクの関係はボロボロであり、修復するには多大な労力と時間を要すると考えていたからだ。


 それゆえに、目の前のヒーサとヒサコが眩しくて仕方がなく、ふと見つめたアスプリクもまた、ヒーサに笑顔を向けているのが妬ましくもあった。


 決して自分には向けられることのない年相応の可憐な笑顔だ。どうしてもっと寄り添ってやれなかったのかと、今更ながらに後悔していた。


 同時に、ジェイクはヒーサの絶対的な自信の表れには、何か裏があるとも考えていた。



(おそらくは、カインと裏で繋がっているのだろう。そうでなければ、ヒサコが解放される時期があまりに不自然だ。部外者を追い出したいのなら、ブラハムと共に解放したであろうし、情報を外に漏らしたくないのなら、拘束したままであろう。だが、ヒサコはここに居る。もう伝えるべき情報はヒーサの手に渡ったと考えるのが自然か)



 そう考えると、ジェイクとしてはやはりヒーサに期待を寄せておいて正解だったと安心できた。


 あとはヒーサの部隊が先んじて城に到着し、一本の矢で門を開けてもらえるよう動いてもらうだけだ。



(むしろ、本番はその後だ。ヒーサは教団が持つ最大の特権“術士の管理運営”に手を突っ込むと宣言した。つまり、教団側に徹底的な改革を望むか、もしくは決別を意味するほどに重い宣言だ。だが、これは私としても避けては通れない道だ。私自身、教団幹部に啖呵を切った以上、ヒーサの考えに同調せざるを得ない。アスプリクもそれを望んでいるし、妹を解放するのにはそれが最良か)



 政治的にも、家庭の問題としても、教団への干渉は不可避であり、むしろヒーサと言う強力な同調者を得たと考えるべきだと、ジェイクは自分に言い聞かせた。


 終わった後こそ、宰相たる自分が調停に乗り出し、被害を抑えつつ改革に乗り出していかねばと、ジェイクは決意を新たにした。



「……リーベ、明日からお前の身柄は明日よりヒーサ殿の下へ差し出す。言動には注意せよ」



「はい。兄上も人質の甘言にはご注意ください」



 ブルザー・リーベの兄弟も気に入らないとは思いつつ、言質を取られた以上は約定に従って人質を差し出さねばならず、不承不承ながら決定に従わねばならないという雰囲気を出していた。


 それに対して、ヒーサは追撃を加えた。



「ブルザー殿、妹を一時お預けいたしますが、美人だからと言って手を出さないでくださいよ。なにしろ、ヒサコはアイク殿下に差し上げる、貴重な献上品なのですから」



「お、お兄様!」



 いきなりの発言に、ヒサコは顔を赤らめてヒーサに詰め寄り、動揺した素振りを見せた。


 もちろん、“一人芝居”であったが、効果は絶大であった。周囲の誰もが薄々は感じていたのだが、明確にアイクとヒサコを結びつけると、公爵家当主から宣言されたのだ。



「ん? 私はずっとお前自身がその気なのだと思っていたが、違うのか?」



「え、あ、その……、うん、その気がないって言ったら嘘になるとは思いますけど」



「ならば、問題なかろう。アイク殿下もお前のことは気に入ってもらえているようだし、私としても反対する理由はない。こちらとしても、“漆器”の件も含めて新事業に精が出ると言うものだ。二人が組めば、芸術文化の流行りを生み出し、芸事の発信者として名声を欲しいままにできよう」



 あくまで興味があるのは文化芸術の事のみ。ヒーサはそれを強調することで、政治的な野心を見せないように留意した。


 だが、ヒーサの脳裏には、ある言葉が飛び交っていた。



 “御茶湯御政道おんちゃのゆごせいどう



 かつて織田信長が始めた“名物狩り”と、それより生じた茶の湯の政治利用。茶道具を名物となし、箔を付け、政治に結び付けて、自身の勢力拡大に利用したやり方だ。


 その先駆けともいうべきなのが、他ならぬ“松永久秀”という男であった。


 久秀は対立していた信長との和解の証として、自身の所有する茶道具の内、天下に名高き大名物『九十九髪茄子茶入つくもかみなすちゃいれ』を差し出した。


 これで久秀は許されたのだが、信長はそれに目を付け、名物の威力を利用し、それを勢力拡大に利用したのだ。


 名物で命すら助け、それゆえに皆が名物を求め、信長自身が日ノ本の一の蒐集家として権威と結びつける。実に上手いやり方であったと、今にして思い浮かべていた。



信長うつけの手法を真似するのは癪ではあるが、文化芸術の持つ力は侮れぬ。それはかつて目の当たりにした私自身の目利きがそう告げている。漆器の他に、まだ広めたい物はあるし、なにより喫茶の普及だ。流行りの最先端をシガラ公爵家とアイク殿下で作り出し、人心を掴んでいく。勢力拡大に武力財力の他に、文化力も加え、いずれ躍進するのだ)



 今のヒーサはその考えの下に動いていた。数奇者としての天下人、実際に漆器の披露の際に、その威力を実感しており、このまま進めても問題ないと感じていた。


 ただ、邪魔な輩が多いので、それの排除も徐々に進めていかねばならなかった。



(一番の邪魔はもちろん『五星教ファイブスターズ』の石頭共だ。あの生臭坊主共め、いずれ神の名の下に我欲に溺れしことを炎の中で後悔させてやるぞ)



 すでに教団の排斥はヒーサの中では決しており、少なくとも今のような国政を動かせるほどの影響力はきれいさっぱり消すつもりでいた。


 そして、もう一つの問題はなんといっても、“魔王”の存在だ。折角、面白おかしく異世界での道楽を満喫しようにも、これの出現によってすべてが水の泡になる可能性があるのだ。



(そもそも、女神との契約もあるし、これの件は進めていかねばならんが、一番の理想は魔王との戦争を継続しつつ、生活を楽しむ余裕を得ること。というか、魔王を退治してしまっては、その後の生活がどうなるか分からんしな)



 この世界に飛ばされてからと言うもの、不満に感じたことなどなかった。強いて言えば、茶が飲めないことではあるが、存在自体は確認されており、いずれは茶が飲めると思っていた。


 もし、茶自体が存在しない世界に飛ばされでもしたらば、それこそ茶の湯を楽しむことができなくなるため、この世界の残留を考えていた。


 もちろん、次の世界が存在し、茶を楽しめる環境が保証されるのであれば、即座に魔王を滅ぼすこともやぶさかではなかったが。



(とはいえ、女神の話では、まだ魔王の存在が確認されておらんようだし、このまま当初の予定通り、ネヴァ評議国で茶の木の種を採取する。そして、国盗りのために、今回の騒動を利用して、不和の種をばら撒いておく。国を奪い、芸術を愛で、茶を満喫し、美しい女を抱く。うむ、素晴らしいではないか)



 描く未来図に想いを馳せながら、ヒーサは思わずニヤリと笑った。


 ヒサコとのやり取りの最中、軽く横目にジェイクを見てみると、反応は悪くなさそうだと判断できた。あちらにもそれ相応の思惑はあるだろうが、アイクとヒサコが引っ付き、王家とシガラ公爵家の関係が強固になることを認める雰囲気があった。


 アイクとアスプリクを篭絡しておいた効果が、徐々にだが出始めていることにヒーサは満足しつつ、今は目の前のことに集中しようと気持ちを切り替えた。



(さあ、始めようか。家督簒奪以来の大仕掛けだ。国盗りに焦がれる戦国武将の作法を、思う存分見せ付けてやろう。戦国の梟雄に異世界の魔術という便利な手段を与えたことを、女神も、この世界の住人も、皆まとめて驚かせてみせよう。ククク……)



 ヒーサは笑顔を作らないようにするのに必死であった。これから起こる出来事のことを考えると、笑いが込み上げて仕方がないのだ。


 誰も彼もが騙され、気が付いた時には後に引けないほどに追い込まれ、その先に地獄が待っていようとも歩みを止めることのできない絶望を、自分自身で演出してみせる。


 策士にとって、これ以上の大舞台は存在しない。知略の限りを尽くすのみ。


 ヒーサはまだざわめく周囲の空気に呑まれることなく、ただただ理想の未来に向かって前へと進むだけであった。

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