5-39 情報戦! 都合の良い情報だけを掴ませろ!

 戦う決意は固まった。


 少しの間、そんな熱気あふれる状況が続いた後、ヒサコがまた皆を落ち着かせつつ、追加の話を振った。



「距離的に考えて、お兄様の率いるシガラ軍の到着が遅れる可能性があります。時間稼ぎをして、他の部隊がアーソに踏み込ませないようにする必要があります」



 現在、シガラ公爵軍を率いているのは分身体ヒーサであり、現在位置はしっかりと把握していた。


 しかし、他の部隊の位置までは掴めず、悪くすれば血気盛んなセティ公爵軍が先んじて動く懸念もあった。


 先行しているアスプリクが色々と手回しはしてくれているだろうが、それでも確実かと言われると不安な点であることは拭いきれていなかった。



「そこで、情報を小出しにします」



「小出しだと?」



「はい。情報がない場合、人は後から思えば無謀な手段に出てしまうことがあります。しかし、情報があると、それについての考察が始まり、考察している間は動かないものです」



「なるほど。それは確かに道理だな。で、どのように小出しにする?」



「現在、軟禁中のブラハムをケイカ村に向かわせるように仕向けます」



 教団駐留部隊の副団長であるブラハムは、砦崩落の際にたった一人だけ助かり、その治療と称して実質軟禁状態にあった。


 情報封鎖の意味もあったが、処分するか生かしておくかでまだ判断が付いておらず、そのまま留め置かれていたのだ。



「あやつを解放すると? だが、あやつは駐留部隊の全滅という情報を持っている。それがあちらに渡ると、却って藪蛇になるのでは?」



「なぜ砦が崩落したのか、という情報は持っていません。黒犬の件も伝えてませんし、別の怪物の襲撃か、あるいは建物の老朽化か、彼自身が判断できないでしょう。ここで議論が生じます。さっさと進むのか、斥候を放って情報を精査するのか、とね」



「そこをアスプリク殿に誤誘導ミスリードを行ってもらおうというわけか」



「彼女なら、上手く議論を混ぜこぜにして、時間を稼いでくれるでしょう」



 ヒサコとしては他人任せにするのは気が引けたが、同時にあの白無垢の少女ならば上手くやってくれるだろうという期待感もあった。


 とにかく、あの白無垢の少女は教団幹部を皆殺しにしたいほどに憎んでおり、同時に実家である王家に対してもかなり懐疑的であった。双方に報復できるのであれば、どんなことでもやってしまうことだろう。



「そして、第二弾として、あたしが直に赴きます。今度は辺境伯領が反旗を翻し、命からがら落ち延びたという体で」



「大胆だな。シガラ軍の到着と同時くらいに飛び込めれば最良であるが」



「まあ、そこはお任せください。少し状況を見ながらあちらと合流します。お兄様がいてこそ、私の発言力が効力を発揮しますからね。ノコノコ出ていったところで、最悪リーベになじられて、捕縛される危険もありますから」



 なにしろ、分身体ヒーサとは意識がしっかりと繋がっているのだ。じきを合わせて合流するなど、ヒサコにとっては容易い芸当であった。


 ヒーサという保護者がいてこそ、ヒサコという小娘が輝くのだ。



「それと、もう一つだけ要請したいことがあるのですが、セティ公爵軍への足止めですが、一度だけ全力での戦闘をお願いしたいのです」



「足止め以外にも、強烈な一撃を加えると?」



「はい、その隙にあたしが逃げ出しますので。ああ、逃げ出すというのは、分散進軍の際に、シガラからセティに渡すお目付け役兼人質として、セティ軍にあたしが帯同しているからです。そうなるように、お兄様にはお願いさせますので、あたしの逃げ出す隙を作ってほしいのです」



「自ら人質になる算段を立てて、しかも逃げる準備までとは。やはり大胆ですな」



「命を張らねばならぬ時があり、それが今回の一件だという話でございますよ」



 ヒサコの言葉にその通りだと皆が頷いて応じた。もっとも、ヒサコは命を賭けるつもりなど一切なく、純粋に戦闘中に単独行動ができる時間的猶予が欲しいだけなのであった。



「さて皆さん、張り切っていきましょう。これから厳しい戦闘になるとは思いますが、この峠道さえ過ぎれば、明るい未来が待っている事でしょう。人生には三つの坂あり。運気の向いてくる上り坂、何をやっても冴えない下り坂、よもやよもやの“まさか”」



「ハッハ、そりゃ面白い。そうよな、あのふんぞり返った教団の連中に、その“まさか”を味合わせてやろうぞ。皆、良いな!?」



「「おおぅ!」」



 再び気勢を上げる中、ヒサコもまたそれに倣って叫び声を上げた。


 だが、これが悲鳴に代わるのもそう遠くない未来の話であり、それを気取られまいとヒサコまた必死に演技に徹した。


 迫りくる軍靴の足音は、もうすぐそこまで近づいているのであった。

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