悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
5-49 賭け事! 一斉によぉ~いドンで城を目指せ!
5-49 賭け事! 一斉によぉ~いドンで城を目指せ!
重苦しい空気が天幕の中を満たし、疑心と憤怒が積み重なって居並ぶ顔触れを押し潰そうとしていた。
どうにか場の空気を鎮めようと考える者も多いのだが、それを許さぬ者もまた存在し、自身の考えにそぐわぬ意見には耳を塞いでいるのが現状なのだ。
「ですから、異端の者共など、さっさと蹴散らせばよいのです! 片端から潰して回り、隠遁者の術士は二度と悪の道に進まぬよう“再教育”を施し、今回の損失の穴埋めを行って……」
「そういうことをするから、反発する輩が後を断たないのですよ。家畜と違って、鞭で引っぱたけば言うことを聞かせられるのとは訳が違います! 人の尊厳をなんとお心得か!?」
「ハンッ! 異端者に尊厳云々を論じるなど、それこそ論外よぉ! 庶子が出しゃばるな!」
「あ~ら、無能に出しゃばれるよりかはマシですわ」
特にひどいのは、このヒサコとリーベの罵り合いであった。完全に売り言葉に買い言葉、相手の言をあげつらっては罵声と共に反論を述べ、一向に会議が進まなかった。
ここはちゃんとまとめ役である宰相のジェイクが取りまとめねばならないのだが、彼自身も苦しい立場にあった。
なにしろ、討伐目標であるアーソ辺境伯領は自身の妻の実家であり、口を挟みにくいのであった。討伐を決すれば非人情と思われ、肩入れすれば公平性に欠けると非難される。
特に、アスプリクからの非難が酷過ぎた。妹を助けなかった薄情者が、嫁の実家は助けるのかと言われ、何の反論もできなくなってしまった。
そうかと言って、放置するのも論外であった。アーソの地はジルゴ帝国と接する緊要地であり、このまま混乱が続けば帝国からの侵攻を呼び込むことになりかねないからだ。そこを突破口に王国領域内になだれ込まれては、その後の対処が極めて難しくなる。
しかも、妹の一件はシガラ公爵ヒーサからも非難を受けており、このまま放置するのであれば独立も辞さないと迫られていた。アスプリクのことをヒーサに託したと思ったら、予想外の反応を示してきたと言うわけだ。
しかし、アスプリクを放置し、兄としては非難に値することでもあったため、下手な反応は王国の崩壊を招きかねず、言動には慎重に慎重を重ねねばならなかった。
そんな気苦労を察してか、助け舟を出してきたのは意外にもヒーサであった。
「議論は平行線。このままでは埒が明きませんので、一つ提案があるのですが、よろしいですかな?」
確かに、いい加減罵り合いにも疲れてきたので、誰しもがヒーサの提案を飲みそうな雰囲気となり、その提案とやらに耳を傾けた。
「まず、このまま予定通り、辺境伯領の付近まで全軍を進めます。しかる後、部隊を三つに分けます。宰相閣下の本営軍、その左右を我がシガラ公爵軍を中心に据えた部隊、もう一つはセティ公爵軍を中心に据えた部隊と言う具合にね。で、その左右の部隊を前進させます」
「まあ、進軍としては順当ではあるが?」
「重要なのは、あえて“分散”させることです。そう、王族の身柄をね」
ヒーサの危惧は王族全員が虜になる事であった。王族を各部隊に分散させれば、一網打尽と言う危機を回避できるのだ。
しかも、三つに分割したとしても、どの部隊もアーソ辺境伯軍を数で上回っており、地の利があろうが慎重に進めば対処はできると考えた。
また、三つに分散することで敵の判断を迷わせ、片方を抑えれば、別の部隊の進軍を許しかねず、対処を困難にするという狙いもあった。
だが、問題は別にあった。
「反対ですな。都合のいい事を並べ立て、別れて行動したいだけではありませんかな? そう例えば、シガラ公爵はお連れのクソ娘も含めて、随分と辺境伯にお優しいですからな。裏で繋がっていて、そのまま別部隊を挟撃、と言う具合に」
そう指摘したのはリーベであった。当人は嫌味のつもりで言ったのだが、実は大正解を引き当てていたのである。
なにしろ、ヒサコがカインやヤノシュと話し合い、アスプリクも含めてガッチリ繋がっているのは事実であったからだ。
ただし、着地点に相違があり、いずれ袂を分かつことにはなりそうではあったが。
「なるほど。そこまでお疑いか。では、互いに人質を出すと言うのはどうでしょうか?」
ヒーサはリーベを無視し、ブルザーの方に話を振った。セティ公爵軍の指揮官はブルザーであり、そちらに提案するのは当然であった。
「人質か。こちらがリーベをそちらに出し、そちらはヒサコ嬢を出す。そういう認識でよいかな?」
「察しが早くて助かります。こうすれば、互いに牽制して、手を出せなくなりましょう」
互いに弟ないし妹を差し出した上で、軍を進めるのである。監視や牽制を考えると、現状では最善とも言えた。
ブルザーの表情を見るに反対の意思はなさそうであるため、ヒーサは次にジェイクに視線を向けた。
「宰相閣下、先程も申し上げましたが、私が一番恐れるのは、王族が一網打尽にされることです。地の利が向こうにある以上、状況次第ではその危険性があります。よって、四人の王族には別々に行動していただきたいのです」
「なるほど。具体案としてはどうなる?」
「まず、宰相閣下本人は直轄の部隊と共に、辺境伯領域外にて待機。全体を統括していただきます。もちろん、こちらも後方に伝令を頻繁に放ち、連絡は密に致します。また、ブルザー殿の部隊には、サーディク殿下を入れていただきます。お二人は親密ですし、なにかとやり易いでしょう。で、もう片方のこちら側の部隊にはアスプリク殿下に加わっていただき、アイク殿下はこのままケイカ村でお留守番ということでどうでしょうか?」
これで四人の王族が別々に行動でき、一網打尽の危険はなくなると言ってもよかった。
「だが、良いのか? それでは部隊編成の数に差が出る。こちらはサーディク殿下の部隊も加えるとなると、五千に達するぞ。そちらの兵力は二千、近隣から掻き集めた兵を加えても三千をわずかに超える程度でしかない。もし、私が敵の指揮官なら、数に劣る側を攻撃して確実に削りに来る」
「その反面、優れた攻城兵器をお持ちなのは、ブルザー殿の部隊でありましょう。そちらを優先的に潰すことも考えられます。また、数の不利も、火の大神官という切り札をこちらがいただきますので、十分に埋まると考えております」
優れた術士は部隊の強さを引き上げる。大火力で敵を吹き飛ばしたり、あるいは補助の術式で部隊を強化したり、傷ついた兵士を即座に戦線復帰させたり、その用途は広い。
そして、アスプリクは国内屈指の術士であり、一人で千人分の働きはしてくれるだろうと言う目算があった。
「どちらもあり得るし、賭けではあるな」
「ええ、その通りです。よって、ここは一つ、互いに賭けを致しませぬか?」
「ほう、賭けとな?」
真面目に見えていきなり賭け事を持ち出すあたり、やはり相当な曲者だなとブルザーはヒーサを警戒したが、賭けの内容自体には興味があったので、身を乗り出して尋ねた。
「はい。互いに敵の城に向かって軍を進めるわけですが、先に城に着いた方に城攻めの優先権、ならびに辺境伯一家の処遇についての身柄預かり、というのはどうでしょうか?」
「ほう、そう来たか」
ブルザーはすぐにヒーサの意図を察した。
公平を装いつつ、辺境伯家に助け舟を出そうとすれば、競争して権利を勝ち取るという体裁をとるのが手っ取り早かった。
宰相たるジェイク自身が甘い処分を下せば、身内贔屓との誹りは免れないが、それをシガラ公爵が行えばその限りではないのだ。
また、身柄預かりの際に相手の財産に手を突っ込んで、掠め取ることもできるため、役得な面も見え隠れしていた。
ジェイクに恩を売りつつ、財を確保する。一石二鳥の提案と言えた。
あくまで、“競争に勝てば”の話であるが。
「いいだろう。その提案に乗ろう。宰相閣下、御採決を」
ブルザーとしても悪い話ではなかった。なにしろ、ヒーサの思惑をそっくりそのまま自分が実行できるため、得られる報酬としては十分であったからだ。
二人の公爵は握手を交わしてそれを承認の合意とし、それから同時にジェイクに視線を向けた。
そして、ジェイクには選択の余地はなかった。
「よかろう。両公爵の意思を尊重し、その策を用いるとしよう。リーベ司祭、ヒサコ両名もそれでよろしいかな?」
ジェイクの問いかけに、ヒサコもリーベも無言で頭を下げて了承とした。
ジェイクとしては、ヒーサの提案はまさに渡りに船であった。少なくとも、問答無用での殲滅を回避できただけでもマシな選択であるし、場合によっては説得の機会を得られると言うものであった。
できればヒーサの方に勝って欲しいが、下手な介入はバレた後が怖いので、今回は完全に中立を守らねばならなかった。自分は実質介入の機会を逸することになることに歯痒くもあるが、ヒーサとアスプリクの才覚には信頼のおけるものがあるので、勝ってくれるものだと信じたかった。
「というわけでだ、ヒサコよ。出立後はしばらく、ブルザー殿の所に身を置くことになるが、別に構わんな?」
「宰相閣下の了承を得てからの事後承諾でございますか。お兄様も人が悪い。もちろん反対する理由はありませんし、存分にご活躍くださいませ。どうせお兄様が勝ちますので」
「善処しよう」
兄妹の何気ないやり取りであるが、テアやアスプリクの視点でならば、完全な一人芝居である。よくまあ、一切のボロも出さずに演じきれるなと感心していた。
「では、軍議はこれでお開きとする。各部隊は出立の準備を整え、明日の朝に出立とする!」
「「ハッ!」」
ジェイクの閉めの言葉に全員が声を張り上げ、会議はこれで終了となった。
上手く誘導して条件は揃い、舞台は整った。ヒーサ・ヒサコの兄妹はニヤリと笑い、宛がわれた宿舎へと向かった。
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