6-4 火種! 会議は踊り、罵声が舞う!(前編)

 進軍するルートが決まり、まずはよしとジェイクは頷いた。



「よきに計らえ。ときにブラハムよ、所要時間としてはどうなるだろうか?」



「ハッ! 中央の大道を使えば、一日で城に到着できるのですが、別の道を使うとなると距離も増えますし、さすがにそれは無理です。警戒しながらの慎重な行進となりますと、二日、三日は見ておかれるのが無難かと思われます」



「そうか。では、両公爵よ、後方との連絡は密にせよ。最低でも、日に三度の伝令は出すように。後のことは現場に任せる」



「「ハッ!」」



 ヒーサとブルザーは共に威勢よくジェイクの命に応えた。


 なお、ジェイクとしては城への競争にヒーサに勝って欲しく、自然とそちらに視線が向いていた。


 ジェイクはまだ穏便に済ませる事を諦めておらず、それを可能にできる唯一の人物がヒーサであると認識していた。


 辺境伯カインは義父であり、軽々しく謀反など起こすなどと考えていなかったが、息子イルドの最後を聞いた後では、教団への反発から軽挙に出るかもしれないと考えを改めていた。


 実際、自分も妹アスプリクの扱いについて教団には疑念が生じており、最高幹部達の前で堂々と啖呵を切った。やっていることは変わらないが、より具体的な行動に移したのが義父だ、そうジェイクは判断していた。


 自分に一言も相談を持ち掛けてくれなかったのは大いに悔やむべきことであるが、始まったからには宰相として私情を捨て去り、公平公正な立場を貫かねばならない。義父であっても、王国に弓引くならば罰せねばならないのだ。


 それでも穏便に解決するという未練があり、それをヒーサに託したと言ってもよい。


 賭けの件でも、ヒーサが先に城まで到達すれば、まだ説得の機会を得られると考えていた。そこにこそ唯一の活路があり、それを見出したヒーサには感謝していた。



(兄上の件と言い、妹の件と言い、シガラ公爵家には世話になりっぱなしだな)



 芸術以外に興味のなかったアイクに春をもたらしたヒサコ、闇を抱え込んでいたアスプリクに光をもたらしたヒーサ、何かと頭を悩ませてきた兄妹の問題を、一気に解決させたのがヒーサでありヒサコであった。


 ジェイクにとっては感謝しか述べようのない出来事であった。


 しかし、同時に牙を剥いているのもヒーサなのであった。アスプリクの友であるがゆえに、アスプリクの扱いを巡って憤っており、いざともなれば反旗を翻すと堂々と宣言してきたのだ。


 恩義のある人間に背かれるというのはジェイクとしては心苦しく、しかも非が自分にあるため、言い訳のしようもなかった。


 ヒーサと視線が合わさり、その心中の苦しさを悟られまいとするのに必死であった。


 公平性を取るか、人情を取るか、難しい舵取りをせまられていた。



「……ときに、両公爵は城に先着した場合、どう城を攻略する?」



 複雑な心境から、ふとジェイクの口からそんな言葉が漏れ出てしまった。うっかりではあったが、出した言葉を戻すことはできず、平静を装って答えを待った。



「アーソ辺境伯の居城は堅牢。下手に攻め込んでは被害が増すばかりです。よって、昼夜を問わず砲弾をお見舞いして、相手の疲弊を誘います。いずれ降伏するでしょう」



 ブルザーの回答は城攻めの方法としては至極真っ当なものであった。


 ジェイクもヒーサもそれには納得して、無言で頷くほどだ。


 堅牢な城ほど落ちにくいのは必定であるが、城を守る兵はその限りではない。兵糧、士気、様々な要因で城壁などと違い崩れてしまうものだ。


 そういう意味では、昼夜休まずの砲撃と言うのは有効な手段であり、轟く砲撃の音が恐怖を煽り、昼も夜も止まない攻撃に心は削られていくものだ。


 ヒーサも真っ当な城攻めであるならば、ブルザーと同じ手法を用いたであろうが、今回は違う。なにしろ、もうすでに仕込みは終わっているからだ。



「そのような大仰な攻撃は必要ありません。矢が一本あれば、城門を開かせてみせましょう」



 これがヒーサの回答であった。


 当然、その場の誰もが驚いた。強固な城が一本の矢で落ちるはずもなく、言っていることがあまりに現実離れしているのだ。


 だが、冷静に状況を分析した者が二人いた。ジェイクと、ブルザーだ。



「矢、つまり、矢文か」



「条件を付けて、開城を迫るわけか」



 二人の言葉に場が騒然となった。開城させると言うことは、城内に籠る相手を許すことを意味しており、折り合いが付けれるレベルの条件を提示することに他ならないからだ。


 だが、それこそジェイクの求めていたものであり、少しばかり前のめりになった。



「ヒーサよ、開城を迫るとして、どのような条件を出すのだ?」



「まず、辺境伯軍の“全将兵”の助命、ならび“土地以外の財産”の保障。それと領内で匿っていた隠遁者の引き渡しと、“シガラ公爵領”への移送。以上です」



 ヒーサの提示した条件は更なる動揺を場に与えた。


 ヒーサの出した条件とは、「領地と称号は没収するけど、他の件はとやかく言わない。匿っていた術士も保護するから悪いようにはしない」ということだ。


 それはすなわち、教団側の意向を完全無視するどころか、“術士の管理運営”という教団の唯一無二の特権に手を付ける行為でもあった。



「なんですか、その条件は! 神の御威光をなんと心得ておられる!?」



 当然、その場にいた司祭のリーベが怒鳴りながら進み出て、机に両手を勢いよく叩き付けた。ヒーサを睨み付け、あまりの剣幕に兄であるブルザーが落ち着くよう宥めるほどであった。



「術士の管理は教団の専権事項! それをたかが一公爵が勝手に犯そうなど、身勝手にも程がある! 分を弁えよ!」



「うるさいぞ、無能司祭。そもそも、この一件はお前の不手際から始まっているのだぞ。お前の方こそ、キャンキャン吠え立てるな。吠えるなら、相応の実力を身に付けてからにするんだな」



「き、貴様ぁ!」



 リーベはヒーサの言葉に更に激高し、ブルザーに加えてサーディクもこれを止めに入った。


 一方で、ヒーサはしてやったりという澄まし顔でリーベを見つめ、その横にいたアスプリクに至っては腹を抱えて笑ってしまうほどであった。


 また、兄の後ろに控えていたヒサコも、顔を真っ赤にして憤激するリーベを露骨に見下すような冷ややかな視線を浴びせ、これもまた反感と怒りを買った。


 ジェイクはヒーサの受け答えに喝采を送り、「よく言ってくれた」と称賛したかったが、総大将と言う立場上、偏った肩入れは避けねばならないので、黙って様子見を決め込んだ。


 長机を挟み、二つのシガラ・セティ両公爵家が睨み合う中、熱を帯びた会議の空気は更なる激発を呼び起こそうとしていた。

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