悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
5-44 誘導! 白無垢の少女は疑心の種を撒く!(後編)
5-44 誘導! 白無垢の少女は疑心の種を撒く!(後編)
様々な情報、意見が飛び交い、中々に結論が出ない会議が続いた。
そんな意見が百出する中、再び兵士が飛び込んできた。
「あ、最後の組だね。どうだった?」
実は、アスプリクは斥候を十組放っていたのだが、時間差を付けて帰還するように指示をしており、その最後の組が今入って来た兵士の組だったのだ。
「辺境伯軍が動きました。街道を塞ぐように防壁の構築を開始。こちらからの侵入を防ぐような体制を整えつつあります」
「おやおや、教団側の部隊を排除した途端にこれか……。うん、報告ご苦労さん。下がっていいよ」
兵士は敬礼して天幕から出ていくと、アスプリクは居並ぶ面々を見回した。
「やっぱ、僕の推察通りじゃないかな? 教団の部隊をまず殲滅し、それが終わったらから、きっちり防御を固めるって感じで」
「なら、ブラハムを解放した理由はなんだと?」
ブルザーの何気ない質問に、全員の視線がブラハムに集まった。こうして五体満足で無事に脱出できたということは二つに一つ。理由があって解放されたか、もしくはもうあちら側に寝返っているかだ。
「私が辺境伯の領内にいたときは、特にこれといって怪しい素振りはなかったのですが……。丁寧に治療も受けましたし、その後もケイカ村に大神官様が滞在しているので、報告に行った方が良いと……」
「待った! なんで、僕がケイカ村に来ていることを、辺境伯領の人間が知っているんだい!? 大慌てでケイカ村に来て、ブルザーやサーディク兄以外には伝令も出してないのに!」
「あ、そう言えば」
言われてみれば奇妙な話であり、誰しもがお互いの顔を見合わせた。
「あちらも、こっちの情報を仕入れる手段を持っていると考えるのが妥当だな。密かに斥候を放っていたか、もしくは内通者がいるか、だ」
ジェイクとしては、裏切り者がいるとは考えたくもなかったので、できれば前者であって欲しいとは思っていたが、可能性を無視して策を講じるわけにはいかず、敢えて口に出した。
当然、そうなると、疑われるのは三人しかいない。
「裏切り者がいるとすれば、それは僕か、アイク兄か、リーベってことだね。なにしろ、僕がケイカ村に居るのを初期段階で知っているのは、その三人なんだし。他の人だと、距離や時間的に難しい」
図々しいまでの
「おいおい、アスプリク、私まで容疑者扱いか。それより、あちらが斥候を放っている方がまだ現実的ではないかな?」
「同感ですな」
当然、アイクもリーベも内通については否定した。身に覚えのない事であるし、大きなリスクを負ってまで謀反に加担する理由もないのだ。
「まあ、あくまで可能性の話だよ。僕も斥候を放っていたって可能性が高いと思う。それに付いては言い過ぎたかもしれない。謝るよ」
アスプリクは若干恐縮ぎみに答えたが、実際は少しでも疑心の種を撒いておきたかったのだ。あるいはそれが奇貨となって芽吹くことを期待しての指摘であった。
なにしろ、ヒーサからは事前に「最終的にはリーベに色々と押し付ける」と言い含められていたため、その“含み”の部分の種を蒔いておくための措置だ。
「それよりも、だ。僕が気掛かりなのはヒサコのことだ。ブラハム、ヒサコはまだアーソの地に留まっているんだろう?」
「はい。少なくとも、私がこちらに向けて出発する際には、見送りに出ていましたし、ほぼ間違いなくアーソに留まっているものかと」
「となると、人質に取られる可能性が大ではないか!」
アイクは思わず腰を浮かせ、焦りをあらわにしたが、そこは素早くジェイクが抑え込み、再び席に着かせた。
だが、そんな王子の焦る態度を、鼻で笑う者がいた。
「滑稽ですな。人質とは、その人物に価値があって初めて生じるものです。ヒサコなどという娘には、なんの価値もありません。よって、人質足り得ません」
きっぱりと言い切ったのはリーベであった。
リーベにしてみれば、鬱陶しい小娘が一人、敵中に取り残されただけであり、むしろ厄介払いできたと喝采の拍手を打ち鳴らしたい気分であった。
だが、そんな態度に激怒したのは、アイクとアスプリクであった。
「ヒサコはこの国一番の才女であり、シガラ公爵家の令嬢だぞ! それに対して、価値がないなどとはとんでもない暴言だ!」
「アイク殿下、あの娘は庶子なのですぞ。神の祝福を受けぬ者が一人二人死んだとて、何程のことがありましょうか」
「黙れ、リーベ。僕にとって、ヒーサ、ヒサコは生まれて初めてできた友達なんだ。それを愚弄する言動は許さない。二度と減らず口が叩けないように、その無駄に動く口を奇麗に溶接してやろうか!?」
アスプリクより放たれた怒気に、天幕が呼応するかのように波打った。
天幕内の空気がどんどん熱を帯び始めた。その白い指先には炎がほとばしり、本気で焼きを入れる気でいるのは明白であった。
「よせよせ、アスプリク! 天幕が燃えてしまう!」
隣に座っていたサーディクが燃え始めた妹を宥め、どうにか落ち着かせた。
「宰相閣下、いっそのこと、私の部隊を前進させ、辺境伯への示威行動に出ましょうか? 境界付近まで前進し、相手の出方を探るというのは?」
そう申し出たのは、ブルザーであった。弟リーベの失言をうやむやにしたいとの思惑が強かったが、それ以上に情報不足をどうにかしたいという考えが働いたからだ。
こうしてグダグダ会議を開いて実らぬ議論を続けておくより、相手を小突いて反応を見た方が余程有意義だと判断したためだ。
「僕はそれに反対だね! 示威行動自体には賛成だけど、それはヒーサが到着してからの方がいい。今集結している部隊に加えて、付近の領主からの兵員の提供もある。これにシガラ公爵軍も合流すれば、合計で一万に達する大軍となる。示威行動なら、大軍でやった方がいいと思うな」
「ですが、辺境伯軍に防備を固める時間的猶予を与えることにもなりかねませんぞ。牽制の意味を考えても、部隊は早めに境界線付近まで前進させるべきです」
アスプリクも、ブルザーも、自分の主張を譲らず、何度も持論をぶつけて相手をねじ伏せようとしたが、議論は平行線を辿った。
自然、判断は最高責任者である宰相のジェイクが負う事となり、皆の視線がジェイクに集まった。
ジェイクとしては妹の意見を採用してやりたかったが、ブルザーの意見も理に適ったものであり、判断が付きにくいところであった。
腕を組み、目を瞑り、あれこれ思考を巡らせていると、そこへ大きく天秤を揺らす一撃がアスプリクより加えられた。
「宰相閣下さぁ、はっきり言うと、ヒーサが到着するまでは待機でいいと思う。もし、下手の動いてヒサコに危害を加えられでもしたら、ヒーサ怒ると思うな~。少なくとも、ヒサコが人質に取られる可能性を大とした場合、ヒーサに聞いてから動いた方がいいんじゃない?」
「庶子の娘一人に、全軍が止まるなどあってはならないことですぞ!」
「リーベ、溶接するといったのが聞こえなかったのかい? 君らが前進してヒサコを人質にされても、構わず戦闘開始するから言っているんだ。もしそんなことがヒーサの耳に入って、しかもヒサコが命を落としてみろ、シガラ公爵軍の銃口が君らに向くぞ。もちろん、そうなった場合は、僕もヒーサに加担させてもらうから」
脅しではあるが、決して嘘とも言い切れない威圧感が、アスプリクからブルザーとリーベに向けられた。
シガラ公爵軍だけならば負けるつもりなどないが、アスプリクが加わるとなると話が違ってくる。国一番の術士を相手にするには、それ相応の犠牲を強いられることを意味しており、とても割に合わない損害を被ることとなるであろう。
尻込みする二人を見て、ジェイクは閉じていた目を開き、決断した。
「このまま待機とする。シガラ公爵が到着した後、もう一度軍議を開き、以降の作戦を決定するものとする。ただし、敵の斥候が紛れ込む危険もあるので、警戒態勢を解かないように命じておく」
ジェイクがそう命じると、アスプリクとサーディクは頷いて応じ、ブルザーは渋々と言った感じでそれを了承した。
なにしろ、ジェイクはヒーサにアスプリクへの贖罪を怠った場合、謀反を起こすと堂々と真正面から宣言されていたのだ。
見た目は穏やかな青年に見えて、その中身はとんでもない激情を抱えているのではないか、そう思わせる行動力を持ち合わせていた。
アスプリクのことを任せてしまっている以上、仲良くしておかねばならなかった。
なにより、今の状況が良くなかった。
もし、ヒサコが命を落としたなとどヒーサに知れたら、最悪そのままこちらに襲い掛かってくることが考えられた。つまり、アーソ辺境伯軍とシガラ公爵軍が前後から襲い掛かってくるという、かなり面倒な状況になるのだ。
しかも、アスプリクまでそうなった場合はヒーサに加担すると宣言された以上、戦力を真っ二つにされた状態で大混戦になる危険があった。
そんな危険を犯すのであれば、まずは様子を窺いつつ、ヒーサの到着を待って意見を吸い上げてから行動した方がマシと言うものであった。
(とにかく、万事慎重に。久しぶりの戦場だというのに、刃を交える前に神経の方が擦り切れそうだ)
ジルゴ帝国の蛮族相手の方がまだ気が楽だと漏らしたくなるジェイクであったが、宰相と言う立場上、迂闊なことは口にできないので、平静を装いつつ軍議の終了を宣言した。
ならばこれまでとばかりに、アスプリクがササッと立ち上がり、素早く天幕を出た。
(さて、これでヒーサに言われた仕事はこなしたかな。会議を引っ掻き回し、疑心の種を撒き、ヒーサの到着まで引き延ばす。状況は整ったし、さっさと来ておくれよ、心の友よ)
アスプリクは近付きつつある友の顔を思い浮かべつつ、その到着をまだかまだかと心待ちにした。
それはさておき、今は英気を養おうと、温泉に向かって少女は歩き始めた。戦が始まれば、のんびりできるのはだいぶ先になるであろうし、今のうちに英気を養っておかねばならないのだ。
なにしろ、これからヒーサが練りに練った惨劇が辺境伯領で繰り広げられ、その中心に自分がいるとも聞かされていたからだ。
少しずつだが、自分を縛り付けた鎖が外れ始めているのを少女は感じており、温泉に向かうその足取りは軽やかであった。
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