5-16 告白! 復讐心はこうして生み出された!

 戦の勝敗、戦場での生死は、戦う者としての義務であり、誉でもある。


 一人の男として修羅の巷を渡り歩いてきた松永久秀には、それが良く分かった。


 数多の生死を目の当たりにし、その辺りは達観していると言ってもよかった。



「まあ、戦に関わる者なら、年配者より先に死ぬなんてのも珍しくないし、激戦後に死体が見つかっただけでもよかったのでは?」



「私も父も、最初はそう考えました。だが、あの大司祭は!」


 

 ヒサコの言はその通りではあるのだが、それを納得しかねているようであった。


 かつてのことをしっかりと思い浮かべてしまったらしく、いよいよ怒りも爆発寸前という状態となった。ヤノシュは一度地面を力強く踏みつけ、それで気を落ち着かせた。



「二人の遺体を回収し、後方に下がっていた大司祭の所へ運んだ。まあ、さすがにひどい有様の死体であったから、布に包んではいたがね。二人を始め、死者の冥福を大司祭に祈ってもらおうと、そう考えた。だが……、だが、大司祭はその二人の遺体を足蹴にしやがった! あろうことか、『もっと早く助けに来ないか、間抜け共め!』とか抜かしながら!」



「うわぁ……」



 さすがのヒサコもドン引きした。死体を足蹴にしたことに対してではなく、そんなことをすればどうなるかを予想できないほどのバカが、大司祭を名乗っている点に対してだ。


 反抗の火種を自分で蒔いたような愚行、そうとしか言いようのないバカであった。



「父は慌てて二人の死体を庇ったが、それに対して大司祭は手にしていた錫杖で何度も父を殴打し、『全部お前が悪い! 死にかけたではないか!』と言ってな。挙げ句に、私はともかく、アスプリク様にまで殴りかかる始末」



「そのまま殺しちゃった?」



「いえ。激戦に次ぐ激戦で疲れ切っていたのもありますが、父が前に出て大司祭の癇癪を、一身に受け続けながらも動きを制しておりましたので」



 その時の情景がまざまざと思い浮かんでくるほどに、ヤノシュの怒りや悔しさがヒサコに伝わって来た。


 ただ一言、『大義であった』とでも言って祈りを捧げれば丸く収まるものを、自分で反抗勢力を育てているとは、どちらが間抜けなのかと問いただしたくなってきた。



「父は暴言にも暴力に耐えることができた。そもそも、山という地形に安心して、領地の搦手を攻められるという失態は自分の責任だと感じていたからだ。だが、勇敢に戦って死んだ息子や部下の死を愚弄する行為は断じて許容できなかった」



「うん、そりゃ教団ぶっ潰すってなるのも納得だわ。『六星派シクスス』と繋がるのも当然と言えば当然ね」



「その後、大司祭の気が済むまで父は殴られ続け、戦で負った傷よりも遥かにひどい怪我を負った。急いで屋敷に運び込まれ、生死の境をさ迷ったが、それを助けてくれたのが『六星派シクスス』の司祭なのだ」



「異端派の司祭……」



 ここで今までに会ったことのない存在の登場に、ヒサコも注意を向けた。


 そもそも、『六星派シクスス』の存在は当然知っているが、組織として動いているとはあまり考えていなかった。どちらかと言うと、教団への反発心が生んだ反抗勢力。一種のアンチテーゼのようなものだと考えていた。


 ゆえに、結束力が反抗心のみであり、組織としての実態が見えなかったのだが、ちゃんと“司祭”が活動しているのであれば、その限りでないというわけだ。



「その司祭ってどんな方?」



「黒の法衣をまとっている方で、顔は見ていない。ただ、我々の教団への反意を汲み上げ、それを実現しようと言っていた。そして、『来るべき魔王様の復活に備え、その“器”を用意する』とも。アスプリク様もそれに同調なさり、私と父もそれに乗りました」



 この言葉にヒサコは反応し、すぐに無言のまま控えていたテアに視線を向けた。


 当然、テアも驚いたようで、冷や汗をかきながら頷いた。



(魔王の器、それは正しい。魔王は私の試験の主題なんだし、いずれ降りてくることは分かっている。世界もそれに向けて準備を整え、闇の神を奉じる『六星派シクスス』が闇の堕とし子たる魔王の復活を助長するよう行動するのは、ある意味“設定通り”とも言える。問題は【魔王カウンター】で魔王候補筆頭に挙げられているアスプリクが、まさにその場にいた点!)



 闇の司祭が何かしらの意志のままに動き、そこで“偶然”にも魔王候補にぶち当たったのだとすれば、それは無視できぬ事象であった。


 魔王=アスプリク、という図式が見えてくるのだ。



(え? どうするの、これ? 怪しさ全開の魔王候補、もうすぐここに来ちゃうんだけど!?)



 現在、この辺境伯領の奪取のため、作戦をアスプリクに伝えており、その前段階としてケイカ村への移動の真っ最中のはずであった。しかも、時期的にはそろそろ到着して、騒乱の火種に点火する手筈になっているのだ。


 このまま行くべきか、テアとしては迷いどころであった。


 これはヒサコも同様らしく、少し渋い表情を浮かべながら高速で思考を回している様子であった。


 だが、すぐに硬直が解け、ニヤリと笑った。



「魔王の復活ねぇ。ときに、ヤノシュ様にお聞きしたいのだけど、仮にカイン様が謀反を行って、教団勢力を領内から駆逐したとしましょう。どうにかする手筈はあるの?」



「住民はほぼこちら側ですよ。なにしろ、弟やエヴァンへの仕打ちに激怒したのは、父や私だけでなく、住人全員がね。弟もエヴァンも領内では慕われた存在ですから、あのような仕打ちを受けては最前線に身を置いて国を守っている者として看過できない、と」



「なるほど、それは心強い。つまり、火の手が上がれば、不穏分子が一斉に国内で湧き上がり、王国も教団も足元から崩されると」



「そうです。それに、公爵様が加わってくださるというのであれば、もう怖いものなしです」



「その点は期待してもらってもいいわよ」



 ヒサコは任せておけと言わんばかりにヤノシュに握手を求め、ヤノシュはそれに応じて、二人でしっかりと握手をした。


 だが、それは真っ赤な嘘であった。



(バカじゃないの。組織だって動いていない連中を当てにするなんて、愚の骨頂よ。かつてあたしが用意した信長うつけへの包囲網だって、結局は連携が上手くいかず、崩されたんだもの。あたしが裏で必死に繋ぎをしたって言うのにね。だから、絶対にその謀反は成功しない)



 かつての経験から、この動きは絶対に失敗すると予想が付いた。


 ゆえに逆手に取る。誰が用意しているか分からないが、闇の司祭の思惑より遥かに早く反乱の火の手を挙げ、それを“自分”で鎮火するのだ。


 王国や教団からは“手柄”と認識させ、以て辺境伯領の統治権をそれとなしに貰い受ける。


 異端派からは反抗勢力の旗頭の地位を、カインからヒーサに移し、今後はシガラ公爵家がその中心となって動くようにする。


 それが一石二鳥の策だ。


 油を撒いたのは他の誰かだが、それに勝手に火をつけるのは自分。焙られるのは他の誰かで、鎮火するのは自分。好き放題やって、貰うものは貰う腹積もりであった。



(でも、それだと、双方を納得させる、あるいは誤認させるための“身代わり人形スケープゴート”が必須になってくるわね。どこをどういじくる気かしら?)



 テアはその疑問が解けなかった。


 ヒサコからはこれからの行動について色々と聞かされていたが、それでも伏せられている部分があった。先に知られて演技な部分を気付かれては困るからと、いくつかぼかされて伝えられていたのだが、そこに隠されているのだろうと、半信半疑ながら納得した。


 ともかく、テアの関心事はあくまで“魔王”に関することなのだ。ここへ来て、一気にアスプリクへの疑いが増しており、その魔王候補を策の中に組み込んでも大丈夫なのか、という不安があるのだ。


 だが、テアが見るに、ヒサコは心配ないと言わんばかりにニヤつくだけであった。



「そういう事情でしたか。なら、私共に加え、アスプリク様も戦列に加わりますし、きっと教団の連中も蹴っ飛ばせますよ。足蹴にした報いを味わうことでしょうね、頭の固い山の老人連中に」



 ヒサコは元気付けるようにヤノシュに言い放つと、心強いと言わんばかりに力強く頷いた。


 だが、テアはその言葉に身構えた。文脈に関わらず、“アスプリク”を口にしたのが、作戦決行の合図であると、事前にヒサコに伝えられていたからだ。



(時間的にはそろそろアスプリクがケイカ村に着く頃。いよいよ始まるのね)



 無論、始まるのは辺境伯領の謀反。しかも、誰の思惑でもない、目の前の悪役令嬢が撒かれた油に勝手に火を着け、誰も望まぬ、誰も予想しない謀反を無理やり起こさせるというもの。


 戦の始まりを告げる狼煙は、まず難攻不落の城砦内部で発生することになっていた。


 テアは思わずそちらを向き、これから起こるであろう凄惨な殺戮劇が、自分の予想を上回らないように願うばかりであった。

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