5-45 再会! 分かたれし兄妹は軍議の席にて合流す!

 軍議が開かれた翌日、先触れで知らせに来た通りにヒーサが到着した。


 率いてきた兵の数は二千程度であるが、何と言っても目を引くのは銃火器の数であった。歩兵の過半数が銃歩兵であり、しかも最新式の燧発銃フリントロックガンであった。


 また騎兵も銃火器を備えた竜騎兵ドラグーンも数多く含まれていた。


 圧倒的な資金力を誇る“財”の公爵と謡われしシガラ公爵の力を見せ付ける格好となった。


 勇壮なる軍備を目の当たりにして、すでに到着していた他の部隊は、その整った軍装に圧倒されたと言ってもよかった。


 そんな中、甲冑に身を包んだヒーサが本営の天幕に訪れると、先着の顔触れが席に座していた。


 上座に王国宰相である第二王子のジェイク、その横に第一王子のアイク、長机を挟んで、入口から右側に第三王子のサーディクと火の大神官で王女のアスプリク、右側にセティ公爵ブルザーとその弟で司祭のリーベ、アーソの教団駐留部隊の副団長ブラハムと言った感じである。


 先日の軍議での違いは、アスプリクがサーディクに上座を譲った点であろう。特にこれと言った意味はないが、強いて言えば下座に座るヒーサに距離が近いという点だ。


 ヒーサとしては公爵の身の上で下座に腰かけるのはどうかと思ったが、居並ぶ面々が王族と同じ公爵家の面々ばかりであり、何より一番最後に到着した以上、まあ仕方ないかと思った。



「皆々様、遅くなって申し訳ございませんでした。なにぶん、戦に出るのはこれが初めてでしてな。色々と苦労させられました」



 ヒーサはまず恭しく頭を下げ、礼儀正しい貴公子を全面に出し、それから腰かけた。


 ヒーサから見て初対面であるのは、アイク、サーディク、リーベ、ブラハムの四名で、他は王都での祝賀式典などで面識を得ていた。


 そして、一番近くの席に座っていたアスプリクは笑顔を向けてきた。



「ヒーサ、待ってたよ。あんまり遅いから、危うく先んじて辺境伯領に突っ込むところだった」



「それは申し訳ございませんでした、王女殿下」



 何気ない返しであったが、ヒーサのこの一言はその場の人々を驚かせた。


 アスプリクは国王の娘ではあるが、実子として認められてないため、厳密には王女殿下と呼ばれる身分ではない。慣習的にそう呼ばれることもあったが、アスプリクはそう呼ばれるのを嫌っていた。


 とはいえ、他に呼ぼうとすると様付けで呼ぶことになるが、馴れ馴れしい感じがしてこれも嫌い、大神官という肩書で大半の者に呼ばせるようにしていた。


 にもかかわらず、王女殿下と呼び、しかもアスプリクが拒否反応を示していないということは、ヒーサがアスプリクのことを王族と見なしており、しかもアスプリクがそれを受け入れているということを如実に表していた。



(本当に、妹にとって初めての友達なのだな)



 ジェイクは普段見せない笑顔を向けるヒーサに対して、複雑な感情を向けた。なにかと気難しい妹の面倒を見てくれるヒーサへの期待と、妹の心をすんなり奪っていった兄としての嫉妬が入り混じっていた。


 とはいえ、今は為政者として問題解決のために動かねばならず、自身の感情は隅に追いやった。


 だが、感情をむき出しにする者がすぐ横にいた。



「やぁ、お初にお目にかかる、シガラ公爵ヒーサ殿! 貴殿が手掛けたという漆器! あれは実に見事であったぞ! 他にもヒサコの話では、文学にも明るく、手掛ける美術品、工芸品もまだあるとか! 是非ともそのうち拝見しに、公爵領へ参りたいくらいだ!」



 アイクは満面の笑みを浮かべ、ヒーサを大いに歓迎した。なにしろ、ヒーサの考案で始めた漆器作りに完全に魅せられており、またヒサコの兄ということもあって、是非とも仲良くなっておきたい人物であったのだ。


 その食い付きっぷりは、普段を知る他の兄弟を唖然とさせるのに十分過ぎた。



「兄上、落ち着いてください。そして、落ち着いたら、席に座ってください」



 ジェイクに窘められ、アイクは渋々と椅子に腰かけた。なにしろ、アイクにとっては芸術第一であり、それを語り合える人物は誰であろうと友なのだ。



「アイク殿下、その話は落ち着いてからにしましょう。今はヒサコを取り戻す算段を立てねばなりませんから」



「お、おお、そうであったな。うむ、そうだ、ヒサコを連れ戻さねばな」



 アイクはその言葉で納得し、口を閉じた。軍事の話になると、自分が役立たずであることを知っているので、邪魔にならないように大人しくした。



「では、ヒーサ殿も来られたことだし、この前の軍議の続きを……」



 ジェイクが開始の宣言をしようとしたところで、兵士が一人飛び込んできた。



「申し上げます! ヒサコと名乗る女性が面会を求めておりますが」



 兵士の言葉を聞くなり、アイクとアスプリクが勢いよくガタッっと椅子を吹き飛ばしながら立ち上がった。



「二人とも、落ち着いてくれ」



 ジェイクはやれやれと言わんばかりに目の色を変えた兄と妹を宥め、兵士にはヒサコを通すように命じた。


 そして、兵士に案内されてヒサコと、その従者としてテアが現れた。少しばかり埃っぽい汚れた服装ににはなっていたが、顔色は良く、いたって元気であることはすぐに見て取れた。



「「おお、ヒサコぉ~!」」



「だから、落ち着いてくれって、二人とも!」



 またしても兄と妹を窘めたが、今度は歯止めが効かず、二人揃ってヒサコに歩み寄った。



「いやぁ~、よかったよかった! 一時はどうなる事かと思ったぞ!」



「ヒサコぉ~、無事でよかったぁ!」



 アイクはしっかりとヒサコの手を握ってその無事を喜び、アスプリクにいたっては思い切り抱き付いてヒサコの胸部に顔を埋めた。


 ヒサコは少しばかり困惑しながらも、アイクには笑顔で返し、飛びついてきたアスプリクはその銀色の髪を梳くように優しく撫でた。


 あまりの二人の取り乱しぶりに、他全員はかなり引いていた。特に、事情を一切知らぬブルザーは混乱し、リーベは見たことのない大神官の笑顔を呆然と眺めるだけであった。


 だが、ヒーサだけは顔色を変えず、ただその微笑ましい光景を眺めるだけであった。



「あ~、ヒーサよ、アスプリクはお前に懐いていたのではなかったのか?」



 ジェイクとしてはヒーサに妹を任せているつもりでいたのだが、どういうわけかヒサコの方にまでいつの間にか懐いていることに驚いていた。今の今まで誰にも心を開かなかったアスプリクを、兄妹揃って懐かせるなどどうなっているのだと疑問でしかなかった。



「その日の気分次第です。私に擦り寄る日もあれば、ヒサコに抱きつく日もある。そういう感じです。お気になさらずに」



「そ、そうか……。それより二人とも、そのくらいにしておけ。話が一向に進まん」



 色恋沙汰に縁のなかった兄に春が到来し、誰に対しても壁を作っていた妹が心を開いてくれるのは、ジェイクとしては嬉しかったが、まずは騒動の解決こそ優先課題であった。


 しかし、そんな微笑ましい一幕ではあったが、事情を知る者には別のものが見えていた。なにしろ、ヒーサは作られた分身体で、ヒサコの方が本体であるからだ。


 二人の中身である戦国の梟雄・松永久秀は、スキル【性転換】と【投影】を用い、性別が入れ替わったり、別の性別の分身体を作り出すなどして、周囲の目を欺き続けてきたのだ。


 しかし、アスプリクにはそのことを教えており、またアスプリクの方も本体と分身体の見分けが、その優れた感覚によって分別することができた。


 ヒサコに飛びついて甘えているのは、そちらが本体であると見えているからに他ならない。



「まあ、お二人とも、積もる話もございますが、まずはアーソの内情を私の知る限りお話してからにいたしましょう」



 ヒサコ自身にそう言われてはさすがの二人も引き下がり、元の席へと戻っていった。


 新たにヒサコの椅子も用意され、アスプリクのすぐ横に置かれた。テアはその少し後ろに立ち、相変わらずの沈黙を続けた。



(さて、どんな茶番が飛び出すやら)



 テアはヒサコとずっと行動を共にしてきたが、今回のことは分からないことだらけであった。何かを仕掛けているのは分かっているのだが、相棒はほとんど説明してくれず、複雑に絡み合う相関図に頭が混乱していた。


 しかし、この会議で色々と見えてくると確信しており、一言一句聞き逃すまいと神経を尖らせた。

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