5-12 調査! アーソ辺境伯領を調べ尽くせ!

 ヒサコとテアが馬車に揺られる旅を続けて、目的のアーソ辺境伯領に到着し、城館の入口までやって来た。


 目の前の城は左右に裏手が川に囲まれ、城自体も山に乗っかる形で建てられており、非常に堅牢な造りをしていた。


 今は平時と言うことで城門は開け放たれているが、唯一の攻め口である正門は跳ね橋になっており、吊り上げてしまえば攻め口が無くなる構造になっていた。


 その城館前に二人は馬車で乗り付けたのだ。


 ヒサコは軽い身のこなしで馬車から飛び降り、左右に立つ門番に笑顔を向けた。



「先触れなしの訪問失礼いまします。シガラ公爵家のヒサコと申します。辺境伯のカイン様へのお目通りをお願いいたします」



「これはこれは、ようこそいらっしゃいました。話は伺っております。いやぁ、噂通りの巨大な馬ですな。これほどの馬は見たことがありません」



 緊要地と言うことでガタイのいい軍馬は見慣れているであろうが、さすがに荷馬車を牽かせている黒毛の輓馬ほどのものはなさそうであった。


 この黒馬の正体は悪霊黒犬ブラックドッグと呼ばれる怪物で、ヒサコはつくもんと名付けて可愛がっていた。


 今は馬に擬態しているが、仔犬に化けたりすることもできるし、正体は巨大な犬だ。


 実体と幽体を交互に切り替えることができ、術士がいなくてはほぼ対処できない難敵であったが、ヒサコの手によって退治され、スキル【手懐ける者】によって支配下に置かれていた。



「領主様にすぐにお知らせいたします。ささ、こちらへどうぞ」



 門番が手で合図を送ると、城の中から案内役が駆け寄って来て、馬の轡を掴み、城の中へと通された。


 正門付近の厩舎の前に連れて行かれ、そこから徒歩で進んで行くこととなった。


 外からは分からなかったが、場内は螺旋状に坂や石段が連なっていた。



(侵入されたとしても、本丸まではこの状態か。上の城壁から狙い撃ちにされるわね。所々に城壁に登る階段や梯子があるけど、そこを潰しておけば、一方的に上から攻撃できる。おまけに坂だから、本丸に到着したころには息が上がっていまう、と)



 内部も良く出来ている。ヒサコはいい構えだと心の中で称賛した。


 そして、しばらくそのようなぐるぐる回る螺旋坂を登っていると、ようやく本城の前まで到着した。


 その入り口に幾人もの人々が出迎えており、その中に領主たるカインの姿を視認した。


 ヒサコはその前まで進み出て、丁寧にお辞儀をした。



「辺境伯様、お招きいただきましたること、まず感謝いたします」



「いやぁ、構わん構わん。結構な土産を貰ったことだしな」



 カインはいたく上機嫌でヒサコを迎えた。


 ケイカ村での席において、まだこの世に一冊しかない漆器装丁の本を贈呈しており、その際に辺境伯領に逗留する旨を伝えていた。


 返事は歓迎するとのことで、こうして温かく出迎えてくれたのだ。



「お近付きの品としてはささやかなものでしたが、こうして縁が結ばれましたることを、心より感激いたしました」



 ヒサコも表面上はにこやかな笑みを浮かべているが、そう遠くない未来、この地は攻め滅ぼされることが決定事項となっており、それを気取られないためにも素知らぬ顔を決め込まねばならなかった。



「ところで、そちらの御方がお話に聞いておりました……」



「ええ、お話ししておりました、私の倅にございます。ほれ、挨拶せんか」



 カインの横に立っていた若者が進み出て、ヒサコに恭しく頭を下げてきた。



「お初にお目にかかります、ヒサコ殿。辺境伯カインの長男で、名をヤノシュと申します。こうしてお会いできましたること、感激の至りです」



 黒髪黒目の貴公子で、実に涼しげな顔立ちの美男子であった。それでいてヒーサよりもさらに高い高身長であり、体もしっかりと鍛え上げられており、戦慣れしている雰囲気がすぐに読み取れた。


 偉丈夫で、貴族の子息、おまけに顔立ちもいい。もし、アイクとの出会いがなければ、あるいはこちらを結婚詐欺で引っかけたかもしれないなと、ヒサコは思った。



「ヤノシュ様、丁寧なご挨拶に感激いたしました。色々とお話をお伺いしたいものですわ」



 ここでヒサコは少し積極的に出た。笑顔を浮かべながらヤノシュの手を取り、それから少し顔を赤らめつつまた微笑んだ。


 稀に見る美女からの積極的な誘いに、慣れていないのか、ヤノシュもまた顔を赤らめた。



(どんだけ粉かけるんだ、この悪役令嬢は!)



 一連のやり取りを見ながら、随伴していたテアは心の中で悪態ついた。


 ほんの少し前まで第一王子のアイクをあの手この手でたぶらかし、今度は目の前の初心そうな貴公子を誘惑しているのだ。


 さすがに節操なしと思われても仕方がない。


 なお、テアはヒサコの中身が七十爺だと知っているため、なんとも言い難い気持ち悪さを覚えていた。演技力の向上は著しいものがあった。



「そう言えば、カイン様、今このお城にいるご家族はヤノシュ様だけですか?」



「ええ、その通りです。妻とは死別しており、娘はもう嫁いでいますので、領内にいる身内は倅だけです。あと……」



 何かを思い出したのか、カインは急に空を見上げ、なにやらぼんやりと眺め始めた。



「弟がいたのですが、二年ほど前に亡くなりまして……」



 ヤノシュの説明を聞き、ヒサコは納得した。戦慣れしていると言っても、やはり子供に先立たれるのは、親として思うところもあるのだろうと。



「その方はご病気か何かで?」



「戦死です。小鬼ゴブリン族の大群が侵攻してきて、どうにか退けたのですが、その戦いの最中に亡くなっています」



「そうでしたか」



 余計なことを聞いてしまったと、ヒサコは深く頭を下げた。



「申し訳ございませんでした。無神経な問いで、苦い記憶を呼び起こすような真似をしてしまいまして」



「いや、なに、構わんぞ。武門に生まれし身の上なれば、床の上にて安住の死を迎えるより、血と泥にまみれて戦場にて死ぬることこそ誉れである。ただ、少しばかりあの世からのお迎えが早かっただけだ」



 カインは気丈に答えるも、やはり声にはどことなく張りがない。平然としつつも、やはり心の中では釈然としない何かがあるのだと、ヒサコは察した。



「時にヒサコ殿、一つ質問をよろしいでしょうか?」



 ヤノシュは控えていたテアを不思議そうに見ながら尋ねた。



「なぜ、あなたの侍女は鍋を括り付けているのでしょうか?」



「あぁ~」



 ヤノシュの言う通り、テアは鍋を一つ担いでおり、見る者が見ればさぞ珍奇に映ることだろう。



「あれは我が公爵家に伝わる家宝の鍋でございまして、神の御加護が備わる偉大な鍋でございますの。どんな料理下手が使おうが、決して焦げ付かない優れ物なのです」



「おお、それはまた便利な」



「とはいえ、あの鍋は家宝。無くしては大変ですから、ああして肌身離さず持ってもらっているのです。なにぶん、私は料理がそれほど得意でないので、鍋の力を使わないと、食材を無駄にしてしまいそうで。長旅の間は手放せませんわ」



 ヒサコはテアの珍奇な姿の理由を説明し、どうにか納得してもらえた。なお、絶対に焦げ付かないというのは本当であり、鍋に備わるスキルの賜物であった。



(現状、手持ちの道具類で、失って困る物ってこの鍋くらいなのよね)



 荷馬車の中には色々と道具を用意してあるが、どれも金さえ出せば揃えれるものばかりだ。火薬や銃器についてはさすがに揃えるのは面倒であるが、絶対に手に入らないというわけではない。


 しかし、テアが担ぐ輝く鍋、神造法具『不捨礼子すてんれいす』だけは別格扱いだ。


 作り出すことが不可能な神の作りし道具を、一種のすり抜けバグでこの世界に偶然持ち込むことができ、破格の性能を有する道具となってしまった。



(それに、テアが鍋を担いでも不審に思われないようにする前振りでもあるしね)



 そう、もう梟雄の策謀は動き始まっている。アーソ辺境伯を巡る騒動は、遥か彼方から軍靴の足音と共に、物騒な軍隊がやって来るのだ。


 すでに、ヒサコの頭には無数の図表チャートが組まれ、どの状況になっても『辺境伯領の制圧』という終点に向かって突き進むようになっていた。


 そして、その未来図の中に、追加の二文が加わった。



(カイン、生存確定。ヤノシュ、死亡確定。さあ、お二人さん、せいぜい残り短い親子でいられる時間を楽しみなさい)



 ヒサコによる“選別”がなされた。殺す必要があるから殺す。あるいは、生かしておく必要があるから生かしておく。それだけの単純な判断だ。


 そう、国盗りはもう始まっているのだ。

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