5-18 吠えろ! 黒犬の牙 VS 氷の剣!(前編)

 城館にてカインを黒犬つくもんに襲撃させたヒサコは、何食わぬ顔で墓石の前にいた。近くに咲いていた花を摘み、それを二つの墓石に添えて、ヤノシュやルルに倣い、眠りに付く二人の掛け替えのない身内に対して、跪いて祈りを捧げた。



「勇敢なる二人の戦士、イルドよ、エヴァンよ、お二人が守りしこのアーソの地は今なお健在にして、人々は平穏に暮らせております。ひとえにお二人の勇壮なる働きがあればこそ。どうか心安んじて、お休みくださいませ」



 裏でこっそり城館で大騒動を起こしておきながら、同時にこの言い草である。


 ヒサコの演技力もいよいよ神がかって来たと、テアは真面目な表情を装いつつ、自身も祈りを捧げた。


 しばらくの沈黙の後、ヒサコとテアは立ち上がり、足に付いていた砂埃を払って、それからヤノシュに軽く会釈した。



「惜しい方を亡くしました。ご冥福、お祈りいたします」



「ありがとう、ヒサコ殿。あなたのような聡明な女性に参じていただき、二人も喜ぶでしょう」



「いえいえ、この程度。勇敢に戦いし者を讃えぬ者など、人ではありませんわ」



 これは二人を足蹴にした教団側の姿勢を皮肉った言葉であった。


 あいつらは人に非ず。そうきっぱりと言い切った目の前の女性にますます好感を覚え、自然と手を握ってしまっていた。


 ヒサコはニッコリと微笑みながら空いていたもう片方の手を添え、ヤノシュの手を摩った。頬を赤らめ、気恥ずかしそうにしつつも、どこか喜びと親しみを感じさせるような、そういった表情を浮かべた。



(なお、中身は七十爺です。つ~か、ここでもラブロマンス(嘘)ってか!? どんだけ節操ないのよ! 笑いと吐き気を堪える身にもなって!)



 毎度毎度気持ち悪い演劇を見せられている気分になるテアは、当然今目の前で起こっていることにも平静を装わねばならなかった。


 だが、そんな億劫な女神に対し、救いの手を差し伸べたのは悪霊であった。


 テアは森の中から凄まじい勢いで近付いてくる、どす黒い魔力の塊を感知したのだ。無論、それは城の襲撃を終えてこちらに合流しようとする黒犬つくもんであることは、すぐに察した。



「何か、こちらに来ますよ」



 いい加減、気色悪い恋愛劇場は止めろと言わんばかりに口から漏らし、テアは視線を森の方に向けた。


 異様な気配が近づいてくる。これはその場の全員が察したようで、テアの向く方角に視線が集中した。


 同時にヤノシュは腰に帯びていた剣を鞘から抜き、しっかりと握りしめて構えた。幾度となく戦場を駆け抜けてきた者の勘が、最大限の警戒を呼び起こしていたのだ。


 そして、それは姿を現した。木々の隙間からヌッと巨大な黒い犬が顔を出し、四人を品定めするかのように視線を泳がせ、最後にヤノシュを睨みつけた。



「ぶ、悪霊黒犬ブラックドッグだと!? しかも、この大きさ、王侯ロード級か!」



 最上級の怪物がいきなり現れたため、ヤノシュは絶望的に叫んだ。どう考えても、のどかな農村の森の中から出てきていい存在ではなかったからだ。



「え、援護します!」



 ルルは精神を集中させ、魔力を高め始めた。


 この時点で、ヒサコとテアはルルが本物の術士であり、しかも怪物相手に怯むことなく戦える勇気も持ち合わせていると確認できた。



「水の神ネイロよ、水を司りし偉大なる汝に我は祈り願う。加護受けし白き凍れる刃、剣にまといて、敵を切り裂け!」



 ルルの手から放たれた冷気がヤノシュの剣に絡みつき、白く輝く刃へと変じた。


 物理攻撃をすり抜けてしまう黒犬つくもんに対して、魔力を帯びた武器を用意したのだ。



(面白い。二人の実力度合いを測りつつ、魔力持ち相手の戦闘訓練、させてもらうわ)



 ヒサコは丁度いい鍛錬になると、黒犬つくもんに攻撃開始の指示を飛ばした。


 これに反応し、大地を震わせる雄叫びを上げ、同時に大口から【黒の衝撃ダークフォース】を放った。闇の魔力を圧縮し、砲弾のように敵に打ち込む技だ。


 だが、ヤノシュは慌てることなく飛んでくる砲弾を大上段からの斬撃で真っ二つにした。白い剣戟が冷気の軌跡を残し、黒犬つくもんの放った一撃を消し去ってしまった。



(ほほう、これはお見事!)



 ヒサコは初めて見る術式を用いた戦闘にいたく感心した。


 なにしろ、今までの自分の“この世界”での戦闘経験と言えば、仕掛け爆弾の騙し討ちと、銃と鍋を使った黒犬つくもんとのじゃれ合いくらいしかなかったのだ。


 ようやくこの世界での真っ当な戦闘を拝めた。そう考えると、すべてを吸収し、見逃すまいと意識を集中させつつ、ヤノシュの次なる行動を待った。



「邪悪なる黒き犬よ! 氷の中で永遠の眠りに着くがいい!」



 今度はこちらからとヤノシュが黒犬つくもんに斬り込んでいった。


 これに対し、黒犬つくもんはもう一度、【黒の衝撃ダークフォース】を撃ち込んだが、ヤノシュは駆けながら剣を払い、これも防いでしまった。



「てりゃぁぁぁ!」



 走る勢いそのままに、ヤノシュは剣を黒犬つくもんの顔を目がけて剣を突き出した。


 余裕をもってかわせる位置取りであり、黒犬つくもんは横っ飛びでかわそうとしたが、そこにヒサコからの「避けるな!」の指示が飛んできたため、回避することができなかった。


 ヒサコはどの程度のダメージを負うのか、少し試してみようとわざと一撃を受けたのだ。


 無論、氷の剣の直撃を食らうつもりはなく、あくまでかすめる程度を想定し、実際、ヤノシュの放った突きは黒犬の頬に裂傷を負わせた。


 だが、血は噴出さない。血が出る前に、斬られた部分が凍り付き、氷塊が傷口を塞いでしまったからだ。


 そこでようやく黒犬つくもんは距離を取り、それからヒサコを睨みつけた。まるで、「ひどいっすよ、御主人~」と言わんばかりの表情で睨んできたのだ。


 だが、怒りはすれど、反抗の意思はない。スキル【手懐ける者】がしっかりと効いている証拠であった。



(とはいえ、しっかりと剣で傷を負わせてきたわね。実体化している状態でも、銃撃ならどうにかかすり傷程度ってところだったのに)



 改めて魔力を帯びた武器の強さを見せつけられた。要するに、今の一撃は距離さえ詰まってしまえば、それこそ全身鎧フルプレートですら、簡単に貫けることを意味しているのだ。



(魔力持ちとの戦闘は、やはり距離の問題になるかな。結局のところ、銃列を敷き、距離を稼いで接近させないようにするのが肝要かしら)



 なにしろ、ヒサコは術士を大量に抱える『五星教ファイブスターズ』との抗争を考えているため、銃と術の対決を想定した戦術を組み立てておく必要があるからだ。


 そういう意味においては、今の戦闘は貴重な経験となっていた。何事にも学ぶ姿勢を損なわず、あらゆるものを見て聞いて学んで吸収するという、戦国の生存術を全力で用いていた。


 奪い奪われたこそ、戦国日本の鉄則である。そこに七十年も居座っていた者として、学びこそ最重要であるとヒサコの中身は知っているのだ。

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