5-24 お見舞い! 悪役令嬢、魔法少女を労わる!

 墓前での戦闘の際、無理をして魔力を絞り出してしまったルルは、城内にある医務室に運び込まれていた。


 特に外傷もなく、あくまで魔力の枯渇による気力の減衰が衰弱の原因であるため、しばらく横になって魔力の回復に努めれば、すぐによくだろうと判断されたためだ。


 寝台に寝かされたルルは、何もすることがないのでぼんやりと天井を眺めていた。石造りの壁に木製の柱や梁が縦横に走り、しっかりと建物を支えていた。


 自分もまた、この柱のようにしっかりと主人であるカインやヤノシュを支え、また騎士である兄アルベールの役に立ちたいと、人目(主に教団関係者)を盗んで術の訓練に明け暮れていた。


 しかし、今回の一件でまだまだ実力不足であることを思い知らされ、気落ちしていた。



(でも、あの人は違ったな~)



 嫌でも意識してしまうのは、ヒサコの存在であった。


 公爵家の御令嬢という高い身分に加え、笑顔が素敵な美人。


 そうかと思えば、黒犬を退けるほどの豪勇の士であり、状況に対応した策をすぐに思いつく機転の速さ。


 おまけに、身分差など感じさせない気さくな態度を自分にまで向けてきてくれた。


 聞いた話では、芸術や文学にまで精通し、社交界では今一番の注目の的になっているとも、ルルは耳にしていた。


 しかも、カインの口からヤノシュの嫁にしたいとも聞かされていたので、嫉妬と羨望の入り混じった複雑な感情も抱いていた。



(まあ、私が張り合えるような方じゃないし、ヤノシュ様にはお似合いだし……。というか、ヤノシュ様もかなり気に入ってるわよね、ヒサコ様のこと)



 ルル自身、ヤノシュに恋心を抱いているという自覚はあった。


 そもそも、顔立ちもよく、腕っぷしも強くて、身分の隔たりなく気さくな性格の持ち主である。


 そんな男のすぐそばに仕えている年頃の娘が、恋をするなと言うのが無理な話であった。


 とは言え、仕える者と使う者の身分差があるため、その想いは密やかな恋として抑えていた。


 そんな中で現れたのがヒサコである。


 絶望的なまでの格差が存在し、自分が優れている点など、“術が使える”という点のみだ。教団に正体がバレないようにする隠遁者という身の上では、伴侶としては減点でしかなく、どう足掻こうとも勝ち目などなかった。



(美人で、お嬢様で、文武共に才能豊かで、おまけに“性格まで良い”なんて、どんだけ完璧超人よ。ああ、神様、天の配剤に偏りがあり過ぎますよ)



 などと悶々としていると、当の御嬢様ヒサコ神様テアが医務室にやって来た。



「あ、ヒサコ様」



「あ~、そのまま寝てていいから」



 ヒサコは上体を起こそうとするルルを押し留め、乱れた掛け布団を整えた。笑顔と共に布団をかけてくれる仕草はお嬢様というより、姉や母と言った感じであり、どちらもいないルルにとっては琴線に触れることであった。


 気恥ずかしそうにするルルを見ながら、ヒサコは横にあった椅子に腰かけ、その後ろにテアが二人を見下ろす格好で侍った。



「体調はどうかしら?」



「あ、いえ、大丈夫です! すぐに動けるようになりますから!」



「そう、それなら良かったわ」



 ヒサコは手を伸ばし、ルルの頭や頬を撫でてやると、その顔はどんどん赤らめていった。基本、ルルはヤノシュの侍女と言う職業柄、周囲にいるのは男が多い。年近い女性は数が少なく、こうして女性に優しくされることが珍しいのだ。



「ヒサコ様は公爵家のお嬢様だというのに、そういった立場を感じさせない気さくな方ですね」



「まあ、ごく最近まで庶子として捨て置かれた身の上だからかな。お兄様が引き揚げてくれなければ、今もあなたとさして変わらない立場だったと思うわ」



「そうなのですか」



 初めて聞いたヒサコの身の上話に、ルルはなるほどと納得した。大貴族のお嬢様に似つかわしくない思考や行動力は、そうした経験を元に醸成されてきたものだと感心した。


 文字通り、ヒサコは貴族と庶民の合いの子であり、双方の思考や感覚を持つ稀有な存在なのだとルルは知ることができた。


 先程まで抱えていた嫉妬心は薄れていき、敬愛の念を強く感じるようになっていった。



「ヒサコ様ってお優しいですね。気さくで、性格が良くって」



「あら、そうかしら? フフフ……」



 なお、ヒサコは背中の方から「どこがぁ!?」という絶叫を聞いたように感じたが、当然ながら完全に無視した。



「まあ、人生の機微ってやつかな~」



「私より少し年上程度なのに、そこまで悟っていらっしゃいますか」



「内容はもちろん秘密よ」



 なにしろ、中身は戦国乱世を七十年切り抜けた強欲爺である。話せるわけがないし、話したところで信じてもくれないはずであった。



(でも、よくよく考えてみれば、男性体ヒーサよりも、女性体ヒサコの方がより“素”の状態に近いのかもね)



 にこやかに談笑する二人を見ながら、テアはそう思うのであった。


 そもそも、ヒーサの方にはスキル【大徳の威】がある。魅力値にブーストをかけ、余程の敵愾心や疑惑を抱く相手でない限りは、すんなり仲良くなれるという強力なスキルだ。


 そうやって心の隙間に入り込み、あとは話術と相手心理の読み解きで相手の求める回答を用意し、がっちりとした人間関係を築いて、自身の立場を強化してきた。


 一方のヒサコにはそれができない。【大徳の威】は人徳ある人物の振る舞いが求められるため、いざともなれば悪行も辞さない態度で臨むヒサコが使うと、最悪スキルの効力を失う危険があった。


 そのため、ヒサコは自身の立場強化には、公爵家令嬢と言う兄の七光りを用いつつ、あとは弁舌と状況操作によって立場を築いてきたのだ。


 つまり、スキルに頼らず、己の才覚のみで勝負している女性体ヒサコの方が、この世界においてはかつての“松永久秀”のやり方で通しているとも言えた。



(さすがステータスだけ見れば余裕でAランクだわ。なお、操作性が最悪なためCランク)



 言うこと聞かないわ、好き放題やるわ、あげくに女神に性的な意味で襲い掛かるわ、とにかく扱いにくさで言えば、数多の転生者と組んできたテアの経験上、今回の相方はぶっちぎりの首位であった。



「そういえばさ、ルルに聞きたいことがあるのだけど」



「なんでしょうか?」



「ルルってエヴァンの実の娘よね?」



「はい、その通りです」



「なら、どうやって術士になったの? 初宮詣で術の適性がバレなかったの?」



 この世界においては生後半年ほどで神殿に赴き、神の祝福を受ける初宮詣が行われる習わしがあった。しかし、それは建前であって、本当は術の適性者を見つけるための方便であり、そこで適性が認められれば遅かれ早かれ教団に身柄を預けられることになっている。


 これに関しては庶民も貴族も関係なく、適性者は必ず教団で働くことになっていた。


 ゆえに、洗礼を受ければ適性がバレてしまい、隠れることすらできないのだ。死んだカインの息子イルドもまた貴族の子息でありながら神官になったのはそのためだ。



「私も洗礼は受けましたが、その際は特に何もなかったのです。気が付いたら、術が使えるようになっていた、みたいな感じです」



「へ~、そうなんだ」



 そして、ヒサコは後ろを振り向き、テアを見つめた。世界のシステムについては、神様に直接聞くのが手っ取り早いからだ。



「かなり稀なケースですね。基本的に術の適性は先天性のもので、九割方はその例に当てはまります。後天性による術の適性獲得は二種類。元々持っていた適性が何らかの事情で隠れていた場合と、法具を体に取り込んでそこから力を引き出している場合、という感じです」



「なるほど。そういう事情なのね」



 ヒサコはテアの説明で納得し、ルルもまた初めて知った自分の事情に感心した。


 なお、後天性の術適正については、さらなる補足が必要であった。


 実のところ、ヒーサ・ヒサコは後者に該当するのだ。


 時空の狭間や異世界転生した後に配られた“スキルカード”であるが、あれは一種の法具であり、それを体内に取り込むことによって、術やスキルが発動できるという仕組みになっていた。


 そして、パートナーである神を魔力源とし、カードの力を発動させる。それが英雄としての力の根源となっていた。


 一方、ルルのように気が付いたら術が使えるようになっていたというパターンは、“英雄の成り損ない”であった。


 転生者を英雄となし、転生させた魂をこの世界の住人に下ろせるよう、準備していた体がルルのような術の適性があるのに術が使えない存在なのだ。


 実際、ヒーサもこれに該当するのだが、“松永久秀”という英雄の魂を降ろすことによって力が覚醒したのに対し、英雄の魂が降りてこなかった英雄用の体がルルなのだと、テアは認識していた。


 ただ、何かの拍子に封じられていた術適正が目覚め、後天的に術が使えるようになるというレアケースであるのだ。



「ならば、ルル、あなたは選ばれた存在なのです。術の力を教団が私物化するのを、神が認めなかったという証そのもの。そう、あなたは選ばれなかったがゆえに選ばれた存在なのです」



 教団などと言う歪んだ存在などではなく、神が直接選んでくれた。ゆえに、教団の意向に関係なく術が使えるのだと、ヒサコはルルを褒め称えた。


 そんなことなど、特に考えもしなかったルルは何か心の奥底から沸き立ってくるような高ぶりを覚え、気分がすこぶる良好になった。



「私が選ばれた存在、ですか!?」



「そう、あなたは神に直接選ばれたのよ。そうは思わない?」



 などと励ましつつ、ヒサコは再び女神テアに視線を向けてきた。


 こっちに振るなと言わんばかりにそっぽを向き、その態度にヒサコはニヤニヤした。



(まあ、英雄の成り損ないだけど、それに相応しいスペックはあるんだし、鍛え上げれば案外、いい感じの術士にはなるかもね。おそらく、ルルはBランク相当の英雄の器だと思うし)



 英雄は転生して下ろされる際、ランクに応じた肉体に降りることになっていた。低ランク程裕福な場所や有利な場所に降り易く調整されており、Cランクであった松永久秀は“公爵家の次男坊”ヒーサとなることができた。


 一方のルルの境遇は“辺境の騎士の娘”である。亜人、獣人、怪物などが国境を挟んだ向こう側に跋扈しているので、戦闘系のスキルであれば経験値稼ぎ放題。


 しかも、アーソ辺境伯領は異端者の隠れ里が存在するので、身分の隠匿も比較的容易である。


 戦闘要員の育成であれば、まさに最適とも言える環境であろう。


 そして、そんな英雄の成り損ないを、きっちりと英雄(外道)が手懐けたというわけだ。スキルに依らず、話術によって。



(使える手駒にゃ、アフターケアも万全ってか!?)



 すっかりこの手のやり取りに慣れてきたとはいえ、相も変わらず見事な手並みと抜け目のなさはさすがだとテアは思った。


 間もなく始まる大戦、果たしてアーソの領地領民はどうなるか、それはまだ始まって見なければ分からないことである。


 ただ、ヒサコの頭の中では、悍ましい絵図が組み上がりつつあった。

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