5-42 集結! 四人の王子王女、全員集合!(3)

 ケイカ村近郊に設けられた宿営地に、王国宰相ジェイクが到着した。


 アスプリクからの報告を受け、大急ぎで部隊を編成し、王都ウージェから急行してきた。


 率いてきた部隊の数は二千。騎兵二百に歩兵千八百だ。


 宰相就任から前線とは久しく離れていたが、久しぶりに着込んだ甲冑を身に付けるとかつての感覚が甦り、身の引き締まる思いで堂々の着陣であった。


 そして、会議の席には六名が顔を揃えた。


 まず、上座に王国宰相たる第二王子のジェイクが座し、そこから左側に王女にして火の大神官アスプリクと第三王子にして将軍のサーディクが、長机を挟んで右側にはセティ公爵ブルザーとそのでケイカ村の司祭リーベが椅子に腰を下ろしていた。


 そして、先程まで上座に腰かけていた第一王子のアイクは上座をジェイクに譲り、自分はその横に別の椅子を用意して腰かけた。



「皆、遅くなった」



「十分早いですよ。シガラ公爵はまだ到着できていないのですから」



 サーディクの言う通り、シガラ公爵ヒーサはまだ到着していなかった。最も早く出立したのだが、なにしろ自領から目的のアーソ辺境伯領までの距離が一番遠く、時間がかかり過ぎるのだ。



「ヒーサは明日か明後日には到着するみたいだよ~」



 心なしか、アスプリクの声が弾んでいるように列席者には聞こえた。


 アイクとジェイクは妹にとって、生まれて初めての“お友達”と聞かされており、兄としては微笑ましく思っていたが、はたして友情と呼べるものが内包されているのか、疑わしい歪んだ関係であることまでは知りようもなかった。


 

「ともあれ、こうして久しぶりに兄妹全員が顔を揃えられたのは嬉しいことだ。戦の前の軍議でなければ、なお良かったのだが」



「何言ってるんですか、兄上は。前の“星聖祭”の時は急に熱出して、出席されなかったのが原因ではありませんか」



「体の弱いのは、相変わらずですよね。少しは鍛えたらどうですか?」



 アイク、ジェイク、サーディクは久しぶりに顔を合わせた兄弟と笑い合った。


 この三人は非常に仲が良い。アイクは万事に控えめであり、相続権すら弟のジェイクにすんなりと譲ってしまうくらいだ。


 ジェイクは相続を委譲されようが兄アイクには礼節を以て接し、なにかと突出するサーディクには諭して宥めるように努めた。


 サーディクにしても、上二人の兄の武における補佐役を自認しており、見事の互いを尊重し、時に笑い、時に協力することをよく弁えていた。


 貴族の家でありがちな、家督相続に関する揉め事など、この兄弟間では無縁とすら言えよう。


 そんな中にあって、完全に浮いているのは末の妹のアスプリクであった。


 

(鬱陶しい、本当に鬱陶しい……!)



 不機嫌さを隠すことなく、イライラした雰囲気を表情で出して、耳障りな兄達の笑い声を聞いていた。


 アスプリクにはその“兄弟の輪”に加わることが許されていなかった。なにしろ、父である国王からは実子と認知されず、庶子、厄介者として扱われていた。


 捨てられなかったのは、あくまでずば抜けた術士としての才能があったからだ。術士として有能であったとしても、娘として愛されたことなどは一度もなかった。


 ゆえに、血は繋がっていようとも、それはあくまで半分だけであり、三人の兄達とは始めから大きな溝が存在していた。


 無論、飛び込めば輪に加わることもできたかもしれないが、その勇気や知性を育めるような環境ではなかった。


 アイクやサーディクのアスプリクへの対応は、“兄としての義務感”や“不遇な妹への同情”が占めており、末っ子への可愛さから優しくするのとは厳密に違っていた。


 ジェイクに至ってはそれらに加えて“後ろめたさ”があった。アスプリクが十歳から身を投じた教団内部において、“ナニ”をされたかを知った上で、あえて黙殺したからだ。


 その点がアスプリクには何よりも許せず、憤激させていた。例えそれが国家の安寧を維持するためのやむを得ない措置だとしても、感情で動くアスプリクにとっては絶対に許せない事なのだ。



(まあ、今に見ていろよ~。今回の一件で、その澄ました顔を思い切り歪ませてやるんだから)



 ヒーサと企てた今回の茶番劇にして簒奪劇は今までの復讐であり、受け取れなかった十三年分のお小遣いを頂戴するのが目的だ。


 これから何が起こるのかはおおよそ把握しているし、どれだけ凄惨な殺戮劇が繰り広げられようが、少女にとっては憂さ晴らし以外の何物でもなかった。


 しかし、当のジェイクは妹への贖罪を考えていたのだが、そんな兄の複雑な心境はアスプリクに伝わってはいなかった。


 なにより兄としてではなく、為政者の立場を優先して目の前の問題に対処しなくてはならず、妹絡みの案件を先送りにしなくてはならなかった。 



「では、すでに軍議が始まっているようだが、状況を教えていただこうか」



「アーソが背いた。でも、内部状況が掴めません。以上、終わり」



 ぶっきら棒な妹の回答にジェイクは苦笑いするよりなかった。そして、その隣にいるサーディクに視線を向けると、そちらもニヤリと笑っていた。



「ぶっちゃけますとね、兄上、アスプリクの言う通りなんです。どうにも動きが解せないんですよ。王国側に防衛線は敷いてないし、かと言って駐留しているはずの教団の部隊からの連絡もないし、どうなっているのやら」



「斥候は出したのか?」



「先着していたアスプリクの部隊か抽出して、調べた結果がそれです。辺境伯領内には立ち入ってませんので、外側からの偵察ですが、剣呑とした雰囲気は感じつつも、切羽詰まったという雰囲気はなし」



 サーディクも事態を計りかねているようで、ジェイクは腕を組んで考え始めた。そして、一つのことに気付いた。



「そう言えば、アスプリク」



「大神官とお呼びください、宰相閣下」



 露骨すぎるほどにアスプリクは、ジェイクに対して壁を作った。サーディクがアスプリクを呼び捨てで呼んでも、特に反応を示さなかったのに対して、ジェイクに対してはきっぱりと互いに背負っている職位で呼べと言い切ったのだ。


 周囲もどうしたものか迷いつつも、誰もが口出しし難い雰囲気があり、両者の間に恐ろしく高い壁が存在することだけ認識された。


 ジェイクは一度ため息を吐いてから、会話を再開した。



「大神官殿、そもそもそちらの報告があったから皆が動いたわけなのだが、その辺りはどうなのだ?」 



「聖山に送った報告書には書いてなかったけど、僕はリーベ司祭から手紙を貰い、そこから急いで報告したんだ。でも……」



 アスプリクがリーベに視線を向けると、リーベは首を横に振った。



「そのような手紙は出しておりません」



「んんん!? どういうことだ、それは」



 ジェイクとしても状況を掴み損ねていた。報告を聞く分には、アーソ辺境伯領で“何か”が起こっている雰囲気はあるのだが、何が起こっているのかまで掴めていない。


 そうかと言って、アーソ側からなんの連絡もないのが不可思議であった。



「大神官殿、本当に手紙を受け取ったのか?」



「宰相閣下は僕を疑っているって言うのかい!? 無礼極まる発言だ! 国の危機だと思えばこそ、シガラ公爵にも催促をして、迅速に動いたって言うのに、その言い草はなんなんでしょうかね!」



「……失礼した。今の発言は取り下げよう」



 一番ありそうな可能性として、アスプリクが誤解ないし嘘を付いていると思ってつい口に出してしまったが、そのあまりの剣幕に押され、ジェイクは発言を引っ込めてしまった。


 そもそも、そんな虚言や狂言を弄したところで、アスプリクに何の得があるのかという事にもなるし、悪戯にしては度が過ぎていた。


 つまり、アスプリクに動機が見当たらない以上、妹を疑うのはよくないと、ジェイクは再び別の可能性を模索し始めた。

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