5-41 集結! 四人の王子王女、全員集合!(2)

 報告を受けた全員が受けた印象は同じであった。


 奇妙な点が多い、と。



「しかし、それだと奇妙だな。防衛線を構築するのが逆向きだぞ。他領との境界に陣を築くのが筋であろうに。いやぁ、せめて街道沿いの砦辺りに兵を詰めておくのが普通だぞ」



 議論の第一声はサーディクのこの疑問の言葉から始まった。


 それはその場の全員が奇妙に思った点だ。謀反を起こしたというのであれば、討伐軍が入ってくるであろう王国側の境界に部隊を展開するなり、防衛拠点を構築するのが軍事上の常識である。


 しかし、それが一切見られないというのだ。戦慣れしている者からすれば、あまりに無防備に過ぎた。



「やはり、謀反の話は誤報、ないし作り話ではないか? リーベ、お前が手紙を出したというのは偽りなのであろう?」



 ブルザーは隣に座していたリーベに尋ねた。


 現在、アスプリクが王都や聖山に報告書を送ったことが謀反の話の発端であるのだが、その根本的な理由がリーベからアスプリクに送られてきたという手紙ということになっていた。


 無論、リーベはそれを全面的に否定しており、誰がその手紙を送ったのかが分からない状態となっていた。


 実際のところは、ヒーサとアスプリクが用意した偽手紙であり、筆跡をごまかすためにわざとにじませるなど、細工は施されていた。


 あくまで必要な顔触れをアーソの地に呼び込むための“餌”なのだ。



「その点につきましては、間違いございません。大神官様になど、手紙は書いておりません。まして、謀反だ、異端だ、などとは夢にも思っておりませなんだ」



 何度も繰り返された答弁を、リーベは再び口にした。誰も彼もがその質問を投げかけてくるので、もううんざりだという雰囲気があからさまに顔に出ていた。



「では、謀反など、やはりなかったのではないか?」



 サーディクの口にしたことこそ、アスプリク以外の誰もが思っていたことだ。


 現状、謀反の決定的な証拠はなく、あくまでそれを示唆する物はアスプリクに送られてきた“偽手紙”だけである。斥候の報告も謀反を示唆するものではなく、あくまでジルゴ帝国に対する備えへの過剰反応とも取れた。



「どうかなぁ~? 戦力的には謀反をやったところで鎮圧されるのは目に見えてるんだし、何か悪辣な罠でも仕掛けて待ち構えているってのも考えられる」



 アスプリクはあくまで謀反ありとの見解を示した。


 議論を長引かせ、引っ掻き回し、それでいて誰かが突出するような事のないようにしてほしい。それがヒーサからの指示であり、少なくともヒーサの到着までは、無駄な会議で時間を潰しておく必要があった。



「で、アスプリクよ、お前はどう考えているのだ?」



「そうだね~、僕があちら側の立ち位置だと、最初は無防備を晒して、領内に誘い込む。で、奇襲、待ち伏せのお祭り騒ぎってところかな。なにしろ、あちらの領内で戦うのなら、地の利は向こうにある。引っ掻き回すくらい、易い話だと思うよ」



 いかにもありそうな話をアスプリクが投げかけ、皆がそれに頷いた。



「アスプリクの懸念ももっともだが、やはり懸念と言うか、謀反を起こしたという決定打に欠けるのではなかろうか?」



「そうだね。それはサーディク兄の言う通りだ。もし、そんなことになっているのなら、駐留している教団側の部隊からなにかしらの連絡があってもおかしくない。アイク兄、リーベ司祭、その手の言伝は受けてないよね?」



「いいや、何も聞いてないし、アーソ方面からの使者もない」



「ですな」



 アイクもリーベも否定した。そもそも、謀反云々の話もアスプリクの口から聞いたのが最初だった。


 だが、斥候からの報告では、警戒態勢をとっていることは間違いなさそうなのに、謀反を企てている兆候は薄い。全員の判断の迷うところであった。



「駐屯部隊が全滅、って可能性はあるかな?」



「いくらなんでも、それはないでしょう。術士を大量に編入してある精強な部隊ですぞ。数としては二百名程度ですが、それを全滅させるとなると、ゆうに十倍の戦力と相応の時間を要します」



 ブルザーもアスプリクの意見を否定した。


 前線で戦う軍人として、術士の援護がどれほど有用なのか熟知しており、逆に敵に回った際に厄介なのかを身に染みて覚えていた。ジルゴ帝国側にも術を使える者が存在し、何度も戦った経験があるからだ。


 そんな強力な術士混成の部隊が、すんなり全滅するとはブルザーは思えなかったのだ。



「とはいえ、アスプリクの意見にも聞くべき点がある。警戒態勢に入っているということは、何かしらの変事があったということだ。それついての報告が、他に伝わっていないというのはどういうことだ?」



「あぁ~、サーディク殿下の仰りようももっともですな。もし、アーソなり、国境地域にて変事あらば、すぐに報告が近くの司教座に届くはずです。その報告もありません。アイク殿下、そちらも方も報告はないでしょうな?」



「ないな。そもそも司祭の耳に入っていないことを、私が知る由もない」



 アイクは肩書としてはケイカ村の代官ということになっているが、基本的に政務は部下に丸投げしていて執務机の前に座るのは稀であった。


 とはいえ、なにかしらの変事があった際には必ず報告が上がってくるようになっており、それがないということは何もないということだ。



「やはり、謀反の話は偽りか?」



 結局、サーディクのこの発言が一番しっくりくるのであった。謀反を行うのには、あまりに動きが鈍すぎるし、緊張感もなにも感じられないのだ。



「なら、警戒態勢をとっているのはなんなのだって話になるよ? 知られるとまずいことを進めているのか、あるいは恥になるようなことを隠しているのか、いやはや訳が分からないね」



 アスプリクのこの疑問ももっともであり、ますます判断に迷うところであった。


 そこに兵士が一人天幕に入って来て、第二王子ジェイクの到着を告げてきた。



「やれやれ、やっと弟の到着か。これで無意味に上座を温めなくて済む」



 そう言うなり、アイクは上座から立ち上がり、その横に椅子を持ってきた。ジェイクはアイクの実弟ではあるが、宰相と言う地位を有していた。


 いくら兄と弟とはいえ、一村落の代官と、一国を差配する宰相では職務上の地位に大きな差があり、当然高い方に上座を譲るのであった。


 なにより、アイクは軍事には疎い事も自覚しており、あくまで見学人程度の感覚でこの場にいるため、上座を譲ることに何の抵抗もなかった。


 そして、入り口の幕を払いのけ、甲冑に身を包んだ一人の男が入って来た。王国宰相である第二王子のジェイクであった。


 一同、一斉に立ち上がり、入って来たジェイクに礼をした。


 なお、アスプリクは露骨に嫌そうな顔をしながら鼻を鳴らし、それを見たジェイクも何か話そうとしたが、今は問題の処理が優先だと考え、そのまま上座に腰かけた。


 それを見てから、他の顔触れもまた椅子に腰かけた。


 ジェイクが加わり、ここに四人の王女王子が久方ぶりに顔を合わせることとなった。


 だが、兄弟の仲睦まじい再会ではなく、戦の前支度という殺伐とした会合であり、先行きは誰にも見えてはいなかった。

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