5-47 ばらされた秘密! 術士の隠匿は重罪です!

 数に任せた正面からの攻撃は、避けるべき案件であり、ヒーサ・ヒサコはこれを全力で阻止せねばならなかった。


 どう切り込んでやろうかと思案していると、先にジェイクが口を出してきた。



「だが、ヒサコ、それでは疑問が残る。カインはなぜ、そのことをこちらに訴え出なかったのだ? 黒犬騒動も、その後の暗殺の件も、こちらに知らせてくれれば、増援を派遣したと言うのに……。まるで自力で解決しなくてはならない、そう考えているようにしか聞こえないぞ?」



「はい、宰相閣下の仰る通りです。まさに、“自力”で解決しなくてはならない事情が、辺境伯側に存在したのです。それが今回、話をややこしくしている原因です」



「ふむ……。その原因とは?」



「術士の隠匿、です」 



 ヒサコの口にしたことは、教団にとっては禁忌に該当することであった。


 カンバー王国の成立時に、建国王の弟が中心となって『五星教ファイブスターズ』もまた誕生した。


 世界を作りたもう五つ星の神を崇めることを教義とし、その奇跡の残り香である人の中に眠る術の才能をより良き方向に活用するための組織であった。


 そのため、術士の育成、管理、運用は教団の専権事項であり、他者がこれに介在してはならないことになっていた。


 つまり、教団の把握していない術士とは異端であり、闇の神に拝礼する邪悪な存在と見なされるのだ。


 六つ目の星、すなわち闇の神を崇めし者『六星派シクスス』と呼ばれる所以である。



「貴族でありながら、異端を匿うなど言語道断! 即刻、アーソの地を浄化するべきです!」



 当然、司祭であるリーベが眉を吊り上げて怒り、拳を机に叩き付けた。教団側の人間の感覚では、術士の管理は自分達の職権内のことであり、職分を犯されたに等しいことであった。


 だが、その“当たり前”がいつしか特権に代わっていることに気付いている者は、教団内部ではほとんどいないという実情が、世間との歪みでもあった。


 そして、そんな教団側の姿勢をヒサコは鼻で笑った。



「まあまあ、頭の固い事で。教団側の方ならそう言うと思いましたが、あたしは意見を異にします。つまり、カイン様の言い分や境遇をあえて支持いたします! はっきりそう言わせていただきます!」



 とんでもない爆弾発言であった。なにしろ、現役の大神官、司祭、所属武官の前で、ヒサコは堂々と『異端を支持する』と宣言したのだ。


 当然、周囲は困惑するか、怒るかの二者に分けられた。



「なんたる暴言か! 神の祝福を受けぬ庶子め、そのような邪な考えを巡らせるとは、いよいよ尻尾を出したと言ったところか!」



「神の名を騙る地上の代行者“ごとき”が、偉そうな口を叩かないで欲しいわね! 文句があるなら、今この場に神様とやらを連れてきなさいよ! 天罰の一つでも下してみなさいよ!」



 ヒサコとリーベは睨み合い、互いの横に座していた兄に止められなければ、そのまま取っ組み合いになっていたかもしれないほどに、互いが互いを罵り、相手の態度に憤った。


 なお、神様は天幕の端で様子を窺っていたりするのだが、天罰を下すことなどはなかった。



「お兄様、止めないでください! 公爵家を代表して、この分からず屋の教団連中に鉄槌を下してやるのです!」



「おいおい、公爵家の代表は私だからな。勝手に代弁しないでくれ」



「いいえ、お兄様、あたしがカイン様を支持すると言った理由を知れば、必ずやご納得いただけるでしょう。教団側がどんな仕打ちをしたのかを!」



 ヒサコを落ち着かせようとするヒーサの手を振り払い、ヒサコはジェイクの方を向いた。



「宰相閣下、二年前のジルゴ帝国からの侵攻を覚えていらっしゃいますか?」



「ああ、もちろん覚えているよ。小鬼ゴブリン族が大挙して押し寄せてきたやつだな。たしか、アスプ……、失礼、火の大神官殿が初陣間もない時期だったと記憶していたが」



「はい、その通りです。で、その防衛戦にカイン様の御一家も加わっておりましたが、その際にイルド様がお亡くなりになっています」



「そうだな。惜しい人物を亡くした」



 なお、ジェイクの妻クレミアはカインの娘であり、亡くなったイルドとは義理の兄弟関係にあった。


 葬儀に出るためにわざわざ王都からアーソまで出向いており、その際の無念の表情を浮かべたカインにも会っているので、息子に先立たれた悔しさを察するに余りあるほどであった。



「……どうやら、宰相閣下の反応を見ますに、その裏で起こったことはご存じないようですね」



「裏だと?」



「はい、裏でございます。戦に巻き込まれた教団幹部を逃がすために奮戦なさったイルド様、そのご遺体を火の大司祭が罵声を浴びせながら足蹴にされたことを!」



「そんな馬鹿な真似を!?」



 初めて聞いた教団側の暴挙に、ジェイクは絶句した。もはや怒りを通り越して、絶望すら感じた。


 教団の、それも上層部はそこまで他者の痛みに不感症であったのか、と。



「なるほどな。そういう事情があったのか。ヒサコの支持すると言った理由は理解できたよ。武門名高きアーソ辺境伯家が、勇敢に戦った一門の戦士を貶されたのだ。その恥辱には耐えれんだろう」



「ね? お兄様もそう思うでしょ?」



「だが、理解はできても、納得はしかねるな。反乱などという具体的な行動を起こす前に、誰かに相談するべきだろうに。辺境伯は宰相閣下との縁を重視していなかったとでも言うのか?」



 そこが最大の疑問点であった。カインはジェイクにとって義理の父親であり、大きな権限を持つ義理の息子に相談を持ち掛けるのが、ある意味で妥当な判断と言えた。


 だが、カインはそれをやらなかった。今の今までジェイクがそのことを知らなかったことが、その証拠なのだ。



「ヒーサ、そんなの決まているじゃないか。宰相閣下が役立たずの能無しだってのを、辺境伯は見抜いていたからだよ! ちなみにね、その現場には僕もいたんだ。大司祭には僕もぶん殴られたよ。『役立たずめ!』なんて罵倒されながらね!」



「…………! なぜ、それを報告しなかった!?」



「何もしてくれないあんたに、何を期待しろって言うんだ! 知ったところで、僕の時みたいに何もしないんだろ!? それとも、僕は見捨てておいて、嫁の実家は救いたいなんてことでも言い出す気なのかな? 反吐が出る!」



 露骨すぎるほどに怒りをあらわにするアスプリクに、ジェイクは何も言い返せなかった。


 アスプリクを見捨てたのは事実であり、それについては言い訳のしようもなかったからだ。妹の悲痛な叫びに耳を塞ぎ、国家の安定を最優先した結果だ。


 為政者としては正しいのかもしれないが、人間としては、兄としては、間違いなく最低な部類に入る。それを理解しているからこそ、アスプリクには何も言い返せないのだ。


 なお、アイクとサーディクは兄妹がなぜこうも仲が悪いのか理解しておらず、ただ両者の顔を交互に見ながら困惑するだけであった。


 そして、荒ぶるアスプリクは隣にいたヒサコが頭を撫でて落ち着かせて、それを確認した後にもう一度リーベを睨み付けた。



「あたしは見てきましたし、隠遁者の術士にも会ってきました。そして、率直に感じたのは、闇の神を奉じる者ではなく、教団側より受けた恥辱を晴らさんとする反発心こそ、反旗を翻した要因であると受け取りました。ゆえに、アーソ辺境伯の立場を擁護すると申し上げたのです」



「何をバカなことを! 事情はどうあれ、異端に手を染めたのは事実! そんな歪みなど、到底放置はできんわ!」



「そこで自分自身が歪んでいると、なぜ気付けないのかしらね!」



「き、貴様ぁ!」



 激高するリーベはいよいよ机を乗り越えてヒサコに飛び掛かろうとしたが、そこは隣のブルザーがリーベの法衣を無理やり引っ張り、席に座らせた。


 ブルザーも武の公爵を自認するほどに武人としての誇りを持っている。カインの受けた仕打ちの酷さを理解するのは、あるいは同じく武人である彼なのかもしれない。


 しかし、今この場で論じるべきは、矜持ではなく法であるとも同時に理解していた。



「ヒサコ嬢の言い分も分かる。だが、術士の取り扱いについては、王国政府と教団執行部によって取り決めがなされており、それを一貴族が好き勝手にしていいという道理はない」



「その通り! 兄上の言う通りだ! 出しゃばり娘が、余計な口を叩くな!」



 ブルザー、リーベの兄弟はあくまで現状の秩序を優先する立場であった。


 リーベは教団第一の考えではあったが、ブルザーとしては辺境伯側に同情を覚えつつも、法秩序を優先することを表明した格好だ。悪法もまた、法であり、破っていい道理などないのだ。

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