5-32 工作完了! あとは救助されるのを待つだけです!

 砦は崩落した。


 黒犬が的確に柱や梁を破壊し、結果、自重に耐えられなくなって崩落した。


 教団関係者はヒサコが酔い潰した上で連れだした一人を除き、瓦礫の下に埋まってしまったが、別棟の厨房にはまだ村人が後片付けのために詰めており、砦が崩壊した音で寄ってくるのは確実であったため、さっさと姿を隠さねばならなかった。


 黒犬つくもんも崩落した砦より退避し、物陰に潜んだ。 



(よしよし。いい塩梅ね。じゃ、仕上げに、あたしのいる部屋を軽く破壊して、生き埋めになさい。ベッドの下に潜んでいるから、それが潰れない程度にね)



 黒犬つくもんは【影走り】を使って闇夜に溶け込みながら、ヒサコのいる部屋に飛び込んだ。そこは寝室になっており、ベッドの下からは手が伸びていた。


 ヒサコがそこに隠れているのがすぐに分かり、黒犬つくもんは部屋を引っ掻き回した。隠れているベッドを除いて、棚や他のベッドをひっくり返したり、あるいは壁や天井を軽く破壊して、ヒサコの周囲が覆い隠されるように上手く潰して回った。



(うん、そんなもんでいいわ。これで自力で出れないくらいには埋まったかな)



 黒犬つくもんの視点から埋まり具合を見てみると、石材木材が折り重なり、外から数人がかりでどうにか取り除かなくては脱出できないほどに埋まっていた。



(ほい、黒犬つくもん、ご苦労様。後は現場を離れて森の中で待機)



 ヒサコはベッドの下でがれきに埋まりながら黒犬つくもんに指示を飛ばした。鍋を被ったままの不格好であったが、どのみち誰にも見られることもないお茶目な一幕だ。


 黒犬つくもんは指示通りに素早く走り去り、気配はすぐに消えた。


 そして、ベッドの下にワザと生き埋めにされたのは、ヒサコ、テア、そして、酔い潰されて気を失っているブラハムの三人であった。



「さて、後は救助が来るまで一休みしてましょう。どうせ、夜中の内は誘導しておいた誰もいない場所を、辺境伯軍が必死に黒犬つくもんを探し回って、ここに助けに来るのは翌朝になるでしょうし」



「うへぇ~、この状態のまま朝までか~」



 硬い床に直接寝転がるのは、周囲は瓦礫で埋まっているために身動きできないからで、寝る環境としては最悪であり、テアは露骨に嫌そうな顔をしながらぼやいた。


 おまけに、酒臭い男が真横で大いびきをかいて眠ってるのだ。匂い的にも最悪であった。



「でも、わざわざこんな手の込んだことする必要あったの? そりゃあ、酔い潰した上で奇襲すれば、手際よく始末することはできるでしょうけどさ」



 テアの疑問はそこであった。教団関係者が邪魔なのは分かっていたし、それを排除するのも当然と言えたが、それにしてはかなり回りくどいやり方をしていた。しかも、わざわざ生存者を一名用意した上で、他を皆殺しにするというこれまた面倒な方法であった。



「女神様さぁ、もし謀反が起こっているかもしれない場所にいる友軍が、全滅したという情報が入って来た場合、どう判断するかしら?」



「消された、って判断するわね、当然」



「謀反を起こすのに、領内にいる敵対勢力を放置するなんて有り得ないからね」



「ああ、そうか。黒犬つくもんがやったって証拠がない状態で皆殺しだと、一番怪しくなるのは辺境伯ってことになるのか」



 相も変わらず、都合のいい情報だけを表に出し、誤認させて迷走を促す手法は今回も健在であったというわけだ。辺境伯も、教団関係者も、ことごとくこの悪役令嬢の掌の上で踊らされ、そして、最終的には激突するという寸法であった。


 火種を用意し、油を撒き、自分が安全圏に移動したところで火を着ける。あとはこんがり焼けるまで待ち、美味しくいただくという計画なのだろう。



(ほんと、こいつはどこまで読み切ってるんだか。あの宴会の席でのことも、全部計算づくで動いていたってことだもんね)



 酔わせて動きを鈍らせる殺しの前振りと、教団側が確実に信用する証人の確保、それをきっちりこなしたのだから大したものだと感心した。


 とは言え、テアとしては素直に納得し難いことでもあった。



「五十六回……」



「なにが?」



「お尻を触られた数よ! 五十六回も撫で回された! あと、胸にもさり気無く酔っぱらったふりで、十回も触られたり、飛び込まれたりしたわよ!」



「あ、負けたわ~。あたしは四十二回に、胸へのは全部回避」



「かわして良かったの!?」



「かわしちゃダメなんて、一言も言ってないわよ。お尻はともかく、胸触られるのは配膳の邪魔でしょう? そこまで面倒見きれないわよ」



 きっぱりと言い切られ、テアは自分の喰らい損であることを通達された。今更ながら怒りとなって浮かび上がってきたが、すでに全員が死んでおり、空振りする怒りが虚しく漂った。



「さあ、体力温存のために、さっさと寝ましょう。明日は一気に情勢が動き出すわよ」



「今からケイカ村に戻って、温泉に入り直したい」



「いい案ね。でも、かなり時間かかると思うわよ、それ」



 そう言いながら、ヒサコはこの世で最も貴重な鍋を抱き締めつつ、目を閉じて眠りに入った。


 やれやれこれからどうなることか、とテアは思い悩みつつ、続けて眠りに入っていった。

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