5-30 飲み比べ! 相手を酔わせて、命を狩り取れ!

 ヒサコの提案を受けて場が大いに盛り上がり、会場のあちこちから歓声が上がった。


 何しろ、勝負に勝てば、目の前の麗しき美女を二人同時に相手にしてもいいと言うのである。


これで盛り上がるなと言う方が無理であった。



「よっしゃ、見とけよ。今宵は美しい女神と天上界へ旅立つぜぇ!」



「よっ! 待ってました、副団長!」



 周りから囃し立てられ、副団長と呼ばれた男は握り拳を高らかに掲げ、歓声を浴びながらヒサコに歩み寄った。


 副団長と呼ばれるだけあって、中々に場数を踏んだ戦士のようで、鍛え上げられた肉体に、大きな切り傷のある頬が特徴的な男だ。



「あら、いい男。お名前をお伺いしても?」



「護衛戦士団副団長のブラハムだ。へっへ、悪いが勝負は本気で行かせてもらうぜ」



「受けて立ちましょう」



 ヒサコとブラハムは机を挟んで腰かけ、テーブルの上に酒瓶を置き、お互いの前にグラスを置いた。


 ヒサコは値踏みするように相手の顔をよく観察していると、相手もまたヒサコの顔をじっくりと眺めてきた。互いの視線がぶつかり合い、どちらもやる気満々であることを相手に見せつけた。



「それで副団長さん、勝ったらどちらをお持ち帰りします?」



「当然、目の前の女ぁ!」



「あら、嬉しい。では、始めましょうか」



 酒瓶を傾け、それぞれのグラスに酒を注ぎ、どちらともなくグイっと飲み干した。


 ガツンッというグラスを机に勢いよく置く音が響き、それから少し遅れて拍手が飛び交った。



「いい飲みっぷりだな、お嬢ちゃん。これは潰しがいがあるってもんよ」



「そちらが先に潰されないようにね」



 再びグラスに酒が注がれ、これまた互いにグイっと一飲み。


 そして、遅れて響く拍手。囃し立てる声もまた、ますます熱を帯びてきた。



「いいぞ、姉ちゃん! 副団長なんて、潰してしまえ!」



「副団長には気を付けろ! 絶対なんかやばそうな病気抱えてるから!」



「お前ら、どっちの味方だよ!?」



 少し酒が入って気分が上がっているブラハムは、応援してくれない友軍の薄情さに抗議しながらも、顔はニヤニヤ笑っていた。



「おうおう、お前ら、分かってんのか? 俺が目の前の女ぁ酔い潰したら、もう一人も手に入るんだぞ。さてさて、誰におすそ分けしてやろうかな~?」



「「頑張ってください、副団長!」」



 見事な手のひら返しに、ブラハムは大笑いしたあと、再び酒を一気に飲み干した。ヒサコも少し遅れてグイっと飲み干し、再び拍手が沸き起こった。


 この際、ヒサコはテアに視線を向けると、何やら給仕をしていた村人と話しており、一人また一人と広間から出ていった。



(察しがいいわね、女神様。まあ、私はここに居る馬鹿どもを皆殺しにできれば、多少村人に被害が出ても許容するつもりだったんだけどね~)



 そろそろ仕掛けることを察したのか、テアは村人の避難をそれとなしに始めたようで、これで心置きなく暴れられるとヒサコは飲み比べを続けた。



「さあ、副団長さん、次で四杯目ですよ。そろそろ頭に槍がぶっ刺さった感じがしてきませんか?」



「お嬢ちゃんこそ、人前で無様に吹き散らす前に、降参した方がいいぜ」



「是非もなし!」



 更に酒を呷り、勢いよくグラスを机に置いた。


 そして、再び沸き起こる拍手と歓声。囃し立てる側も実に楽しそうで、とても清貧を旨とする教団の連中とは思えぬほどの乱れっぷりであった。



(まあ、結局のところ、こいつらも望まぬ神殿入りを強制された連中が多いでしょうしね。術士は特に。護衛戦士団にしても、大半は食い扶持求めて仕方なくってのも多いでしょうし)



 勢力を拡大していけば人手はいるし、その勧誘も大きくなりすぎると雑になりがちだ。目の前の連中の質の低さを見れば一目瞭然だと、ヒサコはほくそ笑んだ。


 士気も練度も大したことはない。辺境伯軍に比べて、明らかに見劣りがするし、何より邪魔になるし、生かしておくべき理由が何一つない。


 まずは茶番を終わらせて、本番にさっさと移ろうと、ヒサコは飲むペースを上げた。


 そして、異変が起こったのは丁度十二杯目を飲み終わったところであった。


 ヒサコは演技でふらつきながらもどうにかグラスを机に戻し、一方で副団長もグラスを机に置いたのだが、置いた勢いのまま自分も床に倒れ込んでしまったのだ。


 倒れる副団長、酔っ払い(演技)ながらも椅子に座ったままのヒサコ。騒然となる周囲の人々。勝負は決まった。



「ひへぇ~い、あらしの勝ちぃ~♪」



 呂律の回らぬフリをしつつ、腕を振り上げ、ヒサコは高らかに勝利宣言をした。



「うぉ~! すげ~ぜ、姉ちゃん!」



「うっは、副団長、挑んでおいてそれはないですよ~!」



「はぁ~、つっかえ。辞めたら、副団長」



 無責任な観衆からの様々な声が飛び交い、それに応えるかのようにヒサコは手を振り、そして、倒れた副団長の側で跪いた。



「いけまへんね~、いけまふえんよ~、副団長~。テア、このひろ運うわよん」



 なおも酔っているフリを続け、ヒサコは呼び寄せたテアと一緒にブラハムの腕を肩に担ぎ、ゆっくりと起こした。



「みらさん、こん哀れな敗北者を~、寝かせてきますんで、そのまま飲んれれくらさい!」



 完全に酒に潰され、ぐったりとしているブラハムを抱え、歓声に送られながら広間を後にした。


 それと同時に、ヒサコはシャキッと演技を止めた。



黒犬つくもん、出番よ。仔犬に擬態し、広間に突入。こっちが合図を送ると同時に、擬態を解除して全力で殺るわよ!)



 興奮している標的達、何食わぬ顔で広間を出る自分達、色々と証言をしてもらうためにこれから起こる“惨劇”以外のすべてを見てもらった目撃者。


 これで条件はすべて整った。


 村人の巻き添えも想定していたが、幸いそちらはテアがすでに避難を完了させていた。今は夜も遅くなってきたので帰ったか、もしくは厨房に待機している片付け要員だけだ。


 あの広間の連中を皆殺しにしても、なにも問題ないということだ。


 そして、あとは自分達が所定の場所まで移動すれば、いよいよ殺戮劇の開始だと、ヒサコは抱えるお荷物とともに急ぐのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る