6-5 火種! 会議は踊り、罵声が舞う!(後編)

 会議の席は一触即発の空気を漂わせ、手元に武器でもあれば、斬り合っていたかもしれないほどに熱くなっていた。


 発端は出席者の一人、司祭のリーベがシガラ公爵ヒーサの暴言への憤激であったが、その暴言の内容が受け取る人間によって大きく判断が変わる内容であった。


 すなわち、教団の専権事項である“術士の管理運営”の関することであるからだ。


 リーベは当然教団側の人間であるため、専権事項に手を突っ込まれることに反発していたが、ヒーサはその専権事項こそ問題の根幹と考えており、その歪んだ特権意識を是正するために、あえてこの問題をこの場で提起したのだ。



「専権事項と言うが、それが今回の事件の要因の一つにもなっているのだ。所詮、どれほどの切れ味を持つ名剣と言えど、使い手が無能では本来の力を発揮できん。幹部連中の頭の中に勤労意欲という言葉が芽生え、最前線でご活躍するようになってから喋ってくれと山の老人に伝えておくのだな。なにしろ、それをやっているのは王女殿下くらいだからな」



「ハッハッハッ、無茶は言ってやるなよ、ヒーサ。あのご老人達は見栄えとか自尊心しか持ち合わせていないんだ。教団結成当初の理念を持ち出そうとしても、今はそれを受け入れられる器なんかないさ」



「器なら、新しいのを送っておいたのだがな」



「ああ、そうだったね。あの漆器とかいうのは、本当に奇麗だったよ。新しい器に挿げ替える、という皮肉に気付いてくれればいいんだけど」



 更なる暴言が今度はアスプリクから飛び出した。


 アスプリクは火の大神官であり、教団の最高幹部の一人でもある。その口から代替わりを促す発言が出るのは異例中の異例であり、再び場がざわめき始めた。



「大神官様、正気でございますか!? このような異端な発想に同調するなど!」



「口を慎めよ、リーベ司祭。僕はこの件では、本気でやるつもりだからね。今まで誰も同調してくれそうなのがいなくて我慢してきたけど、こうして理解ある協力者が現れたんだ」



 リーベの怒りをさらに煽るかのように、アスプリクはヒーサの肩に手を置いた。さらに、側に控えていたヒサコもその手の上に自身の手を重ね、シガラ公爵家と火の大神官ががっちりと結びついていることを全員に強調した。



「ああ、それと追加で申し述べておくと、シガラ公爵領の教区責任者のライタン上級司祭もこちら側だからね。彼なら引き取った術士の面倒も見てくれるだろう」



「あいつが!?」



「そう言えば、司祭は彼とは昔からの顔見知りだそうだね。今回の一件でも随分と呆れていたし、手伝う気満々で連名の上申書まで作ってくれたよ」



「んな!?」



 ここでさらに暴露がなされ、シガラの教区が丸ごと教団に反発する可能性を示唆した。


 公爵家の財力、ライタンの指導力、そして火の大神官の実力と王家とのお墨付き、独自路線の準備は整っているんだぞと、アスプリクはその点を強調した。


 なお、ライタンは教団の改革には乗り気であったが、教団そのものからの独立などは考えておらず、署名があるのをいい事に強引に巻き込んだと言えよう。


 少なくとも、周囲にはライタンも独立志向の持ち主、と誤認して逃げられないように持っていった。


 あまりに想定外な発言の連続に、リーベは口を動かすだけで明確な反論ができなかった。



「止められよ! 今は戦の前だ。政治的な話は後で致しましょう」



 押されている弟への助け舟として、ブルザーが割って入った。


 だが、それをヒーサは待ち構えており、ニヤリと笑った。



「ブルザー殿、大いに関係のあることですよ。なにしろ、宰相閣下の承認の下で、“先に着いた方に優先権を与える”と互いに約束したのですからな。今更、言質は引っ込みが付きませんぞ。あなたも賛同なさったのですから!」



「…………! 若造、最初からそれを!?」



「ええ、一方的な約では効力がありませんでしたが、宰相閣下もあなたも承認なさったのです。それに、あなたが裏で繋がっているビージェ公爵との件も計算に入れての話ですので、その辺りもお忘れなく」



 今度はブルザーの方が言葉に詰まった。ビージェ公爵家との“密約”は伏せていたはずなのに、しっかりと目の前の若き公爵家当主にはバレていたからだ。


 だが、実際のところ、バレてはいなかった。あくまでヒーサが諸々の動きから“そうではないか”という推察の域を出ていなかったのだ。


 要するに、“カマかけ”であり、ハッタリだった。。


 もし、ブルザーが笑いながら否定の言葉を述べていれば、いくらでもごまかしようもあったのだが、言葉に詰まった点をヒーサは肯定と受け取った。



「平和的な解決を望んでおりましたが、そちらがその気でしたら、こちらも容赦なく突っ走れると言うわけです。まあ、あくまで城に先着すればの話ですが」



「若造が……。戦の駆け引きで私に勝てるとでも!?」



「いいえ、ブルザー殿には勝てないでしょうが、今回の相手はあなたではなく、辺境伯ですからな。ああ、妨害をしようなどとは考えない方がいいですよ。なにしろ、宰相閣下が見ておられますから、ここで下手に妨害されますと、後々面倒ですよ」



 そして、ヒーサはジェイクの方に視線を向けた。


 裁定を下すようにとの催促であったが、ジェイクは公平を装いつつ、ヒーサに肩入れできる機会を得たため、喜んでそれに応じた。



「両名とも、議論に熱を入れるのは良いが、あくまで重要なのは目の前の騒動を早期に鎮めることだ。当初の予定通り、二方向からの戦線の押し上げと、先に城へ到着した者への攻撃優先権を付与する点は変わりない。“どのような手段”で城を落とすかは、優先者に一任する。よいな?」



「「ハッ!」」



 こうまで釘を刺されては、ブルザーも認めざるを得なくなり、ヒーサと声を同じくしてジェイクの発言を受け入れなくてはならなかった。


 武力を背景に優位性を確保して色々と押し切ろうとしたブルザーに対し、先んじてジェイクに揺さぶりをかけておいたヒーサの方に軍配が上がったと言えよう。


 ジェイクの弱味である妹アスプリクへの後ろめたさ、これを利用することを考えたヒーサの事前準備が功を奏した格好だ。


 十七の若者とは思えぬ準備の良さに誰もが驚いたが、それを前々から知っていたアスプリクとしてはさすがとしか思わず、笑顔をヒーサに向けていた。



「さて、では当初の予定通り、ヒサコよ、お前は明日からブルザー殿の元に身を置くこととなるが、失礼のないようにな」



「まあ、お兄様、私がいつ失礼な態度を取ったと言うのですか?」



「ブルザー殿の弟を半殺しにしたではないか。あれはさすがにやりすぎだ」



「ああ、そうでございますわね。随分の昔の些事でございましたので、もうすっかり忘れておりましたわ! フフフッ、では、ブルザー閣下、明日よりよろしくお願いいたします」



 これでもかと挑発した上で、礼儀正しく兄妹はブルザーに頭を下げた。相手から冷静さを奪いつつ、兄妹の息の合った連携を見せることで、仲の良さを強調しているのだ。


 連携は完璧。なにしろ、身体は違えど心は常に“いつ”。それがこの聖人君子と悪役令嬢の兄妹なのだから。

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