5-11 堅牢! アーソ城の守りは万全です!

「で、この町村が焼かれるまでまだ時間があると思うけど、それまでに何をしておくの?」



 テアの心配はそこであった。


 異端派の溜り場だと通報した以上、そう遠くないうちに軍勢がやってくるのは明白である。ゆえに、必要な物を手早く手にして、戦火に巻き込まれる前に離れなければならなかった。



「ま、強いて言えば選別かな?」



「選別?」



「誰を生かすか、殺すか、その判断をつけるのよ」



「聞いて損したわ」



 どこまでもぶれないのは相変わらずであったが、ここまで徹底されると恐ろしさすら感じてしまうものだ。なお、こんな外道であっても、お探しの魔王でないのはテアも納得いかなかった。



「はぁ~、どう考えてもこの外道が魔王なのに、法具の判定じゃ違うって出てるのが納得いかないわ」



「なら、もう一回調べてみる?」



「一度の降臨で、三回しか使えないって言ってるでしょ! 仮にもう一回使えるとしても、調べ終わってる奴に、もう一回使うなんて馬鹿な真似出来るわけないわ」



 使用回数三回という制限のある法具【魔王カウンター】。それを装備して対象をしっかり観察すれば、対象の魔王としての適性を調べることができる。


 それを用いて調べたのが、ヒーサ、アスプリク、マークの三人であった。


 結果はヒーサが“5”、アスプリクが“88”、マークが“87”となった。


 アスプリクやマークは魔王としての覚醒が大いにあるが、目の前の相方は魔王にあらず。これが調べた結果なのだ。



「まあ、そりゃそうね。時期的にはそろそろ出てきてもおかしくないのに、一向にそれらしい兆候がないのもね~。まあ、魔王って言ったら、罪なき人々を殺して村々を焼き払ったり、甘言を用いて悪の道に落とし込んだり、果ては世界征服とか、そんな感じかしら?」



「全部やってる奴が目の前にいるんですけど!?」



 いったい、目の前の梟雄を戦国日本から転生させてからというもの、何人の犠牲者が出たか分からないほどに被害は拡大していた。


 グレていた少女アスプリクを言葉巧みに誘導して謀反の種火として使ったり、国盗りと言うの名の征服事業をこっそり始めてみたり、やりたい放題だ。


 父兄の毒殺から始まって、義父に専属の侍女など、死に追いやった相手は数知れず。傍若無人、我田引水、ここに極まれりだ。


 それでいて、罪はきっちり回避して、容疑にすら上っていない。手にしたスキルを駆使して、見事にすり抜けてきたのだ。



「んで、こののどかな村々も火の海に沈めるですって!?」



「それをやるのは、これからやって来る異端派への討伐軍であって、あたしじゃないわよ~♪」



「通報したくせに……。汚れ仕事は他人任せで、利益だけはきっちり徴収すると」



「降りかかる厄介事は最小に、受け取る報酬はもっと多く。当然じゃないかしら?」



 効率を考えればその通りなのだが、倫理観で言えばとことん腐れ外道であった。



「でもさ、その討伐軍とやらが来た時、こっちも巻き込まれないの?」



「巻き込まれるわよ。だから、それまでにこっちも“選別”を済ませておかないといけないし、自分達の安全も確保しておかないとダメね。まあ、そこは“お兄様”が上手くやるわよ」



「自分で操作してるじゃない!」



 スキル【投影】を用いて分身体ヒーサを作り出し、【手懐ける者】で操作性も向上させて、遠隔操作の真っ最中であった。


 ヒサコの姿で遠出ができるのは、スキルの複合使用の成せる技であった。


 なお現在、ヒーサは軍の招集を終え、かなりの強行軍で辺境伯領を目指していた。


 数は二千。騎兵五百に、軽歩兵千五百だ。しかも、騎兵の半分は銃を装備した竜騎兵ドラグーンであり、歩兵も千名近く燧発銃フリントロックガンを備えた銃兵であった。


 財に物を言わせて揃えた、速度と火力重視の編成であった。



「まあ、大筒がないから城攻めには不向きだけど、城攻めはする予定ないし、大丈夫でしょう」



「攻城兵器を帯同させると、行軍速度落ちちゃうもんね」



「できれば、セティ公爵軍が到着する前に先んじて辺境伯領に入りたいけど、少し際どいかな。まあ、アスプリクには時間稼ぎを頼んでいるから、最悪でも同時侵入には持ち込めるわよ」



 アスプリクは現在、シガラ公爵軍に先行する形でケイカ村を目指していた。三十名にも満たない小部隊であるが、全員騎乗しているし、速度の面ではどの部隊よりも優れていた。なにより、先行して出発しているため、ケイカ村への一番乗りは確実であった。



「で、アスプリクには時間稼ぎの手順や、皆を騙す小芝居の台本を渡してるから、上手く引っ掻き回してくれるでしょうよ」



「どこまで用意周到なんだか」



「なにしろ、これからやるのは小手先の策謀や暗殺なんかじゃなく、小さな国が滅びゆく本物の戦なのよ。碌な準備もせずに戦端を開くなんて、愚か者のやることだわ」



 過激な発言にもかかわらず、テアの見る相方の顔は実に楽しそうであった。旅装束で地味な装いだが、貴族令嬢ですと言っても、誰も信じたりはしないだろうと思えるほどに歪んだ笑みを浮かべていた。



「さて、見えてきたわよ。あれが辺境伯の城館ね」



 遠方に見えてきた城が二人の視界に飛び込んできた。山の上にそびえ立つ城の姿は圧巻そのものであり、小競り合いの絶えない緊要地の城に相応しい堅牢さを二人に見せつけてきた。


 そして、城に近付くにつれてその力強い佇まいに圧倒された。



「ああ、これは無理だわ。まともにやったら、絶対に攻め落とせない城だわ」



 ヒサコは城やその周辺の地形を読み解き、感心しながら呟いた。



「見て、城の背後を。川になってる。で、城の背後で川が二股に別れ、それが左右を挟み、その間にある峻嶮しゅんけんな山の上に乗っかる形で城が建てられているわ」



 ヒサコは要所を指さしながら、テアにも分かりやすく説明しだした。


 ヒサコの中身である松永久秀は、戦国日本の数ある武将の中でも特に城造りに定評のある者であり、自身が手掛けた城は数知れず。後々まで影響を与える技術をいくつも生み出した。


 それが手放しで絶賛しているのだ。



「川が邪魔をして裏手にも左右にも、部隊を展開することができない。で、正面から攻撃するしかないけど、川が邪魔して展開幅が狭い。おまけに坂道だから、攻城兵器も取り付きにくいわね。ダメ押しとばかりに、正門は跳ね橋付きときましたか。建てるのに苦労したでしょうけど、それに見合うだけの堅牢さを持っているわ。武器弾薬、その他物資が十分貯蔵されているなら、落ちることはないでしょうよ」



 力攻めではまず落ちないと、戦国屈指の築城の名手が太鼓判を押した。



(この城が落ちるとすれば、兵糧攻めか、あるいは内部への離間の計。城攻めはするつもりはないから、策を考えておかないとね)



 なにしろ、これから客人として招かれるのだ。時間的にはそれほどのんびりもしていられないが、城内や周辺地形を見て回るくらいはできるはずだ。


 堅牢な城と言えど、弱点さえ見つけてしまえば、容易に落ちてしまうものなのだ。城の造り、あるいは立てこもる人、相手の弱味を見つけ出し、把握することが肝要なのだ。


 しかも、それを内側から見れるのだ。



(見つけてみせるわ。弱点を)



 時間をかけてはいられないが、生かす殺すの“選別”と弱点の“看破”、これを短時間の内に成さねばならない。



「ああ、それと、一つだけ事前に言っておくことがあるわ」



 ヒサコは思い出したかのように、視線をテアに向けた。



「事前にこれからやる事の内容は伝えたと思うけど、どんな文脈であっても、あたしが“アスプリク”と口にしたら、作戦決行だから、何があっても慌てふためかずに冷静に動いてね」



「心の準備はしておくけど、今更ながら、本気でここを、この領地を潰すの?」



「ほぼ確実にね。一応、完全な制御下に置けるなら、そのままってこともありえるけど、まあ無理でしょうね。だからすり潰して、美味しく食べるのよ」



 ヒサコは堅牢なる城を見ながら、決意を新たにするのであった。

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