5-14 自由を! 満たされることなき“一”を求めて!

 ヤノシュにしろ、ルルにしろ、心の内にはどす黒い何かがある。


 それを感じ取りつつも、ヒサコは気付かぬ風を装った。


 『六星派シクスス』は教団に属さない術士の集団であり、同時に『五星教ファイブスターズ』への不満のはけ口にもなっていると、今までの経験から理解していた。


 しかし、カインもヤノシュも術士ではなさそうなのに、『六星派シクスス』の隠れ里を用意するほどに協力的になっていた。


 領主という身分を危うくしてでも、教団側に敵対する覚悟がある。それほどまでの過去が領主一家に降りかかったということは、想像するに難くなかった。



「ヤノシュ様、もしよろしければ、お話し願えませんか? 辺境伯や、あなた様が、こうまで教団を毛嫌いする理由をお聞きしたい」



「ええ、お話しても構いません。しかし、その前に、こちらからも尋ねさせていただきます。ヒサコ殿や公爵閣下が教団側を拒む理由はなんでしょうか?」



「気に入らないから」



 迷うことなく、即答で答えた。


 あまりの素早い回答に、ヤノシュもさすがに呆気に取られたが、ヒサコの迷いのない表情に姿勢を正し、話を続けた。



「もっともらしい理由ですね。ちなみに、その気に入らない理由とは?」



「人は自由であるべきです。しかし、今の教団側のやり方は明らかに自由を縛っている。無論、無秩序を肯定するつもりはありません。人が社会的な存在である限り、集団を作り、社会を構築し、糧を得ているのですからね。そうした集団、社会を円滑に運営するために法度はっとを設け、あからさまな収奪を防ぐ必要があります。自由の中にも法が、……いえ、規則の中でこそ自由が約束されるとでも申しましょうか。ですが、教団側の自由の幅は、あまりにも狭すぎる」



 他人や女を縛るのは大好物だが、自分が縛られる真っ平御免。それが乱世の梟雄の信条だ。


 それゆえに、全てを捨ててまで、矜持を投げ捨ててまで、生き残る道をよしとはしなかった。地べたに這いつくばりつつも煮え滾る蜘蛛、天下の名器『古天明平蜘蛛茶釜』こそ自分自身の姿。


 自分の魂を差し出してまで助かることを拒絶し、信長まおうに引き渡さずに共に爆ぜた理由がそれなのだ。



(生きているだけ、存在しているだけ、そんな者は“人”とは呼べない。好き放題やってこその人生よ。茶を味わい、芸術を愛で、女体を貪り、時には奪い、この世の愉悦と享楽を欲しいままにする。あたしが欲するのは“たったそれだけ”なのよ。誰かに縛られ、誰かに邪魔されるなら、変えてやるし、潰してやるだけよ)



 この考えは今の世界でも、前の世界でも一切のブレはない。“九十九つくも”の欠けたる満たされない“いつ”を求めて、気の赴くままに生きる。


 それが自分の生き様だと思えばこそ、無駄に縛り付ける教団のやり口を嫌うのだ。



「つまり、教団が幅を利かせる世の中が嫌いであると?」



「それはちょっと違う。世界は美しい。打ち付けられて飛び散る水飛沫も、鉄を鍛え上げる飛び散る炎も、不意に吹き抜ける草原のそよ風も、そそり立つ峻嶮なる岩山も、山裾より顔を見せる陽の光も、星の瞬く夜空の闇も、すべからく美しい。ゆえに、あたしはこの世のすべてを愛でる。世界を嫌うことはない。この世で醜いものがあるとすれば、それはただ一つ、“人の心”のみ」



 かつての世界で七十年もの長きにわたり、人の醜悪さを見続けてきた末の結論であった。


 奪い奪われ、殺し殺され、時に親兄弟すら裏切る。地獄というものが存在するというのなら、まさに人の世こそがそれであり、人の心が世界を歪めてしまう。


 異世界に流れ着けども、根の部分は変わりなし。人の心は万国共通。やはり、醜いのだ。


 そう、自分も含めて。



(芸術だけが、それを埋めてくれる。茶の湯、作陶、歌詠み、あたしのとっての“いつ”とはなんなのかしらね)



 七十年の歳月を経ても、未だ答えの出ない自問自答。探し求めて、なお足掻く様は滑稽にすら感じるが、それでも求めるのは“人”としての性質なのだろう、と。



「っと、少々説教じみたことを口走ってしまいましたわね。まあ、要するに、自由奔放でいたいってことですよ。でも、教団が今のままでは、窮屈過ぎて窒息しそうなの。皆が笑って暮らせるのには、もう少しおおらかな方がよくないかしらね?」



 にっこり微笑むヒサコであったが、そんな彼女をヤノシュはガシッと手を握り、顔を見つめてきた。



「なんという深遠なお考えでしょうか。私より若い十七歳と伺っておりましたが、ここまで踏み込んだ哲学をお持ちとは! 自らの浅学を嘆くばかりです!」



「あ、いや、その、お、お兄様の受け売りですわ。あたしはそれに同調したというか、その」



「兄妹揃って、ご立派です。感服いたしました!」



 ヒサコとしては正直に喋っただけなのだが、こうも受けてしまうとは予想外であった。


 控えているルルもなぜか涙ぐんでおり、こちらにもクリティカルヒットしたようであった。



(余程、嫌なことがあったか、こりゃ)



 教団を憎むそれ相応の理由が、少なくともこの二人にはあるとヒサコは感じた。



「そ、それで、ヤノシュ様、お話の続きを」



「ああ、すまぬ。つい取り乱してしまった。少し場所を変えよう。案内したい場所がある。私の、父の、苦しみ抜いた証がそこにある」



 そう言うと、ヤノシュは踵を返し、村の更に奥へと歩き始めた。


 苦しみの証、そう述べるだけの激痛に耐えるかのような表情を浮かべているのを、ヒサコは間近で見せられて、これは覚悟が必要だなと身構えつつ後に続いた。

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