5-46 暴露! 情報は嘘八百です!

「では、早速でございますが、ご報告させていただきます」



 ヒサコは改めて席から立ち、上座のジェイクに対して軽くお辞儀をした。


 なお、リーベからは殺意交じりの睨み付けが入っていたが、当然無視した。愚物の相手をしていたら、時間がいくらあっても足りないからだ。



「ブラハム様より聞き及んでいるとは思いますが、駐留部隊が全滅いたしました」



「そうだな、それは聞いた。獄犬ガルムが現れ、砦で待機しているところに……」



「はい、その時点で大嘘です。獄犬ガルムなど、どこにもおりませんよ」



 ヒサコの言葉に場がざわついた。アスプリクの予想では、その怪物騒ぎがでっち上げで、工作を仕掛けるための時間稼ぎだと述べていたのだが、それが現場の目撃者からの証言によって正しいと断言された。



「ね? やっぱり僕の言った通りだろ?」



「が、アスプリク様の予想も外れております。なぜなら、別の怪物が現れていたからです」



「別の怪物?」



悪霊黒犬ブラックドッグです」



 ヒサコの口から最近何かと縁のある名が飛び出し、場の空気が更に熱を帯び始めた。当然、黒犬に襲われたアイクや、あるいはその後の半殺しの憂き目にあったリーベなどは、背筋が寒くなる感覚を呼び起こされていた。



「ヒサコ、それは本当か!?」



「はい、アイク殿下。しかも、私の見立てでは、殿下を襲った同一個体ではないかと考えております。つまり、ケイカ村での騒動も含めて、アーソの件も繋がっていると見て間違いないかと」



「なんと、全部繋がっているだと!?」



 アイクは信じられないといった雰囲気で言葉を漏らした。工房開設時の地鎮祭の失敗から、悪霊を呼び起こしたと思っていたら、思った以上に大事が裏で進んでいたと知った。


 それについては他の面々も同様なようで、席の隣合う者とどういうことだと話し始めた。



「さらに付け加えますと、黒犬に不審な点がございます。テア、説明してあげて」



 そう言うと、ヒサコは隅に控えていたテアに声をかけると、他もそれに倣って視線を控えていた侍女に向けた。


 テアは一度礼をしてから口を開いた。



「私も黒犬を何度も目撃いたしましたが、そこに大きな疑問点が生じました。あの黒犬、何者かに操られて、一連の騒動を引き起こしたのでは、という疑問です」



「なにぃ!?」



 普段冷静なジェイクも思わず口から驚きの声が漏れ出した。他にも驚きのあまり、椅子から腰を浮かせてしまう者もいた。



「テア、そう判断する理由はなんだ?」



「はい、ヒーサ様、無軌道に人を襲うような動きではなく、明らかに狙いを絞って襲っていたからです。まず、辺境伯のカイン様を襲い、次いでご子息のヤノシュ様を、という具合です。周囲には他に何人もいたにもかかわらず、真っ先に二人を狙っていました」



「なるほど。操られていたのであれば、標的を集中的に狙うのは道理であるな」



 ヒーサはテアの説明に納得し、何度か頷いた。


 他の者も同様に納得や賛意の声が口からこぼれ、それを確認してからヒサコは口を開いた。



「ですから、アイク殿下が襲われたのも、単なる偶然ではなく、黒犬の背後にいる者の思惑通り、というのが私の考えでございます」



「あれすら壮大な計画の一端であったと言うのか」



「並々ならぬ策士の存在が伺えるというものです」



 無論、その策士とは自分自身ヒーサ&ヒサコに他ならないが、それを表に出すことは決してない。裏で繋がっている者にしか分からぬ事象だ。


 なお、アイクが襲われた件に関しては、黒犬つくもんを手懐ける前の話であり、完全なこじ付け話であるのだが、黒犬と言う共通点がそのこじ付け話と実話を連結させてしまい、真実味を帯びた話へと昇華させていた。



「なるほど。状況が見えてきた。ヒサコ、これらの繋がる事象はおびき出すための餌ということか?」



「おそらくはお兄様の考え通りかと。なにしろ、この場には王族が“全員”揃ってしまっています。もし、これを虜にするなり、抹殺するなりしてしまった場合、王国はどうなるでしょうか?」



 ヒサコの指摘に全員がハッとなった。実際、四人の王子王女が全員、この場に揃ってしまっていた。


 王位継承権保持者が全員揃い、かつそれに何かあった場合は、王国が混乱するのが目に見えていた。そうした危うい状況に知らず知らずに誘い込まれたと、ヒサコは言いたかったのだ。



「では、こうして雁首揃えて話し合っているこの状況すら、そいつの企みの絵図の中ってことか。気に入らないな」



 サーディクは机をコツコツと指で叩きながら不機嫌さをあらわにし、皆もそれに賛同した。基本的に軍を設え、堂々たる戦いを望む者が多いので、裏でコソコソ動き回るやり方が好ましくないのだ。



「ですが、実際にこうして揃ってしまっているのは事実です。早急に進軍し、その絵図とやらが描き切られる前に、事態の収拾に当たられるのがよろしいかと」



 ブルザーも正面決戦を望む立場であり、アーソ辺境伯の思惑や境遇など意に介さず、数に任せて押し込んでしまおうと提案した。


 正攻法であり、まさに“松永久秀にとって”は、絶対にやって欲しくない方法であった。


 さて、ここからが長年培ってきた“口八丁いいくるめ”の時間だと、戦国の梟雄は頭を全力で回し始めるのであった。

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