5-37 軍議! 敵も味方も構わず殺せ!(後編)

 ヒサコにとって最も都合の良い作戦は却下された。


 だが、これにはさほど期待していなかったため、すぐに次善策を提示した。



「まあ、やはりそう仰られるとは思っておりました。誇りは大いに傷つきますが、血を流さずに済む唯一の方策でありましたので、一応形として提案させていただいたまでです。ゆえに、本命の第二策を出させていただきます。ズバリ、シガラ公爵と共同歩調を取り、異端審問の討伐軍を殲滅いたします!」



 一転して発せられたヒサコの強気な発言に、騎士達は関心を示してきた。なにしろ、大嫌いな教団の連中やそれに同調する貴族連中に対して、堂々たる戦を仕掛けれるからである。


 しかもシガラ公爵家と共同歩調を取れるのであれば、勝率はグッと上がる。やってやれなくはないという意気込みが熱を帯びてその場に漂い始めた。



「ヒサコ殿、勝算はあるのか?」



 まだ決断をしかねていたカインがヒサコに尋ねてきた。


 実のところ、カインはヒサコの提案した第一策の方をこそ採用しようかと考えていた。領民のことを考えれば、あるいは国家としての防衛体制を考えれば、自分が泥を被るのが一番だと考えたからだ。


 ところが、家臣らが揃いも揃って、その意見に反発したため、その意を示す機会を逸していたのだ。


 そして、次に飛び出したのは徹底抗戦論だ。シガラ公爵家と密やかに繋がり、策を弄せば勝てなくもないだろうが、勝った後はどうするのかという不安が拭いきれなかったのだ。


 勝ったとしても、次から次へと討伐軍が送られてくるであろうし、そうなると戦力的には地の利があっても当然不利となる。


 しかも、最前線で内戦などやっていれば、ジルゴ帝国がいよいよ攻撃してくる可能性も高まる。


 そうした不安定な状況が、カインをより慎重にさせていた。



「勝機はございます。なぜなら、今、ケイカ村からこのアーソの地に至る比較的狭い地域に、四人の王子王女が“全員”揃うからです。もし、四人全員を生け捕り出来たらばどうでしょうか? しかも、そのうちの一人はすでにこちらと繋がっており、上手く内部より誘導してもらえれば、その可能性も大いに上昇します」



「なるほど。そうなれば、王国としては大打撃。場合によっては、人質を盾にして、王家と教団に楔を打ち込み、対立させることも可能か。悪くない着眼点だ」



 ヤノシュもヒサコの意見に賛意を示し、他の騎士からも同様に賛成の声が上がった。



「しかし、問題もある。おそらくは、討伐軍の中にセティ公爵軍も含まれているはずだ。あそこも戦慣れしている精鋭揃い。あれをどうにかしないと、まず勝機はないぞ。特に第三王子のサーディクとの関係は緊密で、サーディクの捕縛を考えた場合は、セティ公爵の撃破ないし分断は必須だ」



「カイン様の御懸念もごもっともです。ゆえに、セティ公爵軍は“撃破”いたします」



 自信を持って言い切るヒサコに、居並ぶ騎士達は大いに驚いた。なにしろ、セティ公爵軍と言えば王国でも最強と名高い精鋭であり、三千の兵で他家の一万の兵に匹敵する、と謡われるほどだ。


 真っ向からぶつかったら、まず勝てない相手である。辺境伯軍も精鋭揃いではあるが、全軍揃えても千、徴募兵を加えて三千を超えるかどうかという数しかいない。


 地の利がある分、同数であれば負けるつもりはないが、兵力数で確実に負けるのは目に見えていた。


 なにより、農民から徴募兵を集めたとしても、兵数は増えても質は落ちるので、やはり厳しい事には変わりない。


 そんな敵の精鋭部隊を澄まし顔で“撃破”宣言をしたのだ。驚くのも無理はなかった。



「地の利を最大限に活かします。まずは地図をご覧ください」



 ヒサコは机の上に広げられた地図に目を落とすと、皆もそれに倣って視線を向けた。そして、自身は身を乗り出し、指をさした。



「まず、ケイカ村の方から進軍してきた場合、千名以上の部隊を城まで進軍させるとなると、通れる道は中央の大道、それとここかここ。この三本になるでしょう」



「だな。他は遠回りになり過ぎたり、細くて使いにくかったりするからな」



「で、そうなりますと、中央の大道を封鎖しておけば、残りは二本。片方をシガラ公爵軍が、もう片方がセティ公爵軍が進んでくることでしょう。そこで、皆さんには城から討って出てもらいます。主目的はセティ公爵軍への遅滞戦闘。相手の進軍速度を鈍らせ、シガラ公爵軍が先に城に到着するようにします」



「おお、それなら容易い。なにしろ、ここは我らの庭。セティ軍への嫌がらせは任せておけ。シガラ軍は素通りさせてやればいい」



 領内で戦う以上、地の利は辺境伯軍にあり、時間稼ぎなど容易いと皆々が口にした。


 だが、ヒサコはバァンと机を叩き、いきなりの態度の豹変に何事かと皆が驚いた。



「何をバカなことを言っているのですか! ちゃんとシガラ軍にも攻撃してください! 裏で繋がっていようが構わずに攻撃して、遠慮なくこちらの兵を殺してしまってください! こちらもそちらを殺すつもりで反撃しますから!」



「ヒサコ殿、正気か!? 同盟者を攻撃するなど……。まして、遠慮なく兵を殺せ、だと?」



「戦場での信用とは、流れ出た敵味方の“血の量”で決するのです!」



 ヒサコの過激な言動に、さすがの居並ぶ面々も少し引いた。だが、なによりも恐ろしいのは、目の前にいる十七の娘が、数多の戦場を潜り抜けてきた古強者のような雰囲気をまとい始めたことに、皆が敏感に感じ始めた。



「分散して進軍する以上、必ず双方はお目付け役を配しましょう。そのお目付け役をあざむく意味があるのです。表向き、シガラ軍は討伐軍です。アーソ辺境伯軍を殲滅するために軍を進めるのです。そこに一片の疑いすらあってはいけません。ゆえに殺し、殺され、血を流し、流させ、完全にシガラ軍をあちら側だと誤認させるのです」



 スラスラ述べられる口上に、全員の肝が冷やされていくのを感じ取っていた。戦場を知らないはずの十七の娘の口から出てきていいはずのない、あまりに現実離れした感覚が騎士達に広がっていった。


 それはカインやヤノシュも同様であり、目の前の娘と婚儀を結んで招き入れて良いものかどうかと、本気で悩み始めていた。


 そんなヤノシュにヒサコはポンと肩に手を置き、そして、微笑んだ。



「敵の目を欺くために、味方であろうと殺す。ヤノシュ様、“人を欺く”とは、これくらいしてやらないとダメなのですよ」



 あまりに不気味な笑みであった。人を殺めることに何の躊躇もなく、後悔すら感じさせない、そんな意味がヒサコの笑みに込められているとヤノシュは感じた。


 これほどの恐怖を、今まで感じたことなどなく、まして自分より年下の娘に味合わされるとは思ってもみなかった。背筋どころか、全身冷え切り、言い表せぬ寒気が襲ってきた。



(なんだこの違和感、いや、本当におかしいんだ。なんで若い娘がこんな雰囲気をまとえるのだ。何をどんな経験を積めば、こんな辛辣な行動を取れるというのだ!?)



 そんな冷え切った背筋や気分を抱え、ヤノシュは不気味過ぎる娘を見つめた。


 言い表せぬ不気味さを感じつつ、会議は続くのであった。

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