5-10 到着! 緊要地『アーソ辺境伯領』!

 『五星教ファイブスターズ』の総本山『星聖山モンス・オウン』において、アスプリクの“偽の報告”で騒がれいたほぼ同時刻。ケイカ村を出立して旅を続けていたヒサコとテアは、のんびり進む馬車に揺られること数日。次なる目的地、アーソ辺境伯領に到着した。


 アーソ辺境伯領は妖精族の住まうネヴァ評議国、亜人や獣人族の住まうジルゴ帝国の交差点に位置しており、特に重要な『緊要地』に指定されていた。


 他にもカンバー王国の中でも特に重要な地点は、こうした『緊要地』に指定されており、そこの領主には『辺境伯号』という特殊な称号と、それに付随する数々の特権が与えられていた。


 特権の内容としては、主に三つ上げられる。


 一つは“上納金免除”だ。


 各地の貴族は土地に関する権利を有し、そこの開発等は自由に行うことができるが、収入に応じて王家や教団側に上納金を納める決まりになっていた。


 なお、貴族もホイホイ金を渡したくないため、あの手この手で収入を誤魔化し、上納金を安く収めようとして、時折巡回しにくる中央の検地官とのやり取りは、ある種の風物詩と化していた。


 それがないので、辺境伯は気が楽とも言える。


 とはいえ、緊要地の維持運営が最大の義務であるため、そのための費用を考えると、どちらが得なのだろうかと思われていた。


 次は“独立司法権”だ。


 通常、刑罰等には現地貴族の直轄の司法機関が処理するのだが、死刑や反乱等の重大案件は公爵級ないし王都司法部の審査案件となり、勝手にはできないことになっていた。


 しかし、辺境伯の領域内で起こったことはその限りではなく、辺境伯には重大案件を領域内に限って行う権限が与えられていた。


 『緊要地』での重大案件の処理に中央の許可を待っていたら時間がかかりすぎて、危うくなる場面も想定されるため、こうした権限が付与されているのだ。


 そして、最後の一つが“戦争の自由”だ。


 例えば、アーソ辺境伯領を見てみると、三国の国境が交差する地点であり、いつ情勢の変化が起こるか分からないのだ。他からの指示を待って動いてからでは遅い場面もあり、辺境伯には軍を招集するのみならず、越境して先制攻撃を加えることすら認められていた。


 つまり、“戦争の自由”とは“予防戦争の肯定”とも言い換えることができた。


 現に、ジルゴ帝国とは長年にわたって国境付近で小競り合いを繰り返しており、それほどの規模ではないが、攻めて攻められてを繰り広げていた。


 そんな特殊な地域に、二人はやって来たのだ。



「ちょっと時間合わせのためにのんびりしすぎたけど、ようやく到着したわね」



 幌から顔を出し、ヒサコはようやく訪れた辺境伯領の風景を楽しんだ。事前情報では農地は大したことがないが、領内にある山からは鉄鉱石が産出され、鋳物や鍛造など金属製品が特産品になっていると聞いていた。


 実際、あちらこちらに工房を思しき建物が立ち並び、盛大に煙突から煙を吹かせ、ハンマーで金属が鍛え上げられる音がそこかしこから聞こえていた。


 なにしろ、実質国家の最前線であり、武器や防具などの製造や修理ができるのは大きかった。



「ああ、でも残念だわ。もうすぐ、これらが消えてなくなってしまうんだもの」



「有り得んわ~。マジで有り得んわ~。いい顔しながら外道な台詞を吐けるなんて、有り得んわ~」



 テアは手綱を握りながら、すぐ横でニヤつくヒサコを見ながらため息を吐いた。



「まあ今頃、王都や聖山じゃ、この平和でのどかな辺境伯領が、『六星派シクスス』と結んで謀反を企んでます、ってことで大賑わいでしょうからね」



「外道過ぎる。何の罪もない住民を巻き込んで、土地を掠め取ろうなんて」



「あら、立派な罪があるじゃない。異端派の連中をかくまっているんだから」



 アスプリクから情報により、このアーソ辺境伯領には『六星派シクスス』が流入しており、領主であるカインが上手く偽装しているとのことを聞かされていた。


 もし、ばれたら異端審問の名の下に、討伐軍が派遣されるのは必至であった。


 そして、アスプリク名義で通報したのであった。



「これから手を組もうって相手に対して、通報してから交渉って、クズムーブすぎるわよ!」



 テアが呆れ返るのも無理はなかった。


 なにしろ、漆器作成や茶栽培など、新事業の立ち上げに人手が欲しいからと、『六星派シクスス』を公爵領に流入させようと画策していた。


 にもかかわらず、その『六星派シクスス』への攻撃を誘発していた。


 やっていることと言っていることがあべこべなのだ。



「誉め言葉として受け取っておくわ。いい? 料理の前には出汁を取るでしょ? それと同じ。せいぜい味を出してもらわないとね。残りはちゃんと公爵家で養ってあげるから」



「マジでこいつ、全部根こそぎ持っていく気だわ。利用するだけ利用して、取るもの取ったらポイってか!?」



「利用価値のないのを手元に置いておくほど、こちらの懐が深いわけじゃないからね」



 さも当然と言わんばかりの相方の態度に、テアはますます気持ちが沈んでいくのであった。慣れては来ているとはいえ、やはり相方の戦国的作法は、外道以外の何ものでもないと再認識させられるだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る