5-7 咆哮! 王国宰相、怒りの叫び!

 居並ぶ高位聖職者の反応は上々であり、まずはジェイクを安堵させた。


 それを知ってか知らずか、法王の横に立っていたロドリゲスもまた、満足そうに頷いた。



「結構な贈り物をありがとうと、公爵に伝えておいてくだされ」



「はい、そのお言葉を頂ければ、公爵も新事業に確かな手応えを感じられ、よりよい品を作られることでしょう」



「そうだな。では、前置きはこのくらいにして、本題に入ろうか。シガラ公爵がこういう動きをしてきたということは、ケイカ村での一件の話であろう?」



 ロドリゲスは漆器を箱にしまい、近侍に下げさせ、改めてジェイクを見つめた。うんざりと言った感情が顔に出ており、やはり一筋縄ではいかないと、ジェイクは身構えた。



「ロドリゲス枢機卿猊下の察しの良さには、恐れ入ります。単刀直入に申しますれば、公爵家令嬢ヒサコの助命の嘆願に参った次第です」



「却下だ」



 取りつく島のない無慈悲な断言が言い放たれた。


 “物”を受け取るだけ受け取って、知らぬ存ぜぬで通そうとする態度にはいささかカチンとくるジェイクではあったが、これは予想できたことなので、特に焦りもなく、ジェイクは話を続けた。



「枢機卿猊下、理由をお聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」



「単純なことだ。現役の司祭への暴行は、教団への侮辱だと考えている。ましてや、ヒサコとやらは公爵家の人間と言えども庶子だ。そのような神の祝福なき者が、徳に篤い司祭を殴打するなど以ての外! それゆえの厳罰なのだよ」



 教団は婚儀を神の前で行う神聖な誓いだと考えており、夫婦に祝福を与えるとされる。その形として生み出されるのが子供である。よって、祝福を受けずに生を成した庶子と言うものは、教団の人間の感覚からすれば望ましくない存在なのだ。


 命に明確な区別をつけるのが、教団の聖職者にありがちな思想であった。


 無論、ジェイクもその点は承知しているが、偏狭だとも考えていた。宰相を務める身の上としては、国王以外はすべて国民というのが自身の考えであり、法の定める範囲において誰しもが公平であるべきだとの理想を胸に政務に励んできた。


 その段階で、自身の信条と教団の思想には乖離が見られてきたが、“安定”をなによりも重視してきたため、教団側の姿勢をなるべく重んじ、自分を殺し続けてきたのがジェイクであった。



(だが、それはもう終わる。今日限りでだ! もううんざりだ!)



 庶子をなじるということは、妹のアスプリクをバカにするのと同義でもあった。アスプリクもまた数々の業を背負う存在であり、その背負い込んだものの中に庶子と言う言葉が含まれているのだ。


 “安定”の二文字のために教団との衝突を避け、無言の助けを叫ぶ妹のことを無視してきた。その行いをヒーサは痛烈に批判してきたのだ。


 そんなヒーサは妹ヒサコのためならば、謀反すら辞さない覚悟をジェイクに突き付けてきた。そこまで妹のためにすべてを賭けれるヒーサが羨ましくもあり、妬ましくもあるのだ。


 為政者や名門の家長としては失格なのだろうが、人間としては称賛に値するし、家族としては妹を何よりも思う兄であるのだ。


 その点が自分と大いに違うと、ジェイクは嘆いた。


 ゆえに、覚悟を決めた。もうアスプリクの犠牲の上に成り立つ安定など、クソ喰らえだと。



「ですが、枢機卿猊下、騒動の発端は地鎮祭の儀式失敗による、悪霊の襲撃でありましょう。司祭がしっかりと儀式をこなしていれば、騒動そのものが発生しなかったのです」



「その司祭には修練を積ませることで、罰とするつもりだ」



「身内に甘い判定ですな。片方のみの首を斬り、もう片方は叱責程度で済ませると!?」



「儀式の失敗は失策であるが、一方的に暴行を受けたのは司祭なのだ。暴行を加えた側と受けた側を同列に語るなど、論外にも程がありますぞ。なにより、問題があるのであれば、まずは論理立てて話すべきでありましたな」



「論理立てて話せば通じる、ですか。これは滑稽。その司祭があまりにも無能すぎて、話し合えるほどの知性と品性を持ち合わせていないから、拳で語ったのでありましょうな、ヒサコは」



 ジェイクはもう説得を諦めた。想定以上に頑迷で話が通じない。分かっていたこととはいえ、もう引き下がる気は完全に失せていた。


 当然、この暴言としか思えぬ言い方に、無礼をだとなじる声が方々から飛んできた。



「拳で語るなど、野蛮人、蛮族のやり方だ。いつから公爵家の御令嬢に小鬼ゴブリンが成れるようになったと言うのか」



「宝物を奪い、役立てることをしない能無し。教団も小鬼ゴブリンをいつの間に司祭に任じられたのか、お聞きしたいくらいでございますな」



 もうここまで来ると、売り言葉に買い言葉だ。実質、敵地のど真ん中だというのに、ジェイクは一切怯まなかった。


 一方の教団側にしても、いつもなら問題が発生しても穏便に済ませようとするジェイクであるのに、今日に限って敵対行動すら辞さない態度に疑念が生じていた。


 特に身内と言うわけでもないのに、パッと出の公爵家令嬢にここまで拘るのか、見えてこなかった。



「双方とも、言葉を慎みなされ。拳で語るなどは論外ですが、暴言で殴り合うのも知性を携えし者のやり方ではありませんぞ」



 さすがに止めに入らねばと思い、ヨハネスが両者の間に割って入ってこれを止めた。



「ヨハネス殿、あなたはそちらの肩を持たれるというのか?」



 ロドリゲスを始め、他の幹部の視線がヨハネスに集中した。教団幹部にありながら、味方することのない態度に不信感を抱いたからだ。



「此度の一件に関して言えば、宰相殿の言い分を支持いたします。そもそも、力量不足の司祭を配したこちら側の落ち度でありましょう。しかも、悪霊に襲われた工房は第一王子のアイク殿下の所有物で、事件当初にも滞在され、危うく命を落としかけたとのこと。これでは、宰相閣下がお怒りになるのも無理はありますまい。無論、司祭を殴り飛ばした件についてはやり過ぎだと考えますが、すでに断食行を成し、反省の意を示しております。ここでさらに厳罰を科せば、人心の萎縮や離反を招きかねない事となりましょう。公爵家側も献上物を差し出して穏便な解決を願い出ておりますし、ここは一つ、双方への程々の罰を以て収めるべきだと具申いたします」



 ヨハネスとしては、できる限り穏便に済ませるべく、双方に罰を与えて幕引きを図るべきだと意見したのだが、反応ははっきり言って悪かった。


 現役の司祭への暴行、さらのヒサコの庶子と言う身上、ここが大きく心象を損ねているようで、漏れ聞く声からはそう印象を受けた。



「ヨハネス殿、あなたは神殿の権威をなんとお考えか。神の地上における代行者たる我らの威を、軽んじる発言は控えていただきたい。かかる蛮行を見逃していては、それこそ異端派がのさばって収拾がつかなくなるのですぞ」



「ならば、力量不足の司祭をこそ、罰するべきでありましょう。儀式の失敗に加え、王族への被害、著しく教団の権威を傷つけ、王家との関係にひびを入れたのですから」



 ヨハネスとしてももはや引けないところまで来ていた。この場で穏便に片づけねば、更なる混乱を招くのは必至であることを感じているからだ。


 すでに、シガラ公爵領にいる火の大神官と上級司祭が同調しているならば、教団の分裂は避けられない。


 無論、分派する勢力は小さいが、それが呼び水となって他でも火の手が上がってしまえば、もう収拾がつかなくなると認識していたのだ。



「だが、庶子だ。公爵家の出と言えど、配慮の必要はない」



 ロドリゲスも引くつもりはなく、断固たる意志を示してきた。周囲も同様らしく、同調を示す頷きや賛意を以てそれを示した。


 そして、ヨハネスは気付いた。



(そうか、これを機にシガラ公爵家の勢力を削ぐのが狙いか!)



 シガラ、セティ、ビージェの三家が王国内で大きな勢力を持ち、三大諸侯と称されている。得意分野は違うが、勢力としてはほぼ拮抗しており、バランスがとられてきた。


 しかし今、そのバランスが崩れようとしていた。異端派が仕掛けてきたとされる『シガラ公爵毒殺事件』によって公爵家が一時的に勢いがそがれた状態になっており、これを勢力拡大の好機と見て、他の二家が仕掛けてきたと感じたのだ。


 ケイカ村の司祭リーベはセティ公爵家当主の弟であるし、そもそも教団内部はビージェ公爵家の勢力が強いのだ。現に現在の法王ジュリアスはビージェ公爵家の出身だ。



(つまり、ケイカ村の一件を契機に、さらにシガラ公爵家の混乱を助長させようと、セティ、ビージェの両家が裏で繋がったというわけか。これでは初めから説得して穏便に解決するなど、どう足掻こうとも不可能ではないか!)



 国や教団の法よりも、関係者の利害と政治的思惑が優先されている。そう考えが至った時、ヨハネスは無念を感じた。


 よもや、王宮に出仕して聖なる山を離れている間に、ここまで腐敗が進んでしまったのかと嘆いた。


 こうした空気を嫌い、目を瞑って見て見ぬふりをしてきたことは自身も反省すべきであったが、想像以上に深刻な問題になっていたのだ。


 ヨハネスがチラリと横に視線を向けると、ジェイクも渋い顔をしていた。どうやらジェイクもこの点に気付いたようで、もう穏便な解決は望めないという顔をしていた。


 そして、ジェイクは意を決して口を開いた。



「なれば結構! 教団側は“王家”と手を携える気はないと判断いたしました!」



「どういうことなのかね、宰相殿。公爵家の庶子について論じているのに、なぜそこで王家の話が出てくるというのか?」



「まだお気づきにならぬか! ヒサコを我が王家の一員に迎えるつもりだということが!」



「なにぃ!?」



 あまりに突然の話に、その場の全員が驚いた。それはヨハネスも同様であったが、その先の言葉はすぐに予想が付いたので、どうにか平静を装うことができた。



「はっきりと申し上げよう! シガラ公爵家の令嬢ヒサコは、我が兄である第一王子アイクの婚約者である! それを処断するのであれば、今後は教団との関係、大いに考える余地があるということだ! 王家を愚弄した行為の数々、決して安くはないぞ!」



 王家としてのメンツ、遅きに失したとはいえ妹アスプリクへの救いの手、そしてシガラ公爵家の反乱と言う政治的危機、これらを考えると、兄と公爵令嬢を結びつけることが一番だと判断し、ジェイクは叫んだのだ。


 無論、これは賭けであった。


 アイクがヒサコを気にかけているのは、送られてきた手紙で知っており、反対はするまいと予想していた。


 また、公爵家の方もこの危機を回避するのに、王家と言う後ろ盾を欲するであろうと判断して、ヒーサやヒサコの意思確認を無視して、この場で啖呵を切ったのだ。


 明らかな越権行為であり、本来なら王家の家長である父王フェリクの裁可を受ける案件であったが、今この場を離れてしまえば後付けの印象を与えかねず、きっちりと断言しておかねばと考えたのだ。



(分かっているのか、お前らは。このまま突き進んだら、国を真っ二つにする内戦が待っているということを!)



 ジェイクは堂々と受けて立つつもりでいた。これは今まで些事だと思って蓋をしてきた数多の愚行を、いよいよ解決せねばならぬ時が来た、と。


 怒れる宰相の瞳に迷いはない。すべてを受け止め、すべてを解決させる。その意思に満ちていた

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