5-21 陰謀!? 狙われたアーソ辺境伯一家!(後編)

 様々な思惑が交差する中、村からの道から何者かが馬を駆ってくる気配を感じた。



「若ぁ~! 若ぁ~!」



「ん? あの声はアルベールか。おぉい! 私はこっちだ! 墓の前だ!」



 声の主に心当たりがあり、ヤノシュは声を張り上げた。


 程なく道から馬に跨る男が現れ、空馬も一頭率いていた。



「何を慌てている、アルベール。城で何かあったか?」



悪霊黒犬ブラックドッグに襲撃されました!」



「何だと!? そちらもか!?」



「そちらも、ですと!?」



 アルベールはそこでようやくルルが倒れて寝込んでいることに気付いた。



「ルル! 大丈夫か!?」



「あ、お兄様」



 アルベールは慌ててルルに駆け寄り、どうにか上体を起こそうとしていたルルを支えた。



「こちらも黒犬に襲われた。ルルの献身と、ヒサコ殿の機転でどうにか退けたが、おかげでルルの魔力が枯渇した。しばらくまともに動けんぞ」



「そうでしたか……。ヒサコ様、まずは若と妹の命を救っていただき、感謝いたします。申し遅れましたが、自分は辺境伯家に仕える騎士で、ルルの兄アルベールと申します。以後お見知りおきを」



 アルベールと名乗った騎士は深々と頭を下げ、ヒサコに礼を述べた。



「それで騎士アルベール、城が襲撃されたとのことですが、カイン様はご無事ですか?」



「おお、そうでした。城は一部が崩されましたが、ご領主様はご無事です。執務室ごと潰されましたが、咄嗟に身を守られ、軽い怪我で済みました」



「おお、そうか。父が無事ならなによりだ」



 ヤノシュは父の無事を聞き、ひとまずは胸を撫でおろした。



「しかし、父も襲われたというのも偶然ではないな。同時、いや、同一個体かな? アルベール、黒犬の大きさはどうであったか?」



「かなりの大物でした」



「ならば、やはり同一個体か。あのサイズの黒犬がホイホイそこら辺から湧き出てくるとも思えんし」



「その可能性が高いかと。城が襲撃され、執務室が潰された後、こちらの方に駆けていくのが見えましたので、もしやと思い自分一人で参った次第です」



 互いの情報をすり合わせていき、どうやら同一個体による時間差の襲撃だということが見えてきた。



「そうなると、先程の可能性、魔王からの刺客、という線も見えてくるのではないでしょうか?」



 ここでヒサコは二人の会話に割って入った。



「と言うと?」



「はい。まずカイン様が襲われ、次いでヤノシュ様が襲われました。他の被害がないにもかかわらず、辺境伯一家のみが狙われた格好です。もし、お二人が暗殺された場合、領内は混乱することでしょう。そこに以前のような小鬼ゴブリン軍団なりが大挙して押し寄せてきたらどうなるでしょうか? 魔王と言うのは理論として飛躍していたかもしれませんが、少なくともこちらの防御を崩そうとする何者かの刺客、とは考えらるかと思います」



 可能性としては十分あり得ることであり、ヤノシュとアルベールは顔を見合わせ、たらりと汗をかいた。もし、そうなっていたことを考えると、平静ではいられなかったのだ。



「領内は混乱し、碌な防衛戦もできずに、辺境伯領が抜かれる可能性があります。そうなると、王国は大打撃を被るでしょう。なにしろ、アーソ辺境伯領を始め、ジルゴ帝国と国境を接する特別地区という防壁があるからこそ、王国内は平和なのですから」



「アルベールの言う通りだ。その壁に大穴が開いたら、取り返しのつかないことになるぞ」



 前線で戦い続けている二人だからこそ、その危惧が強い。しかも、ヒサコが強調した二年前の大規模襲撃の記憶を呼び起こされ、さらにその恐怖が煽られた格好となった。


 当然、なんとしても防がねば、と思う気持ちが二人の心に燃え上がった。


 また、兄に支えられているルルも同様に、体が言うことを聞かないものの、気力だけは俄然やる気になってきた。


 苦い記憶のあるからこそ、その惨劇だけは回避しなくてはならない。三人は気持ちを同じくし、領地領民を守る決意を新たにした。



「そうなると、早めに城に引き上げて、善後策を練られてはいかがでしょうか? 軽傷とは言え、カイン様のご様子も気になりますし」



「うむ、そうだな。急ぎ城に戻り、父と話し合おう。ヒサコ殿、あなたも作戦会議に加わって欲しい」



「あたしが、ですか?」



 ヒサコはシガラ公爵家の人間であり、アーソ辺境伯領の領民でもなければ、仕える武官文官でもない。完全な部外者であり、敢えて言えば客人に過ぎないのである。にもかかわらず、作戦会議への参加、しかも女の身の上で戦の準備など、異例中の異例と言えた。


 ヤノシュにしてみれば、ヒサコはとんでもない才女にその瞳には映っていた。一人でも戦力が欲しい状況にあっては、その智謀は是非にも欲するものであった。


 先程の黒犬つくもんとの茶番劇にすっかり騙され、ヒサコがとんでもない知恵者のように認識してしまったのだ。



「あたしはまったくの部外者で、しかも細腕の女。お役には立てませんよ?」



「あなたの知恵や行動力は貴重だ。この際、部外者云々は関係ない。むしろ、先程の襲撃が亜人共の大攻勢の先触れなら、王国全体の問題だ。だから、力を貸してほしい!」



 ヤノシュは懸命に訴えかけ、思わずヒサコの手を握っていた。そこまで必死であり、ヒサコの実力を買っているのだが、それはヒサコにとっても都合のいい事であった。



(まあ、こうなるように色々と茶番を仕組んだんだしね。もちろん承諾よ)



 ヒサコは客人として、避難を勧められる場合も想定して、いくつかの策も考えていたが、かなりやり易いルートが選択され、まずは成功と微笑んだ。



「ヤノシュ様、そういう事でしたらば、冴えない知恵乏しき身の上ですが、できうる限り協力させていただきます。よろしくお願いいたしますね」



「うむ、この事はいずれ必ず相応の礼をさせてもらおう」



「いえいえ、結構ですわ。王国の危機であるならば、協力するのは当然ですから」



 類まれな才覚を有しながら、極めて謙虚で礼儀正しく、ヤノシュはヒサコのことを益々気になってきた。父に勧められるまでもなく、すっかり目の前の女性に惚れ込んでしまっていたのだ。


 無論、ヒサコが相手の考えや感情を読み解き、より興味を惹けるようにと茶番の中にあれこれ組み込んだ事が実を結んだ結果でもあった。


 だが、この貴公子は知らない。全部が“茶番”であり、しかもヒサコの中でヤノシュは“死亡確定”していることも。



「では、急ぎ城に戻るぞ!」



 ヤノシュの言葉に全員が頷き、急いで城への帰路に着いた。


 墓の下に眠る二人のような悲劇はもう起こさせない。そう誓う面々であったが、その中にとんでもない嘘つきが紛れていたのは、アーソの人々にはあまりに不幸であった。

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