5-33 瓦礫を撤去せよ! 救助される悪役令嬢!

「な、なんということだ……」



 瓦礫の山と化した砦を見ながら、ヤノシュは茫然と呟いた。


 昨晩はいよいよ悪霊黒犬ブラックドッグとの決着をつけるべく、部隊を率いて意気揚々と出撃したのだが、またしても空振りに終わり、取り逃がしたと無念のほぞを噛んだが、朝になってから帰城した彼の下にとんでもない報告が飛び込んできた。


 曰く、教団の駐留部隊の駐屯している砦が何者かに破壊され、全滅したというのだ。


 ヤノシュも彼の部隊も眠気と疲労がその一言で吹っ飛び、急いで現場に駆けつけてみると、見るも無残に砦が瓦礫の山と化し、敷地内の建物の七割方が崩落している有様であった。


 昨夜はヒサコの提案により、ヒサコ自身を派遣して、待機命令で鬱積しているかもしれない駐留部隊への慰労と、情報収集を兼ねて宴席を設けていたのだが、そこにこの悲劇が襲い掛かったというわけだ。


 何かしらの原因で建物の崩落が起こったのか、あるいは何者かの破壊工作なのか、それについても調べねばならなかったが、それ以上にヤノシュには重要な案件があった。



「ヒサコ殿! ヒサコ殿はご無事か!?」



 現状、ヤノシュにとっては父カインに次ぐ重要人物であるヒサコが、慰問と“敵情”視察のために、この砦に訪れていたのだ。


 部下に命じて探させると同時に、自身もまたあらん限りの声を張り上げ、ヒサコの行方を探した。


 瓦礫の下敷きになって潰されている可能性も高く、慎重に歩きつつ、大声で呼び掛けた。


 そこに部下の一人が崩れた居住区画の方で人の声がすると報告があり、ヤノシュは急いでそちらに向かった。


 居住区画も広間のあった中央部ほどではないが、建物はかなり崩落していた。



「誰か生きているのか!?」



 ヤノシュは大声でがれきに向かって叫んだ。



「その声はヤノシュ様ですか!? ヒサコはここにいます!」



「おお、無事であったか!」



 瓦礫の下からヒサコの声が届き、ヤノシュはひとまず安堵した。



「ヤノシュ様、あと二名、埋まったままになっております。生きてはいますが、身動きが取れません!」



「了解した。おい、急いで瓦礫をどかせるぞ!」


 ヤノシュやその部下達は急いで瓦礫の撤去にかかった。荷重が変わってヒサコが潰れないように丁寧にどかしていき、そして、ベッドの下に身を隠していたヒサコの姿が見えた。



「お、やっと明かりが差し込んできました」



「ヒサコ殿、今少し待っていてください!」



「ほいほい~」



 埋まっているのに妙に余裕な態度であり、この極限状態にも動じない精神力はさすがだとヤノシュも、他の部下達も感心した。


 そして、どうにか瓦礫の撤去が終わると、そこから三人の人物が這い出てきた。


 まずはヒサコ、次に教団駐留部隊の副団長ブラハム、最後にヤノシュの見覚えのない“赤毛”の侍女メイドが出てきた。



「うぁ~、酷い目にあった」



 ブラハムは陽の下にやっと出れたので、すっかり固まった体を動かし、筋肉をほぐした。しかし、二日酔いのせいか、まだ頭がグラグラしているようで、足取りが僅かに重そうであった。



「ブラハム殿もご無事でしたか」



「おお、ヤノシュ殿か。助かったぞ。して、他の同胞は!?」



 食いつくように尋ねるブラハムであったが、それに対してのヤノシュの回答は“否”であった。首を横に何度も振り、天高くそびえる瓦礫の山を刺した。


 ブラハムには残った建物の配置から、昨夜あれほど楽しく過ごした広間があった辺りであることに気付き、膝をついて倒れ込んでしまった。



「くそ……。なんたることだ! よもや、酔いつぶれて運び出された自分だけが助かってしまうとは! 神はかくも残酷なる仕打ちを、我ら教徒にお与えになったのだ!?」



 ブラハムの言葉からは悔しさや無念の感情があふれ出ており、自分が助かった事の安堵より、仲間を全員失った悲しみの方が増さっているようで、何度も拳を地面に叩き付けた。



「ヒサコ殿、いったい何があったのだ?」



「分かりません。昨夜、酔ったブラハム様を部屋に運んでおりますと、いきなりの轟音が響き渡りましたので、咄嗟にベッドの下に潜り込み、運よく難を逃れた次第で……。なぜ砦が崩落したのかは、理由は分かりかねます」



「そうか……」



 このとき、ヤノシュはヒサコが嘘を付いていることがすぐに分かった。仕草がどうにもぎこちないし、何か言い辛そうな態度を示していたからだ。


 その理由は簡単だ。すぐ目の前にブラハムがいたからだ。


 ブラハムは教団関係者であり、教団側には秘しておきたい情報が山ほどあるのだ。こんな状態では、胸中に秘めている言葉を表に出すのも難しいのであった。


 ならばと、ヤノシュは即座に動いた。



「ブラハム殿、心中お察しいたします。ですが、悲しんでばかりはおられますまい。今はご自身が助かったことをよしといたしましょう」



「だが、そうは言ってもな……」



「まあ、とにかく気分が優れぬようですし、今は休みましょうぞ。村の方に手筈が整っておりますので、まずはそちらでお休みください」



 すっかり気落ちしてしまったブラハムはそのまま兵士に抱えられえ、半ば追い出されるも同然に村の方へと運ばれていった。


 怪我の治療と銘打つも、体のいい厄介払い以外の何ものでもなかった。

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