5-9 嵌められた宰相! 妹の復讐は傾国の策謀!

 妻の実家が謀反を企てているとの方向が飛び込み、ジェイクは一気に窮地へと追い落とされた。


 まさかの事態に困惑し、疑惑の視線がその身に集中した。



「真なる言葉を聞き分ける耳よ、篤き神の恩寵を以て、我が肉体に舞い降りよ」



 これはマズいと判断したヨハネスは【真実の耳】を発動した。耳に入って来た言葉が嘘であった場合、即座に真贋を調べられるという術式であった。



「宰相閣下、質問いたします。アーソ辺境伯の謀反、あなたはご存じでしたか?」



「知らない」



「では、奥方がそれを知っていた可能性は?」



「ないはずだ」



「シガラ公爵の結婚披露宴において、辺境伯も王都に参られていたはずですが、その際に何か変異は気付かれましたか?」



「全くない。妻は出産して娘もいたし、大事を取って宴には出ていない。我が屋敷にて父娘は会っていたが、その際は私も同席しており、怪しい素振りも会話も一切なかった」



「では、次に……」

.


 ヨハネスは思いつく限りの質問を次々と重ね、ジェイクもまたそれに対して誠実に答えた。


 術式を用いた尋問はある意味屈辱ではあったが、潔白を証明するためにはやむを得ず、ジェイクは大人しくそれに従い、ヨハネスの質問に応じ続けた。



「……どれも真実のようです。嘘の答弁は一切なし。清々しいまでに、宰相閣下は白です」



 数々の質問を終えたヨハネスはきっぱりと断言した。


 無論、ヨハネスが嘘をついていればそれまでなのだが、目の前の同輩が嘘をつくような性格でないことは重々承知しているので、ひとまず一同はジェイクへの疑いは隅へと追いやった。



「それで、アスプリク殿はどうすると言っていた?」



 ヨハネスは跪いたままであった使い番に質問した。



「ハッ、大神官様は動かせるだけの手勢を率い、ケイカ村へと急行されました。あそこを万が一にも押さえられたら、状況がややこしくなるから、と」



 ケイカ村は国内一の高級温泉村であり、国中から貴族や富豪が集まる一大リゾート地であった。当然、滞在する客層は身分の高い者ばかりだ。


 しかも、現在は代官として第一王子のアイクが赴任している。


 もし、村が強襲され、住人や滞在者が捕虜になった場合、強烈な交渉カードを相手に渡すような状態となってしまう。


  アーソとケイカはそれほど離れていないため、その可能性は十分にあった。


 それを未然に防ぐ意味として、現場に急行するのは正しい選択と言える。



「それともう一点。シガラ公爵様もすでに自軍に召集をかけております」



「ほう、そちらも動きが早いな」



「それが、公爵様の妹君が辺境伯に招かれてケイカ村を出立し、アーソに滞在しているからだ、と」



「なんだと!?」



 つまり、敵中のど真ん中に妹が滞在していて、気が気でないというわけだ。行動が迅速なのも頷けると誰しもが思った。



「なるほど、それでは公爵も気苦労が多い事だろうな。報告ご苦労だった。下がってよいぞ」



 ヨハネスは使い番に下がるように命じると、使い番は深々頭を下げ、部屋を出ていった。そして、扉が閉まるのを確認してから、ヨハネスは再びロドリゲスの方を振り向いた。



「よもやの事態が発生してしまいましたが、今回の議題は一時保留といたしましょう。なにしろ、当事者が最悪人質になって、処遇云々など論じれなくなりますから」



 ヨハネスとしては、ひとまず時間稼ぎがしておきたかった。今の状態では頭に血が上った状態であり、感情論に終始して議論どころではないからだ。


 なにより、目の前の問題に集中し、余計な議論に労力も時間も割きたくなかったのだ。



「やむを得ないか。今回の話は一時保留とするべきだと思うが、皆はどうか?」



 ロドリゲスは周囲を見渡しながら尋ねると、居並ぶ面々もそれに同調するように頷いて応じた。発生した事態の大きさに、さすがに危機感を覚えた様子であった。



「それで、宰相殿、辺境伯の件はどういたしますか?」



 ロドリゲスは相変わらず高圧的な態度を続けたが、事態をさっさと沈静化したいということに関してはジェイクも考えが一致しており、感情を押し殺して問題に意識を集中させた。



「アスプ、失礼、……火の大神官殿が現場に急行されたので、要人を人質に取られるという最悪の事態は避けられましょうが、まずは急いで兵力を整えましょう。辺境伯の兵は精鋭揃い。下手な数では、逆に餌食にされることでしょう」



「同意見だ。どの程度の兵を集める?」



「辺境伯の兵は総動員でおよそ三千。最低でも倍の六千、できれば一万を揃えておきたいところです。シガラ公爵は兵を招集しても総動員とは参りませんでしょうし、移動の速度を考えますと、軽装の部隊を用意するでしょう。これがおそらく、二、三千ほどになりましょう。次に、近場の国境には弟のサーディクがおります。そこの兵も抽出して千名ほどは出せるはずです。あと、セティ公爵も場所的には近いので、招集に応じてくれましょう。これでさらに三、四千」



 ジェイクの口からこうしてスラスラ数字が出てくるあたり、さすがだとヨハネスは感心した。国政全般を統括し、内政にも軍事にも明るい稀有な存在だと、改めに再認識させられた。



「丁度、郊外の演習場にて、王都防衛用の第三連隊が練兵で集結しておりますし、これに私の私兵も加えて、二千程度にはなるはずです。それらを率いて、私も現場に向かいます。どのみち、事後処理で多少は居座ることになりますし。それに……」



「それに?」



「もう何年振りになるか、兄弟四人が久しぶりに顔を揃えることになりますからね。内紛の鎮圧と言う名目でなければ、なおよかったのですが」



 もう五年以上は顔を揃えたことのない、王子三人王女一人が一緒の空間に揃うことになるのだ。懐かしいものだと、ジェイクはしみじみとかつてのことを思い浮かべた。


 長男のアイクは病弱で、ケイカ村に引き籠っているし、三男のサーディクは軍人として前線勤務が長い。


 末子のアスプリクも神官としてあちこち駆け回っていた。


 王都で執務に忙殺されているジェイクとしては、たまに王都に戻って来たそれぞれに顔を合わせる程度で、四人揃うことなどまずなかった。


 互いに理由や職務があるとはいえ、少し寂しい気分であった。


 特に、妹のアスプリクに対しては、大きな負債があると思っているので、吹っ切れた今こそちゃんと話し合う機会を持つべきだと考えていた。



「では、こちらも準備がありますので、本日はこれで失礼いたします」



 ジェイクは法王に向かって恭しく頭を下げ、ジュリアスも無言で頷いて見送った。



「ただし、一つだけ、皆様に申し上げておきたい事があります。本日、この場にて発しました私の発言は、一言一句訂正も削除もするつもりがない、ということは覚えておいていただきたい」



 ヒサコの助命、さらに言えば王家のメンツの問題として絶対に譲らない、何が何でもやらせてもらう、その明確な意思表示であった。


 ジェイクは身を翻し、扉に向かって歩き出した。頭の中ではすでにいくつものやるべきことが思考され、作戦や手順が次々と組まれていった。


 しかしこの時、ジェイクも教団幹部も二つの事柄を失念していた。辺境伯の謀反とそれに連動した『六星派シクスス』の動向という大事に目を奪われ、思考から抜け落ちていたのだ。


 一つ目は、なぜシガラ公爵領にいるはずのアスプリクが、遠地のアーソ辺境伯領の情勢を正確に知ることができたという点。


 もう一つは、アスプリクとヒーサの動きがあまりにも速過ぎたという点。


 もし、この二点の疑問を冷静になって考えれば、“アスプリクの作り話”という結論に至ったかもしれない。


 だが、それを誰も考えなかった。


 それはアスプリクへの信用度であった。


 アスプリクは無礼な口を叩くし、悪態も付く。態度としては躾の悪い不良娘なのだが、仕事に関しては嫌々ながらもきっちりこなしてきた。


 ゆえに、今回も『六星派シクスス』の情勢を探っている間に、アーソ辺境伯の件を知ることとなり、急いで現場に急行した、という認識に誰もが至ったのだ。


 ジェイクにしても、必死で妹に詫びを入れようと動いている最中に、当のアスプリクを疑うなどということなどできなかった。


 だからこそ、全員が“アスプリクの作り話”に騙されたのだ。


 かつてのアスプリクと、今のアスプリクには決定的な違いがあった。それは生まれて初めての“共犯者おともだち”が現れたということだ。


 ヒーサはジェイクとの約束をきっちりと守った。アスプリクと仲良くしてやってくれ、相手をしてやってくれ、と。


 だが、それは国にとっては最悪の組み合わせとなった。二人は仲良く手を繋ぎ、すべてをひっくり返すための策謀を巡らせ、ついに動き出したのだ。


 かつてやってしまった愚行に対する妹への贖罪に動く兄の気持ちは、哀れにも届くことなく最悪の結果として世に送り出されようとしていた。


 しかし、当のジェイクはそのことにまだ気付いてはいなかった。

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