5-38 決断! 忘れ得ぬ恥辱を晴らす時だ!

 アーソ辺境伯の城館にて、迫る討伐軍対策の軍議が開かれているのだが、ヒサコの提案があまりに苛烈過ぎたため、出席者全員が引いていた。


 冷えた肝に驚愕を塗りたくり、歴戦の猛者達が高々十七歳の娘一人に怯えていた。



「同盟者だろうが、敵も味方も構わず殺せ。疑う余地を一切なくせ」



 いくら擬態のためとはいえ、平然のこんなことを言える目の前の娘の精神構造はどうなっているのか、本気で怖くなってきたのだ。


 しかし、ヒサコは驚愕する周囲の空気をあえて無視し、話を続けた。


 

「まず、城の兵は最低限の兵を残し、出撃して遅滞戦闘を行います。で、シガラ軍が城前に先んじて到着するのが確定した段階で、セティ軍への嫌がらせも止めにしてください。そして、城外にいる部隊は城には戻らず、城前に陣取るシガラ軍に見えないように迂回しつつ、この城付近の森に潜みます」



 先程の寒気も相まって、皆が今までになく真剣にヒサコの言葉に耳を傾け、指が動く度に視線もまた追いかけて動いた。



「そして、シガラ軍はやる気のない適当な城攻めをして、セティ軍を待ちます。遅れてきたセティ軍と入れ替わり、一度後退しますが、それこそが閉じ込める檻。城攻めを始めたセティ軍を、シガラ軍、城の守備兵、潜んでいた城外の兵、一挙に三方向からこれを攻撃し、殲滅します。道中の嫌がらせで神経をすり減らし、ようやく城に到着したと思ったら、三方向から攻め立てられる。しかも、友軍と思っていたシガラ軍に攻撃されたとなると、対処が大いに遅れるでしょう。いかな精鋭と言えども、これでたちまち全滅です」



「なるほど、城そのものを受け皿にして、退路のない状態から一気に攻めかかるというわけか。うむ、面白い策だ」


 ヤノシュは十分の勝算ありと判断し、頷いて賛意を示した。他の騎士達からも肯定的な意見も多く、これでいいのではと言う流れになってきた。


 そこに挙手が入った。手を挙げたのはアルベールであった。



「一兵残らず殲滅するのが難しいな。なにしろ、その誘い込んだセティ軍の中には、サーディク王子も含まれているのだろう? 貴重な人質を損なうわけにもいかんし、火の大神官様の大火力も活かしきれないのでは?」



「アスプリク様には、火力抑え目でぶっ放してもらうわよ。それと各部隊は、サーディク王子から目を離さず、できれば合図を送って互いに位置を確認しておくこと。うっかり殺しましたじゃ、価値のある人質が価値のない死体になってしまいますからね」



「怖いなあ、ヒサコ殿は」



 ヤノシュはわざとらしく肩をすくめつつ、ヒサコの策を称賛した。やはり、戦の心得のある者としては、包囲殲滅はやってみたいことではあるからだ。



「で、一兵残らず殲滅できれば、後方で待機している第二王子ジェイク殿下を前線に呼び寄せます。『城がじきに陥落いたしますので、検分をお願いします』とでも言ってね」



「そこを待ち伏せて捕らえるというわけか。なら、セティ軍が囲みを突破して、ジェイク王子との部隊と合流した場合は?」



「そうなった場合は、シガラ軍とアーソ軍が共同で正面から当たり、殲滅しましょう。主力であるセティ軍が大打撃となれば、数の上で有利となり、押し切れるでしょう。これで四人中三人がこちらの手の内となります。あとは残った第一王子のアイク殿下は、私が誘い込みますよ。なにしろ、アイク殿下は私にお熱ですからね。軽い軽い♪」



 四人の王子王女が残らず捕縛して完了。あとは王都にいる国王と有利な条件で交渉を進めればいい。それがヒサコの披露した考えであった。


 勝算は十分にあるし、あとはシガラとの連携次第である。



「しかし、教団側が王家の意向を無視して、“聖戦”でも発動したらどうなるだろうか?」



「その可能性は十分にあります。そうなった場合は、四人の人質を“解放”します。教団が王家の滅亡を許容したという事実がありますし、派手に噛み合ってくれるでしょう」



「なるほど。人質がいるのに攻撃してきたとなれば、それを見捨てたという意味だからな。アスプリク様は当然としても、他の王子達も快くは思わんだろう。あとは、実際に噛み合ってくれるかどうか。“聖戦”が発動して王家が動かないとなると、一方的に殲滅されるだけだ」



 カインとしては、そこが最大の懸案事項であった。


 “聖戦”は教団が信徒に対して発動する参戦の呼びかけであり、この宣言がなされると完全な敵対者と見なされるようになり、邪教徒として根絶やしにされることを意味していた。しかも、その際の手段はあらゆる手段を神より免罪されるとされ、乱取も当たり前のように発生する。


 実際、過去の歴史においては、異端派を匿った領主が討伐の憂き目にあい、略奪狼藉は言うに及ばず、そこの領民も一人残らず殺されるか、あるいは売り飛ばされるかしたのだという。


 戦において、“なんでもあり”になるということは、どんな汚い手段も正当化されることを意味していた。亜人との戦闘でその手の事には慣れていたが、亜人よりも知恵の回る人間相手でそれをやられると、また意味合いが違ってくる。


 特に、教団は多くの術士を抱えているので、それらが手段を問わず襲い掛かってくるのは、正直実数以上に厄介な出来事なのだ。



「はっきり言ってそこまでの保証はできませんわ。あたしが考えていますのは、“今回”の戦の事であって、“以降”の戦の事ではありません。カイン様、はっきりと申し上げますが、領内に戦火が及ぶのが嫌だと申されるのでしたらば、全面降伏なさいませ。先に述べました第一策を採用し、ご自身が泥を被って逃亡なさいませ。そうなればアーソの地が炎に包まれることはございません」



 むしろ、ヒサコとしては、そちらを採用してほしいところであった。無傷でアーソを手に入る機会が巡って来るし、あとは偽手紙の一件がばれないようにするために、リーベを暗殺すれば今回の一件は片付く話であるからだ。


 だが、周囲はすでに徹底抗戦の意思で固めており、あとはカインの決断だけであった。


 飛び交う声も、カインに対して徹底抗戦をやりましょうと促しており、その声が耳に刺さる度にカインも悩みが増していった。



「父上! イルドのことを思い出してください! あの恥辱を、再び領民に味合わせるおつもりか!」



 ヤノシュも完全にやる気になっており、カインにとっては一番痛いところを突かれた。同時に、あの屈辱が脳裏に浮かんできた。


 奮戦し、そして、戦死した息子を、教団の大司祭が足蹴にするという、耐えがたい辱めを受けたのだ。それを考えると、やはり父親として息子の無念を晴らしてやらねばという感情が湧いてきた。


 そして、意は決した。



「戦うぞ、皆の者。我らの魂は我ら自身の物! 神自身にならいざ知らず、神の使徒を僭称する汚れた聖なる山の住人に捧げるべきものではない!」



 カインの宣言に皆が湧き立ち、一斉に拳を振り上げた。


 教団に対して溜まりに溜まっていた鬱憤を、ついに晴らす時が来たのだと怪気炎を上げた。



(結構な戦力差だというのに、ここまで熱を上げれますか。まあ、策でグチャグチャにしてやるつもりですから、楽しみにしていてくださいね。討伐軍あちらも、そして、反乱軍こちらも、両方をですよ)



 密やかに思いつつも、ヒサコは周囲に混じって同じく拳を高らかに掲げ、鬨の声を発した。

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