5-28 お酌します! なお、お尻タッチのお代はあなたの命です!

 アーソ辺境伯の城館から馬を走らせて三十分ほどの距離に、小規模な砦を備えた村落が存在していた。そこは教団が派遣してきた従軍神官団やその護衛戦士団の駐屯地になっており、村人はその食事の提供や砦や宿舎の清掃を任されていた。


 が、実際のところ、ここの村人は領主であるカインが当てがった監視役であり、教団勢力の動向を探る密偵達であった。


 なにしろ、辺境伯領内には術士を匿う隠れ里が存在し、教団側にあれこれ嗅ぎ回られても困るからだ。それらしい動きがあるときは先んじて隠匿しておくために、情報戦では常に優位な立場を確立しておかねばならないのだ。


 そんな穏やかではあるが、一皮むけば剣呑な雰囲気の場所に、数台の荷馬車がやって来た。


 教団側への差し入れとして、酒や食材を積んでやって来たヒサコとテア、それと手伝い要員数名がそれぞれの馬車に乗り込んでいた。



「あれが、教団側の駐屯地ね」



 ぐるりと石壁で囲まれ、櫓が数か所あり、その中央に宿舎を兼ねた本営が建てられていた。防衛施設としては大したことはないが、駐屯しておく拠点としては十分役目を果たしていた。



「で、これからどうするの? 毒でも盛る?」



 御者台の上にいたテアは後ろを振り返り、荷車に並べられている酒樽を見ながら尋ねた。


 なにしろ、酒とヒサコの組み合わせは、はっきり言えば最悪であった。嫌な予感しかしないのだ。



「やぁ~ね~、毒なんて盛らないわよ。ちょっと悪酔いしてもらうだけだから!」



「その悪酔いの結果、どうなったか忘れた!?」



「思い出せないわね」



 度の過ぎた悪酔いを引き起こし、父と兄を殺した者の言葉とは思えなかった。しかも、その罪を義父に擦り付けることにも成功しており、あれこそ相方が外道街道を突っ走る最初の第一歩となった。



「まずは普通に酒盛りをする。あたしとあなたでね。途中でお尻くらいなら触らせてあげなさい。それ以上は有料ってことで」



「有料でもいやよ!」



「ちょっとくらい“さぁびす”してあげてもいいんじゃない? どうせ最後の晩餐なんだしさ」



「やっぱ殺す気か、こやつめ……」



 さらりと物騒な単語が飛び交う中、砦の入口の前まで来ると、当然門番に呼び止められた。



「ああ、門番さん、ご苦労様です! あたし、ご領主様の指示により、差し入れを持って参りました者です。お酒と、あとは食材を」



「おお、かたじけない」



 門番が荷車を覗き込むと、そこには酒樽がいくつか並び、野菜や肉などの食材を確認することができた。どれも中々に良さげなものばかりで、ついついよだれが垂れてくるほどだ。



「こっちが麦酒エールで、そっちのが葡萄酒ワインですね。肉類も、牛、豚、鳥、全部取り揃えていますわ。野菜も畑から取ってきたばかりの物です」



「よしよし、すぐに厨房に運ぼう」



 門番は中に合図を送り、門が開かれた。ヒサコはそのまま荷馬車で中に乗り入れ、厨房近くの扉まで案内された。



(お間抜けね~。あなた達、自分で死神を招き寄せたのよ)



 などとヒサコは相手を小馬鹿にしながら、荷馬車を牽く黒毛の馬を見つめた。


 なにしろ、たった一匹で辺境伯領を引っ掻き回している黒犬つくもんが、馬に擬態してノコノコ砦内に侵入を果たしたのだ。


 黒犬つくもんは“隠れる”ことに関しては、手懐けた当初に比べて格段に上達していた。


 ケイカ村からアーソ辺境伯領に来る途中、気配を消す【隠形】の訓練をしてきたためだ。これにより戦闘中以外はほぼ魔力の流れを遮断できるようになり、余程疑り深い者が綿密に調べない限りは、擬態がバレないほどに上達していた。


 実際、最初の城館への襲撃の際、黒犬つくもんは馬に擬態していたのだが、誰も気付かなかった。その後も馬が消えてしまったことにも、襲撃の騒動の最中に逃げてしまったと誤魔化し、馬の姿で兵士の前に出てきても、結局誰も黒馬=黒犬だということを見破れなかった。


 これでヒサコは黒犬つくもんの擬態能力は実戦でも耐えうるレベルに到達したことを確認できた。


 気配を消したうえで【影走り】、あるいは擬態解除からの奇襲、戦術の幅は大きく広まった。



(でも、焦っちゃダメ。今はまず砦に入れたんだし、よしとしましょう)



 荷馬車を止め、人を呼んで次々と酒樽や食材を中へと運び込んでいった。かなりの量であったが、砦の雑務をこなしていた村人も手伝ってくれたので、意外と早く終わった。



(さて、んじゃま、仕掛けていきますか)



 ヒサコはちょっとわざとらしいくらい色目を使いながら、近くにいた兵士に話しかけた。



「兵士さん~。今日は盛大にパァ~ッとやりましょう! 隊長さんにもそう伝えといて。美人二人のお酌付きよぉ~ん♪」



「えぇ、いいんですか!?」



 ヒサコは中身こそえげつないものが詰まっているが、外見はかなりの美人であった。すらりとした体型に加え、癖のない長い金髪に澄んだ碧眼。均整の取れた顔立ちに、程よく存在感を出す胸部の膨らみもあり、まあ大抵の男であればその美貌に生唾を飲むことだろう。


 加えて、すぐ横にはテアがいた。


 薄めの緑色をした珍しい髪と瞳を持ち、顔に至っては絶世の美女と言ってもいいほどにレベルが高い。身長はヒサコより一回り程低いものの、胸部の膨らみは二回りほど大きい。それでいて体型は程よく締まった体つきをしており、これだけでも男ならばむしゃぶりつきたくなるであろう。


 目の前の兵士の鼻の下の伸ばしようを見ていれば、効果が抜群であることは容易に想像できる。



「ちょっと隊長に聞いてきますね!」



 兵士は大慌てで建物中に駆けこんでいき、その場に残ったヒサコとテアは肩を寄せ合って小声での会話が始まった。



「さあ、頑張ってお酒勧めて、ベロンベロンに酔わせるわよ」



「ちょ、私もお酌しないといけないの!?」



 ちなみに、テアはこれからの予定を一切聞いていなかったので、当然抗議の声を上げた。尻を触らせろの下りから嫌な予感はしていたが、やはり色香を使って惑わせる気かとうんざりした。



「当然でしょ。酒の席に華がないのは許されない。旨い酒に料理とくれば、舞いや歌を披露する女子がいて、さらに盛り上がるんじゃないの!」



「発想が完全におっさん……、て、中身ジジイだったわ、くそ」



 どうやらこれから起こるであろう助べえどもの相手は、逃げられぬ運命のようであった。笑顔を振り撒きつつ、酒を杯に注いで回り、尻に伸びてきた手を叩き落としたり、捻ったり、あるいは口説き文句を流したりと、ろくでもない未来しか見えなかった。



「ところでさ、この砦の連中はボコるのは分かったけど、どうやってやるのよ?」



「それは後のお楽しみ。今は全員を酒に酔わせることに集中しなさい。盛り上げはあたしがやるから、そっちはお酌しながら、お尻ナデナデを何食わぬ顔で流しておいて」



「早く帰りたい」



「皆殺しにしたらゆっくり寝れるわよ」



 殺意の高さは相変わらずだが、相手が大嫌いな教団勢力とあって、ヒサコの気分がいつになく高揚しているようにテアには感じた。


 実のところ、今回の辺境伯領内での騒動では、怪我人はいても、死者はまだ出ていなかったのだ。本来ならば、悪霊黒犬ブラックドッグが出現した段階でかなりの被害が出ていてもおかしくはないのだが、ヒサコの巧みな誘導によって双方の被害は最小限に抑えられていた。


 だが、目の前の砦はその限りではない。ヒサコは明確な殺意を持って殺すと宣言したのだ。


 間違いなく、今回の騒動最初にして最大の被害をもたらす殺戮劇が始まる事だろう。


 砦内に駐屯する教団勢力は二百名前後だと聞かされている。術士もかなりの数が含まれているため、下手に黒犬つくもんを使ってしまうと気付かれる可能性があった。


 やるなら奇襲。しかも、最初の一撃で致命の一撃を与えなくては、強烈な反撃が来るのは確実であった。


 それを確実なものとするための、“酒”と“女”なのだ。


 テアとしてはどんなやり方で攻めるのか興味を持ちつつ、尻やら胸やらを酔っ払いに絡まれては触られる未来の自分を想像し、ただただため息を吐くばかりであった。

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