5ー8 急報! アーソ辺境伯 造反す!?

 一触即発とはこういうことを言うのであろう。謁見の間で繰り広げられている王国宰相ジェイクと、枢機卿筆頭のロドリゲスのやり取りを見て、ヨハネスはそう思った。


 もう両者の亀裂は決定的だ。王家と教団の対立は表面化し、いつ衝突してもおかしくない。そこまで事態が悪化してしまったのだ。


 そもそものこじれた原因は、教団側の横暴さに起因しているが、それに気付くことすら今の教団幹部には厳しい。なにしろ、それが“当たり前”であったからだ。


 ヨハネスにしてもそうだ。彼自身の性格が真面目であるのも理由ではあるが、前線勤務が長く、従軍神官として下級の兵士らと寝食を共にしてきたため、庶民の実情をよく把握してきた点が大きい。


 ゆえに、教団も変わるべき点は変わるべきだと考えたが、そう考える者は少数派であり、枢機卿まで上り詰めてもその状況には変化がなかった。


 嫌気がさして、王宮への出向を願い出てみれば、留守中に総本山の傾き方はさらに傾斜を増しているありさまであった。



(もう本当にどうしようもないな。徹底的にやらねばならんか)



 空気が読めないのではなく、読む必要性がない。すべては神の御心のままにという自分達の都合の良い方便をまき散らし、それに従属させるのをよしとする腐った根性こそ修正すべきだと、ヨハネスも決意した。


 だが、まずはこの重い空気をどうにかしなくてはと、爆発しそうな部屋の空気を吸い込みつつ、口を開いた。



「双方とも落ち着いてください。先程、シガラ公爵からの贈り物を目にしていないのですか? 藤の花の上に乗る五つの星。藤の花は数多の花が連なり、形を成す存在。他を思いやる優しさを以て連なり、その上に五種の杯を乗せてまとめ上げたるもの。連携、協調こそ、肝要ではありませんか!」



 少々こじ付けがましいとも考えたが、とにかく双方が会話の切っ掛けを作るべきだと考え、先程の漆器を持ち出し、ヨハネスがまず切り込んだ。


 これで沸騰しかけていた場の空気が少し和らぎ、ひとまずは落ち着きを取り戻した。



「では、ヨハネス殿はどのようにして、此度の一件を処理するのが良いと考えるのか?」



 ロドリゲスは不機嫌さを隠そうともせず、あからさまに見下すような視線を質問を投げつけてきた。同輩に対しての非礼ではあるが、ヨハネスは気にせず話を続けた。



「私の意見は先程と変わりません。双方への程々の罰で収めるべきです。リーベ司祭は儀式の失敗とその後の処理に落ち度があり、ヒサコは司祭への暴行という落ち度がございます。罪としては後者の方が重いやもしれませんが、すでに断食行にて反省の意を示しており、更なる重罰はやり過ぎであると思います。なにより、今回の騒動で王家にも類が及んでいるということを、どうか考慮していただきたい」



 なにしろ、現場にいた第一王子のアイクが、危うく命を落としかけるという事態にまでなっていたのだ。それを無視しては、わざとではないにせよ、王家が教団に対して反感を抱くのも無理ない話であった。


 また、アイクとヒサコが“婚約”しているという情報も、この場で新たにもたらされた。もし、ヒサコの処分を強行してしまえば、王家との関係修復など更に厳しくなってしまう。


 ヨハネスの言う通り、もし穏便に片づけようとすれば、ヨハネスの意見を全面的に受け入れ、双方に程々の罰を与えて幕引きを図るしかないのだ。


 場がざわめき、居並ぶ幹部が隣と顔を見合わせ、どうしたものかと言葉を交わし始めた。


 珍しく普段は穏便に事態を納めようとするジェイクに凄まれ、困惑しているのは明らかであった。


 ロドリゲスにしても、王家との関係を断ち切るつもりなど更々なかった。なんといっても、教団への最大の寄進者は、他でもなく王家であるからだ。


 だが、議論はいきなり打ち切られた。神官が一人、慌てて会議室に飛び込んできたからだ。



「何事だ、騒々しい。人払い中だぞ」



 入口に一番近くにいたヨハネスが、入って来た神官をたしなめた。なにしろ、現在は国の行く末を左右しかねない重要な会合の真っ最中である。当然、邪魔が入らないように人払いを命じていた。


 にもかかわらず、入って来た騒々しい神官を咎めるのは当然であった。



「申し訳もございません! ですが、火の大神官様より、火急の知らせがあると早馬が参ったのですが、そ、その内容が……」



 どうやらシガラ公爵領に出向中のアスプリクからの知らせだと分かったのだが、神官の慌てぶりが尋常ではなかった。


 ただならぬ雰囲気を感じたヨハネスは、視線をロドリゲスに向けた。


 ロドリゲスもその雰囲気を察し、無言で頷いた。



「よかろう、その使い番を通せ」



 許可を得たヨハネスは神官にそう命じると、急いで部屋を出ていき、程なくして埃や汗まみれの使者が入って来た。


 余程慌てて駆けつけてきたであろうことは、その姿から容易に見て取れた。



「それで、火の大神官は何と言って来た? 『六星派シクスス』の動向でも掴んだか?」



 現在、アスプリクがシガラ公爵領に出向いているのは、二つの理由があった。


 一つはヒーサが打ち出した新事業の補助であった。茶葉の温室栽培や漆器の作製などがそれであり、術士を配備してほしいと要請があったのだ。


 これに際して、公爵家は多額の献金を教団側に差し出しており、またジェイクからの働きかけもあったため、出張の許可が出たのだ。


 そして、もう一つは『六星派シクスス』の調査であった。


 『シガラ公爵毒殺事件』において、異端宗派が暗躍して事を成したという情報が入っており、これは軽視できないとの空気が教団上層部には起きていた。その調査を行う必要があり、事業支援の件もあったので、アスプリクをシガラ公爵領に派遣することが決まったと言ってもよい。


 なお、実はアスプリクこそが『六星派シクスス』と繋がっているのであって、調査など初めからやるつもりがなかったのは、この場の誰も知らない事であった。


 使い番は居並ぶ顔触れに恐縮しながらも呼吸を整え、そして、特大の爆弾発言を投げつけた。



「火の大神官様からのご報告を申し上げます! アーソ辺境伯カインに不穏の動きあり! また辺境伯は『六星派シクスス』と繋がっている可能性大である、と!」



「「なにぃ!」」



 その場にいた全員から驚愕の声が飛び出した。


 よもやの最重要の緊要地の領主が謀反を企み、しかも異端派の触手が伸びていたなど、思いもよらなかったのだ。


 だが、そんな空気の中でただ一人、顔面蒼白になる者がいた。そして、それをロドリゲスは見逃すことはなかった。



「どういうことですかな、宰相殿!」



「待て! この件は何も知らん!」



「嘘はよろしくありませんな! たしか、あなたの奥方は辺境伯カインの娘でありましょうに!」



 ロドリゲスの言葉にそのことへ皆が思い至り、一斉に視線がジェイクに向いた。


 ジェイクの妻クレミアはアーソ辺境伯領の出身で、領主のカインの娘であった。


 ジェイクは病弱な父や兄に代わり、政治に軍事に忙しなく働き、色恋沙汰とは縁のない生活を送って来た。


 そんな中で兄アイクがいよいよ隠棲し、自身が宰相に任命されて次期国王に指名されると、いつまでも配偶者なしというのもよくないということで、周囲があちこちから縁談を持ち込むも、結局どれも乗り気にならなかった。


 そうこう年月が流れていき、良い女性はいないものかと自分も悩み始めていた時に、カインに連れられて王都にやって来たクレミアに出会い、たちまち恋に落ちたのであった。


 武家の娘らしく気は強いが、理知的で文武に通じる才女であり、二人の間は急速に深まってとうとう結ばれた。


 上流階級では珍しい恋愛結婚であり、三カ月前には娘も授かっていた。



「待て! 妻は無関係だ!」



「無関係も何も、父が謀反を企て、何も知らぬとでも?」



 一度生じた疑念は払拭し難く、先程の激論の熱が悪い方向に作用して、ジェイクに向ける感情が一挙に悪化した。

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