悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
5-43 誘導! 白無垢の少女は疑心の種を撒く!(前編)
5-43 誘導! 白無垢の少女は疑心の種を撒く!(前編)
情報が錯綜し、現状把握が非常にやりにくいと誰もが感じていた。
そこへ、天幕の中に兵が一人飛び込んできた。
「申し上げます! アーソ駐留部隊の副団長ブラハム様がお見えになっております」
「やれやれ、やっと報告が来たか」
ブルザーの漏らした言葉に、一同も同じ思いのようで、皆頷いた。そして、すぐに通すように命じると、兵士が呼びに戻り、程なくしてブラハムが顔を出した。
「アーソ駐留部隊副団長ブラハム、報告に参上しました。……て、この顔ぶれは?」
ブラハムは居並ぶ顔触れを見て、目を丸くして驚いた。
ヤノシュに含まされたのだが、ケイカ村にアスプリクが来ているから、そこにまずは報告してはどうかと提案され、ここにやって来たのだ。
アーソを出立してからケイカ村に馬を走らせると、どういうわけかアスプリクの直轄部隊のみならず、数千名規模の軍が駐留しており、まるでこれから一合戦でもやりそうな、そんな雰囲気を漂わせていた。
それだけでも驚きものであるのに、本営の天幕に通されてみれば、四人の王子王女が集結しているうえに、セティ公爵ブルザーの姿まであったのだ。
これで驚くなと言う方が無理であり、ブラハムは困惑しっぱなしであった。
「まさか、アーソの騒動がとんでもない大事に伝わっているのですか?」
「その口ぶり……。では、やはり辺境伯領で変事が!?」
「え、あ、はい、その通りです、宰相閣下」
周囲の食い付き具合から、余程の大事が発生していると誤解しているのか、とブラハムは思った。
(まあ、駐留部隊全滅の“事故”は、確かに損害の規模としては大事に当たるか)
きっちりと報告して、今後の方針を決せねばならないし、その権限を持っている顔触れが揃っているので、ブラハムは改めて姿勢を正した。
「では、駐留部隊全滅の件ですが……」
「全滅!? 全滅したのか、教団の部隊が!?」
リーベが悲鳴にも等しい声を発した。なにしろ、ケイカ村とアーソは割と距離が近いため、駐留部隊も慰労のためにケイカ村の温泉に入りに来る者もいる。
そのため、駐留部隊にはリーベの顔見知りも多く、それが全滅を聞かされて心穏やかではいられなかった。
「じゃあ、やっぱり謀反の話は本当だったんだ!」
「え? ええ!? 謀反!?」
「神に仕える地上の尖兵に手を出すなど以ての外! 辺境伯の愚か者に裁きを下しましょう!」
「おお、その通りだ! あやつめ、生かしておかぬぞ!」
「え? ちょ、え!?」
「直ちに進軍しよう! 謀反人はそのままにはしておけぬ!」
「ああ、ヒサコは無事だろうか……」
「え? ヒサコ? アイク殿下、それは……」
「全員、一旦黙れ!」
ジェイクは勢いよく拳を机に叩き付け、無秩序に話し始めた全員を制した。いくらなんでも、好き勝手話されては、聞き取ることすらできないからだ。
それで場の熱は冷まされ、勢い余って立ち上がっていた者も椅子に腰かけた。
「まったく、報告を聴取する空気ではないぞ。ええっと、ブラハム、だったか。アーソ辺境伯領で起こった変事について、お前の分かる範囲で最初から話せ」
「はい。では、ご報告させていただきます。単刀直入に申しますと、領内に
「
その手の怪物相手の専門家であるアスプリクは、
なお、実際のところ、領内に現れたのは
そして、ブラハムの頭の中では、その嘘が未だに真実として刻まれていた。
「で、その際に辺境伯側から、『対処はこちらでするから、教団の部隊は敵襲に備えて、砦に待機したままでお願いします』と通達がありました」
ブラハムの話には不審な点もなく、まあ通常の対処だなと誰しもが考え、頷いた。
「それで、ようやく
「なるほど。王国側に防衛線がなく、それでいて剣呑な雰囲気、話としては繋がるな」
斥候の報告との整合性が取れたので、ジェイクは頷いて納得した。他の顔触れも同様のようで、その面々もまた頷いた。
「しかし、ならば、なにゆえ駐留部隊が全滅などという事態に?」
「はい。その怪物討伐が決行されるたる日に、辺境伯より待機で不自由をさせているからと、ヒサコとテアと名乗る二人の美女を遣わし、酒と料理を振る舞っていただきました」
「ああ、やっぱりヒサコはアーソに逗留しておるのか」
無口であったアイクが急に食い付いたので、ブラハムは怪訝に感じた。
「あの、アイク殿下、先程からヒサコという娘にえらくご執心のご様子ですが、お知り合いで?」
「ああ。彼女は我が国一番の才女であり、我が芸術に新たな風を吹き込んでくれた素晴らしい女性だ」
恍惚とした表情で言い放つアイクの雰囲気に、その場の全員が引いた。なんとも言い表せない気配がその場を駆け抜け、誰がどう見ても相当入れ込んでいるなと分かるほどであった。
自分で最初に勧めたこととは言え、アスプリクもまた想像以上に兄がヒサコに入れ込んでしまっていることに、笑いつつも微妙な同情を覚えた。
なにしろ、ヒサコなどと言う女性は、この世のどこにも存在していない事を知っているからだ。
「え、そうなのですか? ただの闊達なそこいらの娘かと思っておりましたぞ。『あたしを酔い潰したら、一晩好きにしていいぞ~』とか、随分と軽いノリで」
「今の話、詳しく!」
妙にヒサコの話題に食い付くアイクに、周囲は苦笑いをした。芸術にしか興味のない男が、いよいよ色恋沙汰に目覚めたのかと、他の兄弟もニヤけていた。
「兄上、がっつき過ぎだ。少し抑えてくれ」
ジェイクは笑いを堪えつつ、大いに悩んだ。芸術以外に興味を示さない兄アイクにようやく春が来たかと思ったが、表現が思いの外に下手くそのようで、周りが全然見えなくなっていたのだ。
シガラ公爵家とは、アスプリクの件をヒーサに任せている手前、なるべく便宜を図っていきたいし、今また兄アイクとヒサコが引っ付くというのであれば応援しようとも考えていた。
だが、兄も妹も限度と言う物が分からぬようで、公衆の面前で堂々と感情をあけすけにしてしまうのはさすがに控えてほしかった。
「あ、ちなみに、ヒサコはシガラ公爵家の御令嬢だからね~」
「ええ!? そうなのですか!? 私はてっきり……」
アスプリクのツッコミに驚いたのはブラハムであった。てっきり周辺の村から来た娘かと思っていたら、貴族のお嬢様であったとは予想外であった。
だが、よくよく考えてみれば、テアという同伴者がまるで付き人のように振る舞っていたので、貴族と言えば貴族かと納得した。
「で、話の腰が折れてしまったので、改めて説明しますと、その待機の慰労と言うことで酒と料理が振る舞われ、皆が大いにはしゃいだのでございます。その際に、私とヒサコ……殿が飲み比べで勝負することになりまして、見事に負けてしまいました。で、その後にヒサコ殿とテアとかいう女性が私を寝室に運び込んだそうなのですが、その際に広間の方から轟音が響き、砦が崩落したのです。私は咄嗟にベッドの下に放り込まれ、どうにか難を逃れたというわけです」
ブラハムの説明を聞き、部隊が全滅した経緯を知ることができた。だが、不可解な点が多く、アスプリクが軽く手を挙げた。
「ブラハム、ちょっと聞きたいんだけど、
「部隊内ではいないと思います」
「なら、でっち上げの可能性も出てくるね」
アスプリクの指摘に皆がハッとなった。ブラハムの報告が正しいのであれば、騒ぎの大元である
「つまりだ、アスプリクが言いたいのは、怪物なんてどこにもいなくて、駐留部隊を消すための準備の時間稼ぎをしていたってことか。だが、それならわざわざ砦破壊なんて大掛かりな事をせずに、酒や料理に毒薬でも混ぜた方がよかったのでは?」
「サーディク兄、それじゃダメだ。術士はね、一般人よりも優れた感覚を持っている奴が結構いるんだ。僕みたいにね。だから、事前に毒を仕込んでも、見破られる可能性が高い。術士を仕留める最良の手段は、術を使われる前に倒すことさ。普通に酒や料理を振る舞って歓待し、油断したところを四方八方から大筒でドッカーンてのが真相じゃないかな?」
「なるほどな。その下準備をするための、偽の騒動というわけか」
サーディクはそれで納得したが、他の面々は半信半疑と言ったところであった。
結局のところ、決定的な証拠が一切なく、あくまで推測に過ぎないからだ。
(でも、それでいい。真相が分からないからこそ、多少突飛な意見であっても、真実味を帯びさせることはできる。ちょっと思考がブレてくれるだけでも今はいい)
疑惑の種を撒き、真実に到達するのを妨害するのが、アスプリクの狙いだ。
とにかく議論を引っ掻き回し、ヒーサ・ヒサコが到着するまでの時間を稼ぐ。それさえ成せばいいのであった。
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