5-25 再会! 白無垢の妹と芸術狂いの兄!

 カンバー王国一の温泉村として名高いケイカ村は現在、第一王子アイクが代官として派遣されていた。


 と言ってもアイクは代官としての職務を半ば放棄しており、趣味の芸術に入れ込むという放蕩者であった。病弱なため王位継承権を弟である第二王子のジェイクに譲り、この自然豊かな温泉の地で過ごすことを決めたのだ。


 また、財を用いて芸術家や詩人などを呼び込み、夜な夜なサロンにて作品の品評会や貴族を集めての販促会など、その女性に余念がない。


 無名の新人が世に出る切っ掛けを提供し、後援者パトロンとしての活動に積極的で、芸術家のみならず、芸術や文学の好きな貴族や名士からも慕われ、王国の文化発信者としての地位を確立していた。


 しかし、最近になってその状況に変化が生じた。自身が絶賛して止まぬ人物の登場により、アイクは陶磁器作りにのめり込んでいるのであった。



「……ダメだ。こんな物では、ヒサコに鼻で笑われる!」



 アイクは焼き上がった陶磁器を眺めてはため息を吐き出す毎日を送っていた。


 ここまで思い詰めているアイクを見るのは誰もが初めてであり、それほどまでにヒサコと彼女によって持ち込まれた漆器に影響を受けたのであった。


 ヒサコの持ち込んだ漆器はお盆と杯のセットになった一品で、黒地のお盆に螺鈿らでん細工を施すことによって星の海を演出し、杯は外側が黒塗りで内側が朱塗り、さらに金を用いた装飾によって太陽と月を表現。これが合わさることに星々に浮かぶ月と太陽を表した。


 構図としては単純なものだが、世界を表現するのに一切の無駄を排したような、ただそこにあるだけなのにすべてを内包している感覚に、アイクは襲われたのだ。


 ちなみに、漆器のお盆セットにはまだ銘がなかったため、アイクはこれを『天上』と名付け、そう呼ぶようにしていた。


 目の前にその『天上』と、窯場で焼き上がった陶磁器の数々が並べられており、その完成度の違いに再びため息を吐くのであった。



「物は悪くはない。そう、ヒサコの持ってきた漆器の出来が良すぎるのだ。だが、ヒサコにこれに並ぶ物を注文された以上、比肩できる何かを生み出さねば、肩を並べることなど許されない!」



 結局のところ、アイクはヒサコにベタ惚れであったが、それは同時に芸術家として彼女の持つ独特な感性に嫉妬しているようなもので、それが変じて一種の恋愛感情を生み出しているような状態であった。


 今の今まで女性にそうした感情など抱いたことがなく、自分でもどうしていいのか分からないため、ひたすらに作品に打ち込み、ヒサコに「参った!」と言わせようとしているだけであった。


 そんな子供じみた発想が、起爆剤となって陶磁器に入れ込ませているのだ。


 そして、作品を一つ一つ見ていると、失敗作も中には混じっていた。手に取ったそれは、ヒサコから注文のあった陶器製の杯であり、取手の部分が焼成中に割れてしまっていた。


 取手が壊れたジョッキを両手で挟み込むように持ち、アイクはジッと見つめた。



「むしろ取手は不要でなかろうか? いや、それより背丈が高すぎるのか。取手をなくして完全な円筒形とし、大きさや高さも手で収まるサイズに……」



 失敗と造形を繰り返し、徐々にだが目指すべき姿がぼんやりと映し出されてきたが、まだまだ到達点は先の先だとアイクは悩んでいた。


 とはいえ、そうした悩みをどうにかしようという楽しみもある。なにしろ、窯場の職人全員が漆器に触発されており、「これ以上の物を作ってみろ」とヒサコから挑戦状を叩き付けられたように感じていたからだ。


 そして、一度火が着くと止まらないのが職人という人種の性質であり、一心不乱に陶磁器作りに打ち込んでいた。


 特に監督役で職人頭を自認するドワーフのデルフは、窯の火加減を完全に操り、最初の頃は多かった焼成のしくじりを大きく減らせるように様々な工夫を加えてくれていた。


 あとは、思い描くイメージが器と言う形に表現できるかどうか、そこなのであった。


 そんな熱気あふれる村の工房に一人の男が駆け込んできた。


 男はアイクの部下であり、村の管理を行っている役人の一人であった。



「殿下、一大事でございます!」



 慌てふためく役人であったが、アイクは特に動じた様子もなく、手に持っていた杯を机に置き、部下に歩み寄った。



「何事だ? また悪霊にでも襲われたか?」



 なにしろ、一大事と言うと、やはり思い起こされるのは悪霊黒犬ブラックドッグの襲撃であった。あの時はヒサコの機転でどうにか生き永らえたが、あんな経験をした後では、もはや並大抵のことでは驚かなくなっていた。



「いえ、それが、村の入口に火の大神官アスプリク様が、手勢を率いてやって参りました」



「妹がか?」



 アイクは四人兄弟の一番末っ子の顔を思い浮かべ、首を傾げた。


 一度見たら忘れられないほどの特異な容姿の持ち主であり、絵画の題材モチーフにしようかとも考えたこともあった十五歳以上年の離れた妹であった。


 なにしろ、半妖精ハーフエルフ白化個体アルビノなのだ。白い肌に銀色にも似た長い癖のない髪、目は紅玉ルビーをはめ込んだように赤く、耳は尖っていた。人間が持ちようのない、おとぎ話の住人のような見た目に、アイクは芸術的な美しさを見出していたのだ。


 なお、兄妹としての仲は、はっきり言えば疎遠であった。


 アイクはアスプリクが神殿入りする前にケイカ村に隠棲してしまっていたし、それ以降は指で数えるほどしか顔を合わせたこともなかった。


 印象に残る思い出として、アスプリクが魔力を暴走させて王宮や神殿でボヤ騒ぎを起こし、自分以外の他の兄弟も文字通りの意味で手を焼いた、などと他人に話せば反応に困るような話題ばかりであった。



「手勢を連れてきたのは間違いないか?」



「はい。五十騎ほどの騎兵を伴っております」



「ふむ……。物見遊山という雰囲気でもなさそうだな」



 もしそうであるならば、予約のための先触れを出してくるであろうし、しかも騎兵を率いての来訪というのも妙であった。


 考えられるとすれば、先頃発生した悪霊黒犬ブラックドッグの一件を調査しに来たのだろうとも思ったが、最高幹部の一人がわざわざ大慌てで駆け込んでくるのも、これまた奇妙な話だ。



「まあ、会って話せばわかるか」



 アイクはそう考えると、一度自宅に戻って汗やススまみれの衣服を着替え、身だしなみを整えた。妹とは言え、相手は火の大神官であるし、逆にアイクは村の代官である。あまり薄汚れた格好では、色々と問題になりかねないのだ。


 そして、着替え終わって村の入口に向かって急ぎ足で進んでいると、その途中で村の神殿を管理するリーベ司祭に出くわした。向かっている先から、あちらも入口の方へと急いでいることは想像できた。



「司祭様も大神官様に?」



「はい、その通りです。何事でありましょうな」



 リーベにも知らせが届いており、こちらも身だしなみを整えてから、アスプリクが来訪している村の入口に急いでいる途中であった。



「いったい何事でありましょうな? やはり黒犬の一件でしょうか?」



「あるいは、殿下のお気に入りへの処分が決したのやもしれませんな」



 リーベの嫌味な一言で、アイクもさすがにムッっとなったが、有り得る話であったので、その点にも留意せねばならなかった。


 なにしろ、ヒサコはリーベを半殺しにしたという、現役の聖職者への暴行事件を起こしていた。本来ならばかなり重い罪であるのだが、そこは複雑な人間関係の相関図が事態をややこしい方向に動かしていた。


 まず、ヒサコがシガラ公爵家の令嬢だという点だ。もし、ヒサコに重い罰を課してしまうと、教団側は公爵家と敵対関係になってしまうため、審理は慎重になされることだろう。


 しかし、ヒサコは庶子と言う、教団側としてはかなりイメージ的にマイナスな要因を抱えていた。


 しかも、殴り飛ばされたリーベの方は、セティ公爵家の出身であり、現当主の異父弟であった。ちなみに、こちらは後妻の子であるため、庶子ではない。


 つまり、教団を間に挟んだ三大諸侯のせめぎ合いの様相を呈しているのだ。


 なお、アイクは当事者の一人として、ヒサコの赦免を弟である王国宰相のジェイクに強く要請していた。そもそもの発端はリーベの地鎮祭での不始末であり、そちらの方をこそ問題にするべきだと訴え出たのだ。



(出来た弟であるし、どうにか上手くやってくれているだろう。あるいは、身内のアスプリクが動いてくれたことが、赦免の通告なのかもしれない。シガラ公爵のヒーサとアスプリクはかなりの仲良しだと、ジェイクからの手紙にも書かれていたからな)



 アイクは不安と安堵を左右に揺らしながらも平静を装い、そうこう歩いていると、村の入口にまでやって来た。


 そこには騎馬の一団がたむろしており、その先頭には下馬して村の門番と話しているアスプリクの姿を確認できた。相変わらずの白無垢な容姿に、火の大神官の赤い法衣をまとっていたので、遠目にもよく分かるほどの格好であった。


 アイクとリーベはアスプリクに首を垂れ、丁寧に挨拶をした。兄妹ではあっても、礼儀は尽くさねばならないのが上流階級のやり方なのだ。



「大神官様ようこそお越しくださいました」



「突然の来訪、歓迎いたします」



 特に台本などと言うものはないが、お約束的口上テンプレートな挨拶であった。


 だが、そんな穏やかな日常はアスプリクの発した言葉により、一気にぐるりと世界が捻じれた。



「代官アイク! リーベ司祭! アーソの謀反の様子はいかがであるか!?」



「「……はぁ!?」」



 訳の分からぬ状態に陥り、二人は目を丸くしてお互いの顔を見合わせるだけであった。


 何を言っているのか、二人の理解の範疇を大きく逸脱しており、ただ混乱するだけであった。

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