5-13 隠者の里! そこは虐げられし者の住処!

 アーソ辺境伯領に逗留することとなったヒサコとテアであったが、ささやかながら宴を催され、領主一家からの歓迎を受けた。


 酒の席で他愛無い世間話で打ち解け合い、親密になっていった。


 なお、その席でも情報収集は欠かさず、領内の情報は『六星派シクスス』に関すること以外は、聞くべきことはほぼ聞き終えた格好となった。


 異端派に関することは先方も情報開示に慎重になるだろうと考え、食い気味に効いても却って不自然さが増すと判断。敢えてきかなかったのだ。


 その翌日は領主カインの息子ヤノシュの案内で、領内の見学に出ることとなった。


 聞いただけでは上手く掴みにくいこともあり、やはり実際に見ておきたい場所もあったので、それとなしにお願いしてみると、領主一家は快く応じてくれたのだ。


 産業に関することはもちろんのこと、地形の把握や兵の配置など、今後のために知っておきたい情報の入手に努めた。



「とても素晴らしい場所ですわね」



 昼食のために立ち寄った村にて、ヒサコは今まで見学の感想を率直に述べた。



「お気に召していただけたのなら幸いです。工房ばかりで、いささか埃っぽいとは思っておりましたが、大丈夫でしたか?」



 ヤノシュの言う通り、女性にしては食い入るようにヒサコが工房を熱心に見て回るのに少しばかり不思議に思っていた。


 だが、とにかく前評判で型にはまらぬ変わった女性であると聞かされていたため、そこまで顔には出していなかった。



「いいえ、あのくらい刺激的な方がよいですわ。優れた道具を揃えたところで、使い手がヘボでは、名剣とてただの調度品に過ぎないでしょうが、あなた様や他の兵士の皆さんは手練れ揃い。作る鍛冶屋も、使われる剣も、ある意味幸せ者ですわ」



「そう言っていただけるとは、恐縮の極みです」



 ヤノシュはヒサコの誉め言葉を素直に受け取り、少年のように喜んだ。一人の戦士として、あるいは指揮する者として、自分や兵士の技量を認めてもらえるのが、何よりも嬉しいのだ。



「ヒサコ殿の言う通り、使い手がヘボではね……。この村はそんな連中の溜まり場にもなっています」



 不意に投げかけられた言葉に、さて来たぞ、と顔には出さずにヒサコは身構えた。



「ああ、この村は身をやつさねばならぬ方々の村でしたか」



「ええ、その通りです。この村は『六星派シクスス』の鍛練場になっておりまして、村の奥では術式の訓練も行っております。教団の目があるので、大ぴらにはできないための措置です」



「この領内の教団関係者は?」



「いますよ。なにしろ、ここはジルゴ帝国と国境を接する最前線ですからね。従軍神官の一団が常駐しております」



「では、隠すのも一苦労でしょうね」



 教団関係者以外の術士は異端者として処罰されるのが、この世界での常識となっている。


 ゆえに、術の才能を持つ者がとるべき手段はたったの三つしかない。教団に身を投じるか、分からぬように正体を隠匿するか、あるいは『六星派シクスス』に合流するか、だ。


 そして、ここは教団に加わるのをよしとしなかった者達の村と言うのをヒサコは知った。



「私の侍女のルルも術士ですよ。それほど優れた才は持ち合わせておりませんが」



 ヤノシュがそう言うと、控えていた黒髪の少女はヒサコに改めて頭を下げてきた。齢はヒサコより少し年下くらいで、十代半ばといったところであった。無言無表情の愛想のない侍女であったが、その影の濃さが辛い人生を歩んできたことを感じさせた。


 領内の散策中も無言のままずっと付いて来ており、時折探るような気配をヒサコは感じていたが、これでその理由が分かった。



(一応の探りは入れてきた、ということね。まあ、そういう方がむしろやり易い)



 なにしろ、監視下で上手く事を運べれば、あちらが勝手に“白出し”をしてくれて、身の潔白の証人となってくれるからだ。単独行動中に事を起こせば、“よそ者”の自分が真っ先に疑われる。


 そう考えると、分かりやすい監視役が付いていてくれる方がいい。要は、それを逆用すればいいだけだ。それがヒサコの考えであった。



(フフッ、術士の力量として大したことがないのは間違いなさそうね。それとも、経験不足かしら? なにしろ、城内に最強最悪の悪霊つくもんが紛れ込んでいるのに、誰も気付いてないものねぇ~)



 策の発動条件に徐々に整いつつあるのを感じつつ、ヒサコは何食わぬ顔で会話を続けた。



「ルルさんは何系の術がお得意ですか? 公爵領で匿っている術士もいるのですが、そちらの方は地属性が得意なのですよ」



 もちろん、これはティースの従者であるマークの事だ。


 暗殺者や密偵としての修練を積み、さらに地属性の術まで使いこなす使い勝手の良い人材で、ヒサコがこの世界で出会った人物の中ではぶっちぎりで欲しい人材であり、同時に敵に回すと厄介との評を得ている。


 術士に関する話など、教団関係者を除けば本来はご法度であるが、隠棲者同士である事をアピールするため、敢えて口にした。


 そして、あっさり乗って来た。



「私は水系統の術が得意ですね。霧を発生させたり、足場を沼に変えたりするくらいですが。優秀な使い手だと、大水で相手を押し流したり、あるいは無数の氷のつぶてをぶつけたりできるんですけど、私の腕ではそこまでは」



「いやいや、ルルさん、あなたの術式、使い方によったら凶悪よ」



 ヒサコはルルと名乗る少女の術士に興味を覚えた。


 単体の術士としては弱いかもしれないが、視界遮断や行動制限など、弱体化デバフや妨害主体の術士は連携を取れる相手がいると、途端に化ける特性がある。


 それを瞬時にヒサコは察したのだ。



(面白いわね。霧を発生させる術は次の作戦にぴったりだわ。使わせてもらいましょう)



 ヒサコは頭に描いていた作戦案に修正を加え、より効果的な策に切り替えた。



「そうなると、他にも術が使える方がいらっしゃると?」



「数はそれほど多くありませんけどね。やはり、術士自体が生まれてくる数が少ないですし、何より大半は教団側にすぐ押さえられてしまいますからね」



 この時、ヒサコはヤノシュの口調が言い表しがたいほどの不快感で満ちていることに気付いた。


 当然のことだが、教団絡みで何かがあったのだろうと考えた。



(察するに、これは相当な“恨み”よね。人を突き動かす、その最たる原動力は“利”でも“義”でもなく“情”なのだから)



 それが松永久秀が長年見てきた人間と言うものの“答え”であった。


 普段、口ではどれほど偉そうなご高説を垂れようとも、いざ“その時”が来れば、たちまち化けの皮が剥がれる。


 激情に身を焼き、普段ならば有り得ない凶行に手を染める。そんな場面を何度も見てきたがゆえである。


 そして、目の前のヤノシュからも、それに似た“匂い”を感じた。


 平静を装って入るも、その魂には煮えたぎる溶岩のごとき何かがある。


 ヒサコはそれを敏感に嗅ぎ分けていた。

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