5-23 備えよ! 早期臨戦態勢の構築は防衛の要!(後編)

 ヒサコの巧みな献策と話術により、その意見が通ろうとしていた。


 そこに別の人物が手を挙げた。列席していたアルベールであった。



「ヒサコ様のご意見はもっともであるが、いささか消極的過ぎではないでしょうか? 本格的に防衛戦を行うのはあくまで敵本隊が到着してからなのだし、まずは刺客の始末にこそ注力すべきだ」



「そうですね。騎士アルベールの積極性も取り入れるべきでしょう。そこで、私の先程の提案にもう一手、付け加えさせていただきます」



 アルベールからの意見具申を即座に自分の考えに組み込み、ヒサコは修正案を用意した。さて、どんな提案かと、皆がまたヒサコに注目した。



「基本的には先程と変わりませんが、追加の部隊を城外に配置します。城内にいるのが罠を張る部隊であるならば、場外にいるのは狩り立てる部隊です」



「狩り立てる部隊ですと?」



「はい。十数人規模の小隊をいくつか編成し、それを領内各所を巡回させるのです。黒犬と遭遇すればこれを討ち、部隊同士の連携を密にすれば、それも可能でしょう。また、罠に飛び込んだ際には、罠の口を塞ぎ、確実に網の中で仕留めれるよう展開します」



「なるほど、盾と槍の役目を分けようという発想か」



「はい。城が盾であり、同時に網だとすれば、城外の部隊は槍であり、閉じる紐となるのです」



 ヒサコの追加案にアルベールも納得し、即座に賛意を示して拍手をした。



「ただ、これには一つ条件がございます。今回仕留める相手が物理攻撃が通用しにくい悪霊黒犬ブラックドッグである以上、罠を張る部隊はもちろんのこと、城外の小隊にも各隊ごとに術士を最低一人ずつ配備しておく必要があるということです。本来ならばそのような贅沢な編成は不可能ですが、この辺境伯領でのみ可能な策でありましょう」



 このヒサコの言葉に周囲の面々が色めき立った。ヒサコの発言は本来いないはずの大量の術士の存在をほのめかすものであり、外部の人間が知ってはならない秘密でもあったからだ。


 中には帯びていた剣の柄に手を当てる者もおり、場が騒然となった。



「控えよ。ヒサコ殿は“こちら側”の者だ。また、新たにシガラ公爵を継承されたヒサコ殿の兄君ヒーサ閣下も同様である。今後はこっそりとだが連携していくつもりだ。色々とごたついて説明が遅れた件には詫びよう」



 カインが素早く制し、ヒサコの立ち位置を説明したことで場は落ち着きを取り戻した。同時に武器を握ろうとした者は自身の軽率さを謝し、ヒサコに詫びのお辞儀をした。


 と同時に、場は別の意味で熱を帯びた。なにしろ、今の今まで静かに進めていた教団への叛意を、外の有力な人物、それも三大諸侯に名を連ねるシガラ公爵も持っていることを知ることができたからだ。


 是非にも連携を進めたい人物であり、その使者としての側面をヒサコが帯びていると知り、ますますヒサコへの好意的な態度を示すようになった。


 もう会議当初のように、ヒサコへ疑惑を向ける感情は見事に霧散してしまった。



「そう言えば、カイン様、領内には教団からの派遣されてきた部隊がいるように伺っておりますが、今回の件にはどう動かされますか?」



 ここで、ヒサコはさらに踏み込んだ話をカインにぶつけた。教団派遣の部隊の規模はもちろんのこと、どの程度の連携なら取れるのか、それを確認しておきたかったのだ。



「特に知らせてはおらん。それにヒサコの策を採用すると、本来いないはずの術士をあいつらに見られる危険もある。宛がっている砦と周辺の村落で待機と言う格好になるな」



 つまり連携する気は全くないという事であり、カインにしてみれば所詮教団側の部隊は“厄介な居候”程度でしかないという認識なのだ。



(なら、始末してしまってもいいってことよね)



 ヒサコの視点で見れば、領内の内側にいる教団側の部隊と言うのは邪魔な存在であった。


 なにしろ、これから辺境伯領に攻め込んでくるのは、ジルゴ帝国からの“侵攻軍”ではなく、カンバー王国内からの“異端審問”の部隊であるからだ。


 討伐軍との戦闘が始まった際に、余計な“異物”が内側にいては、自分が動いて盤面を操る際に邪魔になりかねない。


 早々にいなくなって欲しい部隊なのだ。



「では、教団との連携は考えず、身をやつしている術士の方には兵士に扮した部隊に混ぜ込み、黒犬に備えるという認識でよろしいでしょうか?」



「そうだな。ヒサコ殿の案を採用するのであれば、そういうことになるかな。皆の者、他に意見や提案はあるだろうか?」



 カインの問いかけに対し、出席者の面々からは細かい点での提案はあったが、防衛策の骨子はヒサコの案でおおむね進められることが決した。


 ヒサコとしても、得られた領域内の情報は貴重であり、今後の策に大いに活用できそうだと、まず満足できる結果を得ることができた。



「それにしても、ヒサコ殿の献策、誠に感服いたしました。まだ齢十七とお若いのに、まるで戦歴を重ねた経験豊富な軍師かと思いましたぞ」



「まあ、お上手ですわね、ヤノシュ様。褒めても作戦の追加案しか出ませんわよ」



「おお、そうか。ならばもっと褒めておこう」



 そこで場が笑いに包まれた。ヒサコの軽い冗談にヤノシュがこれまた軽いノリで返しので、ようやく場の緊張が解れたからだ。


 周囲のにこやかな笑みには笑顔で返し、称する声には謙遜と冗談で応じ、ヒサコはまんまと辺境伯軍の客員参謀という地位を得た形となった。


 そんな光景を、隅の方で控えて見ていたテアは、またかと言う思いで眺めていた。



(この作戦は絶対に失敗する。なにしろ、軍の頭脳である参謀と、刺客つくもんの飼い主が同一人物だもの)



 兵の配置を把握できる立場に、暗殺者が紛れ込んだようなものである。


 あれこれ理由を付けて兵の配置を動かし、同時にそれに合わせて刺客つくもんを動かせば、盤面を引っ掻き回すのも実に簡単な作業となるであろう。



(さて、やり易くはなったでしょうけど、異端審問の討伐軍が迫っても来ている。どう情勢を動かすのかしらね)



 テアとしては、魔王候補のアスプリクが今回の件にがっつり関わってきている点の方が気になっていた。


 『六星派シクスス』は闇の神を奉じ、その堕とし子たる魔王の降臨を望む集団でもある。辺境伯領の異端派は教団への反発心から『六星派シクスス』に走っており、別に魔王復活などは望んでなどいない雰囲気が強かった。


 しかし、『六星派シクスス』の司祭がアスプリクとの接触を持っていたことが分かっているため、どうしても警戒をせざるを得なかった。



(今回の作戦中に魔王復活ってなったら、どうする気かしらね。あなたが道楽に入れ込むのも、“手段は一任する”って取り決めがあるから放置しているけど、あくまでメインは魔王に関することだってのを忘れないでね)



 テアの不安要素はその一点であり、相方が魔王のことなど忘れているのではないかと危惧していた。


 そんな思いをよそに、事態はヒサコの思惑通りに進んでいくのであった。

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