6-2 進軍せよ! 目標、謀反人の籠る城!


「宰相閣下、見えてきました! あの川の向こう側が辺境伯領になります」



 思考に耽っていたジェイクは、隣にいた男が話しかけてきて、それで現実の戻って来た。


 話しかけてきたのは、教団の駐留部隊副団長のブラハムであった。辺境伯領に駐留していただけあって周辺の地理に詳しく、今もこうして案内役を務めてくれていた。



「いよいよ来たか。放っておいた斥候から、何か変わった報告はあるか?」



「いえ、人っ子一人見えません。周辺の農村も平穏そのものといったもので、武装した兵はないとのことです」



「ふむ……。やはり、領内に引き込んで戦うつもりか」



 考えていた中で、一番厄介な方法を取って来たかとジェイクは考えた。要所要所にある砦などを強化して、籠っててくれればよかったのだが、姿をくらませたということは、本城に戦力を集中させたか、あるいは伏兵として待ち受けているか、どちらにせよ悩ましいことであった。



「閣下、おそらくはそうではないかと思われますが、まだ何組か戻っておりませんので、追加の報告をお待ちください!」



「了解した。引き続き警戒を続けよ」



 なにしろ、川の向こう岸は相手の領地であり、地の利はあちらにある。ジェイクとしても、慎重に慎重を重ねねばならないと判断した。



「よし、今日はここで野営する! 明日、アーソに入るぞ! 今のうちに休息し、英気を養っておけ!」



 ジェイクは部下に次々と指示を飛ばし、ある者は天幕の設置に入り、ある者は改めて斥候部隊を組織して偵察に出掛けたりと、忙しなく動き回った。


 後続の部隊も続々と境界の川縁に到着し、同じく野営の準備に入った。


 そして、ある程度準備が整ったところで、主だった者に召集をかけた。



(さて、あとは予定通りに事が運んでくれればよいが)



 平時の移動であれば、領域境界から城館までは一日もあれば着く距離だ。ジェイクは前に一度訪れたことがあるため多少の土地勘があるのだ。


 しかし、現在は敵として領内に侵入することとなり、いつ戦闘状態になってもおかしくはないのだ。城に向かうにしても途中の妨害もあるであろうし、奇襲伏撃などは警戒しておかなければならない。


 なにしろ、相手の領域で戦うということは、地の利が相手側にあることを意味しており、その点では圧倒的に不利であった。


 また、厄介事であると同時に絶対に解決せねばならない案件として、“隠遁者”の存在だ。教団に属さず、身の上を隠して暮らしている術士のことであり、それが辺境伯領に多数存在しているということだ。


 ただでさえ駐留していた教団の部隊が全滅しており、術士の数を大幅に減らしているのだ。


 もし、隠遁者が本格参戦してきて、襲い掛かって来るとなると被害は馬鹿に出来ない。


 いくらアスプリクが国一番の術士と言えど、数の差は如何ともし難いのだ。



(できれば、大人しく城に籠ってくれれば幸いなのだがな)



 もし、隠遁者が出て来なければ、『逃げた』とか『報告が間違いだった』と誤魔化しはいくらでも利くのだが、戦線に投入されて実際に術を使用されると、さすがにそれはできなくなる。


 直轄部隊のみであれば箝口令を敷いてしまえばいいのだが、他の貴族を交えた混成部隊と言う性質上、それはできない。


 しかも、異端者狩りに熱を上げている教団関係者もいる以上、隠し通すのも不可能だ。



(だが、希望はある。理解力のある協力者がな)



 招集に応じてやって来る人影の中に、その“希望”を見出した。


 シガラ公爵家の若き当主ヒーサその人である。弱冠十七歳の若者ながら、『シガラ公爵毒殺事件』で混乱した公爵家を持ち前の冷静さと鋭敏なる頭脳を以て切り抜け、危機的状況を見事に回避した。


 それだけでなく、結婚した妻であるカウラ伯爵ティースの領土をも掌握し、自家の領土と共に発展させているとも聞いていた。


 また、“漆器製造”という新事業を手掛け、これがまた大評判となり、貴族の間ではこれを求めて公爵領に注文が殺到しているという中々の商売上手でもあった。


 さらに言えば、ヒーサの妹ヒサコと自身の兄アイクが良い関係を築いていけそうなので、このまま婚儀を結ぶという話も考えていた。互いに兄と妹を出して、それを間に挟んだ親戚関係を構築し、協力関係を作っていきたいのだ。


 なにしろ、アスプリクの一件がある。アスプリクは誰にも心を開かなかったのだが、ヒーサには懐いており、その面倒を見てもらう意味でも関係を持つのは重要であった。


 特に、ヒーサからはアスプリクへの贖罪を求められており、ジェイクもまたそれには前向きであった。ただ、アスプリクが頑なにそれを拒んでいるため、誠意を見せつつ、ヒーサに間を取り持ってもらうという、いささか恥ずかしい側面もあった。


 兄として妹に対して真っ当に話しかけるのに、赤の他人の力を借りねばならないほどに冷え切った関係を修繕する。現段階で取り持てるのは、やって来る若き公爵だけなのだ。



(まあ、それは目の前の案件を片付けてからだ。穏便な形で内乱を鎮める。それが終わってから、アスプリクとはちゃんと話し合って、詫びを入れねばならない)



 自分のやった事、ではなくやらなかった事はそう簡単には許してもらえないだろうが、それでも少しずつ和解を糸口を掴んで距離を縮めていきたいと、ジェイクは切に願っていた。


 だが、この捻じれて絡んだ糸を解されたくない人物もまた存在した。


 今回の一件を仕組み、一つまた一つと罠を積み上げ、誰も彼も逃れ得ぬ阿鼻叫喚の世界へと落とし込むことを考える者。


 それこそ、希望の星を装った乱世の梟雄“松永久秀”であり、その転生した姿であるヒーサであった。


 そんな裏の顔に気付くことなく、ジェイクはヒーサを出迎え、天幕の中へと招き入れた。


 これから始まる最後の軍議において、今後の方針は決せられるが、それこそヒーサが待ちに待った謀の端緒になろうとは、裏の事情を知る者以外、誰にも気取られることはなかった。

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