5-20 陰謀!? 狙われたアーソ辺境伯一家!(前編)

 辛くも悪霊黒犬ブラックドッグを退けた四人ではあったが、ルルの消耗が激しく、ひとまずはその場に寝かせておくことにした。


 そこでようやく一息付けた格好だが、無論これも茶番である。


 なにしろ、モンスターをけしかけ、危機的状況を作り出した本人が、その輪の中に加わっているのであるからだ。



「いやはや、あれほどの難敵を退けてしまわれるとは、見事としか言いようがありません」



 ヤノシュとしても、よもや鍋一つで手に負えないほどの強敵を吹っ飛ばすとは、考えてもいなかったのだ。しかも、それを成したのはこれといった訓練を受けていなさそうな、貴族のお嬢様だ。


 戦慣れしているヤノシュには、その豪快な行動力や勇気を持つヒサコに敬意を表した。


 ヤノシュが驚愕するのも無理なかったが、ヒサコは何事もなかったかのように振る舞い、にこやかに微笑んだ。



「別にあたしが秀でているわけではありませんよ。この鍋の力です。どんな焦げ付きも防いでくれますから、黒を拒絶してしまうのですよ」



「焦げ付かないってそういう意味なのですか!?」



 あまりにぶっ飛んだヒサコからの説明に、ヤノシュは呆気に取られた。焦げ付きの意味が、闇の力全般に適応されるなど、あまりに破格の性能を持つ鍋だと驚いたのだ。



(なお、使用者の腹黒さだけはどうにもならない模様)



 鍋の製作者である女神テアは一切のブレない使用者に対して、そう心の中でぼやくのであった。


 黒と言う名の焦げ付きがどうにかなるのであれば、目の前の相棒もさぞや白くなることだろうが、現実はそんなことはない。むしろ、吸い込んだ闇を吸収し、更に黒くなっているのではと疑っていた。



「まあ、とにかく、公爵家の家宝のおかげで助かったのは間違いない。ヒサコ殿、まずは礼を述べさせていただきたい」



「それほどの働きをした覚えはございませんが、謹んで謝意をお受けいたします」



 ヒサコは丁寧にお辞儀をして、それから鍋を再びテアに返した。


 そして、跪いて横になっているルルの頭を撫で始めた。



「申し訳ありません。他家の方の前だというのに、無様を晒してしまって」



 ルルは文字通り魔力を全部絞り出したため、体が言うこと聞かないようであった。汗は引いたが、全身に重しが付けられているかのようで、体を起こすことすら叶わなかった。


 魔力に気力にも通じる部分があり、それが枯渇してしまっている以上、身動きもままならないのだ。


 やむを得なかったとはいえ、後先考えずに魔力を絞り出し、その結果である。



(腕前はともかく、実践慣れしていなさそうね。鍛え方でどうにかなるにしても、少し時間がかかるか)



 素材としては悪くない。これがヒサコのルルに対しての評価だ。



「まあ、命に別条がないのなら、それで構いませんわ。ゆっくり休んでいなさい」



 ヒサコはルルに優しく微笑みかけ、それから立ち上がり、黒犬つくもんが吹っ飛ばされていった方向を見やった。



「しかし、奇妙ではありますね。真っ昼間から、あれほどの大物が出てくるなんて。ヤノシュ様、ここでは珍しくないのですか?」



「まさか! あれほどの大物が出てくるなど、滅多にない事ですよ。しかもこんな陽の射している時間になど……。過去に例のない事象です」



「なるほど……」



 ヒサコは顎に手を当て、そこらをウロウロしながら深刻そうに考えるふりをした。あくまでふりだ。なにしろ、答えはすでに知っているし、茶番も第一幕を終えて、第二幕に入ったばかりである。



「あの黒い犬、誰かに操られていた、という可能性はどうでしょうか?」



 首を傾げながら、操っていた張本人が尋ねた。


 相変わらず白々しいと思いつつ、毎度の無表情でテアは流した。



「操作系の術式ですと? 確かにその手の術は存在しますが、あれほどの大物を使役するとなると、どれほどの腕前の術士になるやら……。考えただけでも寒気がしますな」



 ヤノシュの記憶では、確かに怪物が襲い掛かってくることはあるが、その大半は夜である。昼間から堂々と、しかも闇属性の怪物が昼間から出現するなど、記憶を辿っても存在しなかった。


 そういう意味では、不似合いな時間の襲撃も、誰かの指金で動いていたと考えるのは、ある意味で自然であり、その点ではヤノシュもヒサコの予想には納得した。



「では……、魔王、というのはどうでしょうか?」



「魔王ですと? まあ、復活云々の話は噂で聞いてはおりますが。確かに、魔王級の相手であるならば、黒犬を使役していてもおかしくはありませんが、理由やら動機が分かりませんな」



 突飛な話ではなく、一考に値する内容ではあったが、さすがにいきなり魔王に襲われる理由に心当たりがなく、ヤノシュは首を傾げた。



(まあ、白昼堂々、怪物に襲われるなんてまずないでしょうし、それだけに“魔王”の名前がチラつくだけでいい煙幕になる。利用させてもらうわよ、魔王さん♪)



 魔王を倒すべく召喚された英雄らしからぬ思考。大したものだと、自分自身の策に笑いが込み上げてくるヒサコであった。

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