5-36 軍議! 敵も味方も構わず殺せ!(前編)

 砦の崩落現場の調査や撤去は部下に任せ、ヤノシュはヒサコらを率いて城へと戻っていった。


 そして、主だった者に召集をかけ、シガラ公爵ヒーサよりもたらされた急報を披露した。


 皆が揃ってそんな馬鹿なと考えたが、わざわざ密使を送ってまで知らせてくるということは事実である公算が高いと考え直し、善後策について話し合われた。



「正直なところ、勝てるのか? 悪霊黒犬ブラックドッグの始末が終わっておらず、足場がグラついている状況だ。そこを討伐軍に乱入されたら、守り切るのは不可能だぞ」



「第一、教団も分かっているのか!? アーソの地が崩壊すれば、そこからジルゴ帝国の亜人共がなだれ込んでくるかもしれないというのに!」



「安全な後方でヌクヌクよろしくやっている連中に、前線の気苦労なんぞ理解できるか!」



「己の利益のみで、国の防壁を損なおうとしているようにしか見えんわ!」



 誰も彼も怒りの矛先を教団側に向けていた。“術士の独占的運用”という教団最大の特権が、色々な場面で弊害が出てきているというのに、それを一向に改める気配のない王都の連中にも腹立たしい思いもあった。


 何もかもが邪魔にしか感じない。必死で国境の防備を固めているというのに、それを邪魔している気がしてならないのだ。



「まあまあ、皆さん落ち着いてください。熱が上がり過ぎて議論ができません。まずは気を静め、問題を一つ一つ整理していきましょう」



 皆が白熱して罵詈雑言を飛ばす中、唯一冷静なヒサコが荒れ狂う人々をどうにか落ち着かせようと宥めに入った。


 すでに実質的に辺境伯軍の参謀のような立ち位置を確保しており、また貴重な情報をいち早くもたらしてくれたシガラ公爵の妹と言うこともあって、その言葉には皆がちゃんと聞き入った。


 そして、ある程度の落ち着いたのを確認してから、ヒサコは再び口を開いた。



「まず、領内の争乱の端緒となった黒犬ですが、あたしはもう昨夜の砦襲撃が終わった後、引き揚げたのではと考えます」



 ここで二つの推論が披露された。崩落した砦が黒犬の仕業であることと、その黒犬が引き揚げたということだ。



「ヒサコ殿、黒犬が引き揚げたという根拠はなんだ?」



「危険を冒してまで、辺境伯領内で暴れる必要がなくなったからです。なにしろ、これから異端審問の討伐軍がやって来て、辺境伯領がめちゃくちゃになりますから」



「それでは、一連の動き全てが、黒犬の考えたことだと!?」



「もしくは、その背に潜んでいる飼い主が、です」



 無論、ヒサコにはその確信があった。言うまでもなく、黒犬つくもんの飼い主は自分であり、色々と小細工を弄してきたからだ。


 これに気付いているのは、ヒーサ・ヒサコを除けば、“共犯者”のテアと、“お友達”のアスプリクだけであった。



「考えてもみてください。今回の一連の動きは、全て辺境伯領を混乱に陥れることを企図しています。未遂に終わりましたが領主親子の暗殺から始まり、威力偵察からの隙を見ての砦強襲。あげく、どこで調べたのか、領内の秘事を暴露する周到ぶり。なぜバカ司祭のリーベを間に挟んだのかは不明ですが、全部が辺境伯領にとって不利になる事ばかりです」



「やはり、ジルゴ帝国の知恵者が噛んでいる、と」



「もしくは、アーソの地に野心を抱く王国内の誰か、と言う線もありえるかもしれません」



 さすがにヒサコのその一言には、場が一気にざわついた。辺境伯領と言う緊要地を強奪するなど、防壁穴を空ける愚行である。それこそ、ジルゴ帝国に隙を晒すようなものであった。



「となると、一番怪しいのは、セティ公爵ではないか? あのバカ司祭の出身でもあるし」



「もしくは王家やもしれんぞ。三男のサーディク殿下に前線を任せるために、我らの排除を狙ってきたのでは?」



「教団が狙ってきたとかか?」



「いや、それだとバカ司祭を挟む理由がない。やはり単純にジルゴ帝国からの策謀では? 黒犬をけしかけれるなど、人間のやり口とは到底思えぬ」



 あれやこれやと意見が飛び交うが、どれも決定打に欠ける意見であった。


 場の混乱はヒサコとしても望むべきことであったが、上座のカインは考えに耽っているようで、腕を組んで唸っており、ヤノシュも議論に参加しつつも、やはり決定打を見出すには至っていなかった。



(辺境伯領の皆さんの視点だと、完全な敵は『教団』と『帝国』で、疑心を抱く相手は『王家』と『セティ公爵家』ってところね。孤立無援もいいところよね。頼みの綱は『火の大神官』と『シガラ公爵家』だけど、援軍としては弱い。フフッ、どうするか悩ましいわよね~。さて、熱を帯びてきたし、そろそろ本題に移りましょう)



 ヒサコもそろそろ“自分の思い描いている”結論に達してほしかったので、仕掛けに入った。パンッと勢いよく手を叩き、議論を中断させた。


 そして、注目を自分に集め、口を開いた。



「犯人捜しをやったところで無駄でしょう。なにしろ、周囲全部が辺境伯領を“敵”と見なして殺到してくるのですから。ゆえに、取るべき手段は二つだと、私は考えております」



 ヒサコの言う通り、どの勢力も辺境伯領に戦力を投入し、潰そうとしてきているのは感じていた。下手な犯人捜しで訴え出たところで、術士の隠匿がバレた以上は、どう取り繕うとも無駄であった。


 かと言って、ジルゴ帝国に恭順するなど論外であった。人間種と敵対する亜人や獣人の国であり、手を取り合うなど不可能であった。


 その八方塞がりの状況にあって、策を二つも用意するとはさすがだと、ヒサコの言葉を待った。


 注目が集まったのを確認し、ヒサコは話を続けた。



「では、第一策。今回の騒動の罪をカイン様とヤノシュ様に背負っていただき、全面降伏します」



 きっぱりと言い切るヒサコに、当然なんだそれはと言わんばかりの強い反応があった。


 実のところ、ヒサコとしてはこれを採用してもらうのが一番楽なのだ。


 術士の隠匿は領主一家と一部の騎士が勝手にやっていて、他の者達は知らぬ存ぜぬで通す。隠れ里の人間も事前に逃亡させておき、カインとヤノシュと共にシガラ公爵領で匿うという算段だ。


 これが成れば、術士の確保に加えて新事業の人手を増やすことができる。


 しかも、アーソの地は戦火を免れ、無傷の状態で他の人間に渡るのだが、その他の人間には第一王子のアイクをあてがい、そのアイクの“妻”としてヒサコを結び付ければ、全てが丸く収まるのだ。



「反対だ。聡明なヒサコ殿とは思えぬ暴論だぞ」



 一番強烈な反応を示したのは、騎士アルベールであった。



「そもそも、我らはすでに教団をいずれは排斥するつもりで動いている。ご領主様に罪を押し付けて一時の安寧を得られたとしても、それは教団の連中がさらに領内を我が物顔で歩き回り、我々はそれに頭を下げねばならなくなるのだ」



「お気持ちは分かりますが、彼我の戦力差をお考え下さい。このままではこのアーソの地が灰燼に帰してしまいます。そうなってはみすみす帝国の侵攻を誘うようなもの。避難される領主御一家や隠れ里の皆様は、我が公爵家が責任をもってお世話いたしますし、いずれ必ずアーソの地を踏ませることを確約いたしましょう」



「それでも、だ! ヒサコ殿、我らは二年前に大いなる恥辱を教団より受けた。二度目はもう沢山だ! 主君を贄に捧げて生き延びるなど、騎士として恥ずべきことであるし、妹を売り飛ばして安寧を得るなど人として許されることではない!」



 アルベールの妹ルルは術士であるため、領内からの退去をせざるを得なくなる。それをアルベールは何よりも嫌がっていた。


 そんなことをするくらいなら、敵陣に真っ向から切り込み、討ち死にした方がましだと言わんばかりの勢いでヒサコに食って掛かった。


 周囲の騎士も同様のようで、アルベールの意見に賛意を皆が示していた。



(う~ん、やっぱり虫が良すぎたか。土地への愛着、家族との絆、断ち切りがたいものよね)



 家族への絆は“ほぼ”持ち合わせていないヒサコであったが、それ以外の物欲に関しては人一倍強く、こだわりの強い数奇者であるため、なんとなく理解はできた。


 築き上げた城や、開発した領地を召し上げられるのは、元武士として耐えがたい事であり、ここに居並ぶ騎士もまたそれに殉じようというわけだ。


 土地との絆は武士にとって最も強烈な願望であり、松永久秀の魂はそれを敏感に感じ取っていた。

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