5-15 奮戦! 侵略者を撃退せよ!

 ヤノシュに案内され、ヒサコは村の奥へと向かった。そこは村から道が整備され、五分ほど歩くと、そこに到着した。


 それは誰かの墓であった。


 立派な墓石が二つ置かれ、真新しい花が添えられており、よく手入れが行き届いた墓であった。


 墓碑銘を見ると、『イルド、我が最愛の息子よ、安らかに眠れ』と彫り込まれ、もう一つの方には『敬愛する私の父エヴァン、その魂に安らぎを』と刻まれていた。



「これは?」



「弟イルドの墓です。もう片方はルルの父エヴァンの墓です」



 ヤノシュは墓石の前に跪き、永遠の眠りに付く弟に向かって祈りを捧げた。ルルもまた、父の墓に向かって目を潤ませながら拝んだ。



「祈る神の名など、私には持ち合わせがない。なんと祈ればいいのだろうか、誰に祈りを託せばよいのか、それすら分からない。五つの星の神は、堕落しきっている。腐っている。あの汚れた聖なる山の有様に、神が罰を与えぬのがその証拠だ!」



 拳を何度も何度も叩き付け、ヤノシュは悔しさと心の叫びを涙と共に地面へとぶちまけた。



「イルド様は術士だったのです」



 主人の怒り悲しむ姿に、ルルはいたたまれなくなり、ヒサコに告げた。



「ということは、教団に取られたってことか」



「はい。子供は生まれてより半年ほどで神殿へ初宮詣を行い、洗礼を受けます。しかし、それは洗礼と言う名の術が使えるかどうかの適性検査です」



「ええ、それは知っているわ。適性検査の結果、術士としての適性が認められた場合は、親元で八歳から十歳くらいまで育てられた後、教団の訓練施設へ入れられる。この点は貴族であろうが、庶民であろうが、一切の例外はなし」



「その規定に従い、イルド様も教団に身柄を召し上げられ、訓練の後、従軍神官となられました。有力貴族の子弟ですので、望めば配置場所に優遇措置を受けてもよかったのですが、イルド様は拒否なさり、最も危険な最前線勤務を希望なさいました。身の上は神官であっても、心に宿すのは武門の矜持。術の才より、武芸の才の方がおありだったようで、化け物を術より剣で倒していたのだとか」



 術も使える騎士とは素晴らしいなと、ヒサコは素直に感心した。


 だが、目の前にその豪傑の墓があるということは、死んでしまったということに他ならない。カイン、ヤノシュの口からも戦死である旨が伝えられているし、張り切り過ぎたのだとろうとヒサコは考えた。



「ですが、戦場で散るのは武門の誉れではございませんか? 騎士ではなく、神官としてではありますが、立派に務めを果たされたのですから」



「その立派な務めとやらも、あの山の老人には全然響いていないのだ!」



 再び吐き出されたヤノシュからの怒りの言葉。無念さがほとばしり、今一度、力強く拳を地面に叩き付けた。



「ちょうどな、イルドが里帰り名目でここに戻ってきていたのだ。久しぶりに家族でケイカ村の温泉にでも出かけようかなどと話していたものだ。そんな折、火の大司祭が珍しく聖山を下りてやって来た。理由は火の大神官に抜擢されたばかりのアスプリク様の具合を確かめるため、前線を視察しに来たというわけだ。急な来客ではあったが、相手が相手であるし、丁寧に応対したさ。そして、あの事件が起こった」



 ヤノシュはようやく立ち上がり、そして、少し先にある山の頂を指さした。



「あの険しい山の向こうには、ジルゴ帝国の領域がある。そこからゴブリンの大軍勢が押し寄せてきたのだ。平野部からの侵攻ではなく、険しい山を乗り越えての襲撃など初めてであったため、こちらも対応が後手に回ってしまった。しかも、数で言えば軽く一万を超す数であったため、次々とにわか作りの防衛線が突破された。あげく、火の大司祭が逃げ込んでいた小砦が取り囲まれ、あわやの事態となった」



「そのまま死ねば良かったのに」



 ついうっかり、ヒサコの口から本音が漏れ出てしまった。教団に関してはアスプリクの件もあって心底嫌っており、どうやって粛清してやろうかとあれこれ思案しているところであった。


 他人に聞かれたらかなり危ない発言ではあったが、ここは教団に反感を持つ者達の溜まり場で、しかも目の前にいるのは弟を失ったヤノシュ、父を失ったルルしかいない。


 あとは何も語らない女神がいたりするわけだが、当然無視であった。



「まあ、ヒサコ殿の意見には完全同意だな。だが、さすがに大司祭が死亡したとなると、辺境伯の責任問題に発展しかねないし、そこは自重せねばな」



 そうは言いつつも、ヤノシュの言葉は不機嫌そのものだ。本気で死ねば良かったのにと考えているようであった。



「その囲みを切り込んで大司祭を救出したのが、イルドとエヴァン、そして、アスプリク様だ」



「ほほう。たった三人で大軍勢に切り込んで、救出作戦とは大したもんね」



「アスプリク様が炎で道をこじ開け、そこに突っ込んでいって大司祭を逃がすことに成功した。しかし、すぐに追撃がかかり、時間稼ぎのために三人がそのまま壁となって立ち塞がった」



「うは、完全に死に残りの殿軍しんがりね」



 いくらなんでも、手練とはいえ三人の殿軍は厳しすぎる。死ぬのも当然かとヒサコは思った。


 そもそも、軍事行動において、圧倒的に難しいのは“先陣”と“殿軍”、つまり一番前と一番後ろである。特に殿軍は後退中の味方の盾とならなくてはならないため、一番損害が大きくなる。


 いかに損害少なく引き上げるか、殿軍の差配次第で大きく左右されるのだ。



「時間稼ぎですからまともには戦わず、馬で引っかき回したそうです。そんな中でも、エヴァンは小鬼ゴブリン百匹は斬り伏せていたと、アスプリク様からは伺っています」



「一人で百匹超えとか、とんでもない剛の者ね」



「ええ。エヴァンは我が辺境伯軍の切り込み隊長で、領内一の剣豪でしたから。あのときも急を聞いて部下も率いず単身で駆け込み、血路を切り開いたのです」



 そう説明すると、横にいたルルも嬉しそうに頷いた。敬愛する父の活躍を褒められるのは娘としても鼻が高いし、単純に嬉しいのであった。



「弟のイルドもまた奮戦して、次々と小鬼ゴブリンを倒しましたが、数が数ですし、アスプリク様の術でも対処できなくなってきて、二人とも力尽き、倒れてしまいました」



「惜しい人を亡くしたわね。後備えがいれば、状況は変わっていたでしょうに」



「後備えはいましたよ。囲みの外側にいた、従軍神官団がね。結局、大司祭を救いに危地に飛び込んだのはその三人だけ。他は敵の数に恐れをなしてしり込みしていました。で、大司祭が救出されると、そのまま後退。もし、一押ししてから引き揚げていれば、三人とも無事に撤収できたかもしれないのに!」



 恐れをなして大司祭を助けようともせず、それでいて大司祭の身柄を保護すると、援護もなしにさっさと後退。結果として、イルドとエヴァンは力尽きる結果となった。



「なるほど、実質見殺しにされたわけか。無念なのも分かりますわ」



「違う、違うのだ、ヒサコ殿。“その程度”であれば、私も父も怒ったりはしない。戦場で臆病風に吹かれるなど、よくある話だ。問題はその後の大司祭の態度なのだ」



 またしてもヤノシュの拳が怒りに震え出した。



「アスプリク様も、さすがに壁役なしで術士単騎で敵の軍勢と戦う愚は犯さず、もう十分時間は稼いだしと考えられ、即座に後退された。そこに、軍勢を整えて私と父が駆け付け、敵軍を押し返した。かなり激しい戦闘であったが、小鬼ゴブリン軍団は半数以上討ち取り、残りも山向こうへと消えていった。折り重なる死体の山の中、無残な惨殺体となっていたのを私が発見し、弟を助けれなかった自分を悔いた」



 犠牲となった彼我の数を考えると、まず勝利と言ってもよい戦果だ。


 勇者二人を失ったとは言え、侵攻してきた敵の半数を討ち取り、見事に国境の外側へと追い出したのだ。


 だが、それは慰めにもならない。目の前にいるヤノシュやルルにとっては、欠くべからざる弟、あるいは父を失ったのであるからだ。


 墓石を複雑な表情で見つめる二人には、それが痛い程に分かり、絞め付けているのをヒサコは感じ取った。

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