5-26 偽手紙!? 誘い込まれた白無垢の少女!(ワザと)

「代官アイク! リーベ司祭! アーソの謀反の様子はいかがであるか!?」



「「……はぁ!?」」



 アスプリクの発したあまりに突飛な言葉に、アイクもリーベも目を丸くして、お互いの顔を見合うよりなかった。それほどまでに予想外の展開であったのだ。



「ま、待ていただきたい! それはどういう意味で!?」



「全く話が見えてこないのだが!?」



 アーソ辺境伯が背くなど、完全に寝耳に水な話であった。なにしろ、領主たるカインはつい半月ほど前には顔を合わせていたのであり、そんな素振りなどまるでなかったからだ。



「どういう意味も、リーベ司祭がアーソ辺境伯の謀反を知らせてきたのではないか、手紙で!」



 アスプリクは懐から手紙を一通取り出し、それをリーベに投げて渡した。急いで駆けて来たせいか、手紙は汗でインクがにじんでいたが、読んでみるとアーソ辺境伯カインが『六星派シクスス』と結託して反旗を翻した旨が記されていた。


 そして、末尾にはリーベの署名が入れられていた。



「大神官様! 私はこのような手紙など、書いた覚えはございません」



「なんだと!? じゃあ、僕の手元に届いたそれはなんなのだ!?」



「何者かのいたずら、偽手紙だとしか……」



 リーベとしてはそう答えざるを得なかった。なにしろ、本当に書いた覚えのない手紙であり、しかも謀反云々の報告など、とてもではないが自分の単独で報告できるような軽い内容ではないのだ。


 仮に、ケイカ村近辺の領主が良からぬ企みを進めていたとするならば、その報告は確実にアイクと連名で行うはずであった。



「もう報告は王都や聖山にも送っている。じきに謀反への討伐軍がここに集ってしまう!」



「ええっ!? そんなに迅速に!?」



「緊要地なんだよ、アーソは。そこでの謀反だなんて、国家挙げての大事件だ。小火ぼやで済んでいるうちに片付けないと、お隣から余計なお客さんが来るじゃないか!」



 アスプリクの言う通り、アーソ辺境伯領はジルゴ帝国との国境を接する場所であり、王国にとっては帝国の勢力が王国内に侵入してこないようにするための防壁でもあるのだ。


 その辺境伯領が謀反でメチャクチャになったら、今は比較的穏やかになりつつある帝国に絶好の機会を与え、大規模侵攻の呼び水と成り得る危険性を孕んでいた。


 もし謀反が本当ならば、全力でこれを素早く鎮圧しなくてはならない。少し地理や軍事に明るい者ならばすぐに気付く話であった。



「で、ですが、私は本当に書いた覚えなどないのです!」



 リーベは身振り手振り、発する言葉に至るまで全力で手紙の件を否定した。



「う~ん、その様子だと、リーベ司祭は本当に知らないようだね。慌てて来て損をした、と言うわけにはいかないよな。もうヒーサも軍を率いてこっちに来てるし、王都も聖山もあちこちに指示を飛ばしているだろうし……。いたずらで済む話ではないね、こりゃ」



 もしいたずらならば、極刑に値するほどの質の悪いものであり、犯人を捕らえなければならなかったが、実際のところ、探す必要もなかったのであった。


 なにしろ、この謀反を知らせる手紙をアスプリクに送ったのは、アスプリク自身であったからだ。


 リーベからの手紙を受け取ったフリをして驚き、シガラ公爵領の教団側責任者であるライタン上級司祭を騙すために一芝居打ったのだ。


 筆跡をごまかすためにインクをわざとにじませ、さらにヒーサとライタンを交えて話し合った結果、アスプリクは現場に程近いケイカ村に急行して、アイクを始めとする王国貴族が人質に取られないように、先んじて守りを固めることが決まった。


 それと並行して王都や聖山に使いを送って報告し、ヒーサもまた軍を編成してアスプリクの後を追うことが決められた。


 つまり、現在はリーベからの手紙を元にしたヒーサ、アスプリク、ライタンの話し合いの取り決め通りに動いている状態なのだ。


 その手紙自体が真っ赤な偽物であることは伏せておき、ヒーサとアスプリクは白々しくも、謀反に慌てて動き出した格好を装っていた。


 協力者であるライタンすらたばかって。



「だが、情報の収集が先だと思うな。おい、三人一組で斥候隊を組織し、それを十組、散らせて辺境伯領に向かわせるんだ。でも辺境伯領自体には入らないでくれ。あくまで外から見て、明らかな異変があるかどうかだけ見てきて欲しいんだ」



 アスプリクは率いてきた部下達に指示を出し、部下達もまたそのように再編を始めた。



「あと、向かってくる討伐軍にも、一旦ケイカ村近辺に集合するように伝令を出しておいてくれ。恐らくはセティ公爵がここに来るはず。それに、ジェイク兄やサーディク兄も来る可能性があるから、そちらにも伝令を出しておいてくれ」



 矢継ぎ早に指示を出していく姿は、少女でありながらすでに歴戦の領域に到達している雰囲気を醸し出していた。


 頼もしくもあり、当時に哀れでもあった。



(本来ならば、アスプリクは十三歳の少女なのだ。花よ蝶よと育てられ、そろそろ恋の一つでも覚えるようなお年頃。それが数多の戦場を駆け抜け、悪霊や亜人を相手にしのぎを削るなど、似つかわしくない)



 あれこれ指示を飛ばしているアスプリクを見ながら、アイクは王女として真っ当に生きることを許されなかった妹の姿に、大きな同情を禁じ得なかった。


 だが、定められた法が白無垢の少女を縛り、それに対してどうすることもできない自分も情けなく思うのであった。



「代官……、ああもう、めんどい! アイク兄、確かアーソ辺境伯領には、今ヒサコが行っているはずだったよね!?」



 その一言に、アイクはハッとなった。ヒサコの目的はネヴァ評議国のエルフの里だと来ていたが、その前に評議国の情報を仕入れるため、アーソに立ち寄ることも聞いていた。


 もし、まだ国境を越えていなかったのならば、間違いなく辺境伯領にいるはずだ。謀反の話が本当ならば、確実に人質に取られるであろう。



「そ、そうだったな! ああ、どうにかならないだろうか!?」



「分からないよ。そもそも、ここに来る切っ掛けになった手紙が偽物だった以上、謀反が起こっているかどうかすら分からないんだ。だから、まずは情報収集。もちろん、いたずらであってくれればそれでいい。バカな偽手紙を書いた奴を見つけ出して、がっつり締め上げればいいんだから」



 言った本人が偽手紙の送り主なのだが、もちろんそれを知っているのはヒーサ・ヒサコだけであった。


 アスプリクもまた、“共犯者おともだち”が用意した台本通りに動き、それに相応しい台詞や振り付けを考えながら行動しているのであった。



(さて、こっちは作戦通り、順調な進捗ってとこか。計画通りなら、今頃辺境伯領で一騒動あって、守備隊が動員されているはず。それをヒサコがさも謀反に動いているように見せかけるって言ってたけど、本当に大丈夫かな~?)



 疑ってるわけではないが、それでもアスプリクには不安であった。


 今までの彼女の戦い方と言えば、目の前の敵に大火球をぶつけて焼き払う事ばかりしてきたのだ。


 遠隔地を情報で操り、同時進行で広域戦を行うなど、初めての経験であった。


 あくまで、アスプリクの頭脳は戦術家のそれであって、目の前の敵を処理するのが限界だ。戦略を動かし、万単位の軍団を広域で動かすことなど初体験なのだ。


 見えないからこその不安と言うものがあり、そこが不安要素となっていた。


 しかし、それを補って余りあるほどの知性をヒーサ・ヒサコは持っており、全てを任せられる安心感も同時に抱いるのも確かだ。


 予定通り動いたし、あとはヒサコの変幻自在の策の成果を待つばかり。自分は何食わぬ顔で温泉にでも浸かっていよう。そう思うアスプリクであった。

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