第6章 黒衣の司祭

6-1 宰相の苦悩! 問題だらけの遠征軍!

 のどかな田園風景には似つかわしくない集団が、畑の側を走る街道を進んでいた。ガチャガチャと金属の擦れる音に、馬蹄が嘶きと共に大地に刻まれ、前へ前へと行進していく。


 旗指物として王国の紋章の他、貴族の家紋を示す意匠も見受けられており、行進する集団がカンバー王国の各所より集まった貴族連合だということが見る者に示していた。


 また、王家の家紋もそれに含まれていることから、王族もまたその列に加わり、進軍していることが教養のある者には分かった。


 この軍隊は、この街道の先にあるアーソ辺境伯領に向かっており、謀反を企てた辺境伯領主カインの討伐を目的としていた。


 総勢で一万を超える大部隊であり、その総大将は王国の第二王子で宰相たるジェイクであった。まだ三十にも達していない若者ながら、宰相としてなにかと揉め事の絶えない国内を見事にまとめ上げ、その辣腕ぶりには貴族、庶民を問わず評価が高く、人望も厚い。


 ジェイクの兄である第一王子のアイクは病弱であり、政治的野心も王家の家督にも全く興味がなく、芸術に囲まれる生活さえできればそれでよしとの性分のため、次期国王にも内定しており、次代の王国はますます発展していくだろうと誰しもが考えていた。


 しかし、盤石かと思われていたその立場が、にわかに危うくなったのが今回の反乱騒ぎであった。


 アーソ辺境伯領は敵対関係にあるジルゴ帝国との国境を接する緊要地であり、そこの守備には現地領主である辺境伯家が就いていた。


 そこで反乱騒ぎとなると、帝国側の侵攻を誘発しかねない事態にもなり、なんとしても早期に解決しなければならないと、謀反の知らせを聞くなり兵を招集し、現在に至っていた。


 だが、最大の懸案事項は内にあった。ありがちなことではあるが、国内各勢力の対立だ。


 まず、厄介事の筆頭にあたるのは、『五星教ファイブスターズ』からの干渉であった。


 教団は国内における術士の育成、管理、運用を任されており、教団の関知していない術士はすべて異端扱いとされ、異端宗派『六星派シクスス』と呼ばれている。火、水、風、土、光の五柱の神の他に、六つ目の闇の神を奉じる者達、と言うのがその名の由来だ。


 アーソ辺境伯領において、隠遁者の術者がいるとの告発を受け、『六星派シクスス』との繋がりを危惧した教団上層部が直ちに討伐に動き出したのだ。


 なにしろ、現地の教団駐留部隊はすでに全滅しており、報告にやって来た一人を除いて、残らず死んでしまっていた。なお、この死因も事故か謀殺かで意見の一致を見ず、こうした意見の相違もまた内部対立の要因にもなっていた。


 教団はアーソ辺境伯領の完全なる浄化を望んでいるが、ジェイクはそれを頑なに拒み、どうにかして話し合いで解決できないかと模索していた。


 と言うのも、ジェイクの妻クレミアは辺境伯カインの娘であり、要するに義理の父親を謀反人として成敗しに行くと言う歯痒い状況なのだ。


 夫婦仲は円満であり、娘も生まれたばかりだと言う時期に、義実家を討滅するなどとてもではないができなかった。


 しかし、宰相としての立場上は公平性を保たねばならず、謀反であるならば討伐もやむなしと自分に言い聞かせて、軍を進めていた。


 また、貴族間の対立も、不和の空気に拍車をかけていた。


 現在、参陣している貴族の中に、シガラ公爵とセティ公爵がいた。この両者は三大諸侯と謡われるほどに大きな力を持ち、得意分野では王家を凌ぐと言われるほどの勢力を持っていた。


 互いに牽制し合ってくれる程度のうちは良かったのだが、ここ最近両者の間で揉め事が発生していた。


 シガラ公爵家当主ヒーサの妹であるヒサコが、ケイカ村の司祭リーベを殴打し、半殺しにするという事件が勃発した。これに対して聖職者への暴行など許されないことだと激怒し、教団側はヒサコへの厳罰を下そうとした。


 また、リーベはセティ公爵家当主ブルザーの末弟であり、これもまたヒサコへの処罰を求めてきた。


 だが、ここでさらに問題が複雑化したのは、ジェイクの兄アイクと妹アスプリクの存在だ。この二名は露骨なほどにヒサコの肩を持ち、教団に対する疑義まで発し始めたのだ。


 アイクはヒサコにぞっこんと言っていい程に惚れ込んでおり、ヒサコへの処罰には断固として反対の立場を示した。暴行事件のそもそもの原因としてリーベの地鎮祭失敗からの『黒犬襲撃事件』が発端であり、反省の態度(形だけ!)を示しているヒサコに、これ以上の罰は必要ないとの立場だ。


 アスプリクは教団最高幹部二十一名の内の“火の大神官”であるのだが、ヒーサ・ヒサコとは昵懇の仲であり、生まれて始め出来た友達とまで公言していた。


 当然、儀式失敗の司祭を責め、ヒサコを厳罰に処するなど以ての外という立場だ。


 この二人の意向を酌んでやりたいジェイクではあったが、それは同時に教団との亀裂を生み出しかねず、慎重に扱わないといけない案件であった。


 もっとも、アスプリクへの“負債”があるため、いざともなれば全力で教団を抑え込みにかかるつもりでいたが、そうもいかないのが政治の難しいところだ。


 リーベの身内ということで、セティ公爵家は教団側に肩入れするであろうし、教団内で勢力を張るもう一つの三大諸侯のビージェ公爵家もまた教団側に付くことは疑いようもなかった。


 つまり、下手を討つと王家とシガラ公爵家と教団内の改革派、セティ公爵家とビージェ公爵家と教団主流派、この二つの陣営に分かれた内戦すら覚悟せねばならないのだ。


 しかも、第三王子のサーディクはセティ公爵一門の令嬢と結婚しているため、それを旗頭に据えることも考えられた。


 幸い、サーディクは現状旗色を鮮明にしてはいないが、その点はジェイクも留意せねばならず、弟には中立を保って欲しいと願っていた。


 だが、まずはなにより目の前の反乱を穏便に鎮めることを考えねばならない。それが自分の使命だとジェイクは自分に言って聞かせた。

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