5-51 乱痴気騒ぎ!? そして、女神は再び叫ぶ!

 温泉にでも浸かりたい。


 テアは大きくため息を吐き、湯気の立ち上がるのどかな村の風景で心を洗い流そうと視線を向けた。


 その際、屋敷に近付いてくる小さな人影を見つけた。小さいながらも、赤い法衣を着ていたので、誰であるかはテアはすぐに分かった。



「はいはい、公爵様ぁ~、愛妾の御到着だよ~♪」



 そう言うなり、テアは窓を開け、ヒーサはやって来る愛らしい王女殿下に向かって手を振った。火の大神官にして、ヒーサの“お友達”アスプリクだ。



「やっほぉ~、ヒーサ! 遊びに来たよ~!」



「関心しませんな~。若い女子が一人で、男のいる屋敷に踏み込むなど」



「生娘じゃないから問題なし! てか、屋敷の中は女の比率の方が高いんじゃない?」



「ああ、それもそうか」



 指摘されてみれば、屋敷の中にいる男はヒーサのみで、あとは女神テア分身体ヒサコだけであった。少し席を外している湯女ヨナも含めれば、男女比率は一対四となる。


 そうこうしているうちに、アスプリクが屋敷内に入り、三人のいる部屋にやって来た。


 そして、アスプリクはすぐに気付いた。



「あれ? 中身、入れ替わったんだ」



 アスプリクは本体ヒーサ分身体ヒサコを交互に見ながら言い放った。


 国内有数の術の使い手であるアスプリクは、その優れた感覚から真贋を見破ることができるのだ。もちろん、あくまで『二人が並んでいたら、どちらかが偽物』という裏の事情を知っていればこその芸当であった。



「まあ、人質の件もあるし、しばらくは男性体で動くことになる」



「それもそうだね~」



 そう言うと、アスプリクはヒーサの胸に飛び込み、ギュッと抱き付いてきた。そして、浮かべる表情から笑顔は消えてなくなり、憂いを帯びた儚げな少女がそこにいた。



「まあ、お芝居お疲れさんといったところか。いや、途中から、割と本気だったな」



「うん、そうだね。最初は演技も入ってたけど、途中から本音をぶちまけちゃった」



 先程の会議の席では、途中からアスプリクは露骨なほどに感情を表に出して喋っていた。叫んでいたと言ってもいい。


 溜めに溜めていた心中の泥を吐き出した、そう言っても差し障りがない程だ。



「まあ、何事も溜め込むのはよくないし、あれはあれでよかったと思うぞ」



「うん、そう言ってくれて、僕は救われるよ。誰も僕のことを同情はしてくれても、一緒に歩んでいこうなんて思ってくれる人はいなかったしね。ヒーサだけが例外だ」



「うむ、なにしろ、私は嘘が下手だからな」



「その時点で、すでに大嘘……」



 テアの呆れ顔によるツッコミは無視し、ヒーサはパチンと指を鳴らした。


 すると、ヒーサの足元の影が伸び、それの一部が仔犬の形になったかと思うと、黒毛の仔犬が実体化していった。


 ヒーサ・ヒサコの下僕ペットである黒犬つくもんだ。



「前に会った時は、こいつの紹介をする機会がなかったな。擬態していようとお前なら分かるだろうが、悪霊黒犬ブラックドッグの“つくもん”だ。中々に愛らしいであろう?」



「へぇ~、こんなのを飼っているなんて、やっぱりヒーサは面白いな。というか、ケイカ村や辺境伯領の件もこいつの仕業なのかい?」



「ケイカ村の件は本当に偶然だ。ただ、その際に退治して、そのまま下僕としたのだ。アーソではこいつに随分と働いてもらったがな」



「アンッ!」



 黒犬つくもんは威勢よく声を上げると、アスプリクの周りを元気に駆け回った。そして、それをアスプリクが掴み、高らかに持ち上げた。尻尾を右へ左へ揺らし、楽しそうにまた吠えた。


 見ている分には白無垢の少女が黒毛の仔犬を可愛がる微笑ましい光景なのであるが、どちらも普通の人に言わせれば“化け物”なのであった。



「さて、そいつも活躍してもらうが、アスプリクにも頑張ってもらわなくてはならん。今後の事について話すから、耳を貸せ」

 


 ヒーサにそう言われて、テアは耳をヒーサに近付け、アスプリクもまた黒犬つくもんを抱えたまま耳を傾けた。


 そして、これから攻め込むアーソの地にて、どんなことをするのかをおおよそ話した。そして、片方は呆れ返り、もう片方は大笑いした。



「あの会議の席で、んなことをずっと考えていたの!? 悪辣って言葉は、あなたのために存在するようなもんよ!」



「これは酷い! ヒーサ、ちょいと月並みな台詞だけどさ、君、いい死に方しないよ!」



「おお、それはすでに経験済みだ。なにしろ、住んでる城ごと燃やされた上に、最後は爆薬で吹っ飛ばされたからな!」



 頭を抱えるテア、腹を抱えて大笑いするアスプリク、したり顔で自分の散り際を語るヒーサ、三者三様の反応であった。



「と言うかさ、爆薬に火をかけたの、あなた自身じゃない!」



「おお、そうであったな。まあ、あれだ。私も後世ではそれなりに有名になっているだろうし、散り際もまた伝わっておるかもしれん。どうせ死ぬなら、畳の上で楽に死ぬより、ド派手に吹っ飛んだ方が見栄えもよいではないか!」



「さすが、死の間際まで健康に気を遣って、お灸焚いてただけあるわ」



「あ、そこも見ておったのか!」



「死ぬに際して中風にて動かなくなりては、自害もできぬし格好がつかぬ、だもんね。どんだけ散り際に拘っているんだか」



「当然だろう。後世にどんな評が残ろうとも、散り際を間違えねば割と良い評が付くものだ。それこそ、敵にビビって逃げ出して、馬にしがみ付きながら糞尿垂れ流した、家康たぬきみたいな恥さらしにはなりたくない。あそこで死んだら、後世にどんな評が残るやら……」



「あのさ、その人が天下人になったって言ったら?」



「え、そうなの!? てことは、信長うつけは天下取れなかったのか!?」



「一歩手前で、部下の明智光秀って人に殺された」



「うひょ~! ザマァ見ろ! でかしたぞ、キンカ頭! 光秀の字を引っ付けて“禿”。光り輝く者はついに魔王を打倒した! ウェァッハッハァ!」



「あんた、それ、誉め言葉じゃないでしょ……」



 上機嫌に大笑いするヒーサを窘めるテアであったが、笑いは止まることもなかった。



「ああ、ちなみに、信長うつけが死んだ後はどうなった?」



「えっと、羽柴秀吉って人が実権握って、そのまま天下統一。で、その死後、徳川家康が実権握って、今度は徳川の世が続くって感じ」



「ハゲ、サル、タヌキの順番か! かぁ~、もう少し長生きしてたら面白かったのにな!」



「情勢を引っ掻き回すことに関しては天才だもんね、あなた」



 自身の死後の戦国日本の情勢を聞き、ヒーサは実に悔しそうにしつつも、笑っていた。悔しいのは自分がその場にいなかったことで、笑っているのは信長が天下を取れなかったことについてだ。



「ヒーサ、君の元いた世界でも暴れ回っていたんだね」



「おお、その通りだとも。前いた世界ではな、この世界同様、悪逆非道なる魔王を打ち倒すべく、知恵を絞って幾度となく戦いを挑んだものよ! 味方が無能すぎて、追い詰めた魔王を取り逃がしたがな!」



「物は言い様ね」



 魔王に戦いを挑む、という字面だけは前回も今回も正しいのだが、やっていることは裏切りや騙し討ちのオンパレードであり、とても勇者ムーブとは言い難い鬼畜外道な所業の数々であった。


 全部を見てきたテアとしては、呆れてため息しか出てこなかった。



「よし、気分もよくなったことだし、風呂に浸かって、更にさっぱりするかな」



「あ、僕も一緒に入る!」



 威勢よく挙手するアスプリクであったが、当然テアがそれを止めた。



「止めてください、妙な噂が立ちますから」



「え~、混浴なんだし、別にいいじゃん」



「身内が揃っているのに、後々妙な話になりかねません。それと、公爵様はお子様には興味がありませんので」



「ああ、そうだね。だったら、“コレ”を寄こすんだ!」



 そう言うなり、アスプリクはテアに飛びつき、その豊満な胸部を脇掴みにした。服の上からでも分かるほどに膨らんでおり、完全に真っ平らなアスプリクにしたら、大人の女性の象徴そのものであり、実に羨ましかった。



「ちょ、なにするんですか!」



「いいから寄こせってんだ! ヒーサの視線を釘付けにするには、その“たわわ”が必要なんだ!」



「あげられるわけないでしょ! 大きくなるのを待ちなさい!」



「待てない! 今すぐ欲しいんだ!」



 くんずほぐれつの女神と巫女のやり取りに、さらなる一撃を加えるのがヒーサと言う男であった。


 パチンと指を鳴らし、先程からずっと停止状態であったヒサコに指示を出した。



「やれ、ヒサコ。アスプリクを手伝ってやれ」



「ちょちょ、待って! こっち来んな!」



 悲鳴を上げるテアであったが、ヒサコはお構いなしにこれを羽交い絞めにした。



「よし、このまま風呂場に突っ込むぞ!」



「はぁ~い♪」



「ふざけるなぁ!」



 ジタバタ暴れるテアであったが、ヒサコに羽交い絞めにされ、さらにヒーサに足を掴まれて動きを封じられ、ついでにアスプリクが胴体にしがみ付き、完全に捕まってしまった。



「さあ、お楽しみの時間だぞ。ちょいと早いが、体で色々支払ってもらおうか」



「前より悪化してる、この状態!?」



「じゃあ、行きましょうか!」



「行きたくなぁ~い! 放せ、放せぇ!」



 こうして悪辣な作戦を披露した空気は、たちまちのうちに乱痴気騒ぎの現場へと変じ、戻って来たヨナに止められるまで続いた。


 そして、その楽しげなる時間ももう間もなく終わりを告げるのだと感じつつ、女神の悲鳴が湯気の立つ温泉村に響くのであった。



      【第5章『動乱の辺境伯領』・完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る